第1コーラス目「合唱!」

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「廃部になったんですか?」  その老齢の教師は、一瞬真湖の叫び声に驚いた顔をしたが、やがて落ち着いて、また元の優しい顔になった。 「ああ。なかなか部員が揃わなくなってな」 「じゃ、じゃあ、三越先生は?」 「三越先生は、合唱部が廃部になる直前にお亡くなりになったよ。それから、合唱部を指導する先生もいなくてな」 「え……」  真湖は絶句して、声にもならなかった。 「ん? 三越先生って?」 「翔平にいちゃんがお世話になった合唱部の顧問らしいよ。わたしも今朝真湖ちゃんから聞いたんだけど」  乃愛琉が途方に暮れている真湖に代わって阿修羅に説明した。 「ああ。三越先生がいらっしゃった時はここの合唱部が全盛の時でな。何度かコンクールに受かって札幌まで行ってたこともあったよ」  その教師もその頃の事情はよく知っているらしく、そう説明した。 「君たちは、合唱部に入部希望なのかい?」 「あ、わたしと、真湖ちゃ……煌輝(きらめき)さんが」 「そうかい。でも、安心していいよ。合唱部は廃部になったけど、今でも毎年夏前になったら、各クラスから数名づつ集めて、仮の合唱部をつくっては、毎回コンクールに出場はしているから。多分、担任から説明があるはずだよ」 「コンクールですか?」 「ああ、NHK主催のコンクールだよ。毎年……確か夏頃に地区予選なんじゃなかったかな。先生は担当じゃないからそれほど詳しくはないんだが」 「それです!」  真湖が急に復活した。 「NHKコンクール! Nコン!それに出場したら、いいことあるって、翔平にいちゃんが言ってた!」 「なんだ。そういうことか。じゃあ、良かったんじゃね? とりあえず、その…NHKのコンクールに出場はできるんだからさ。じゃあ、今日は帰ろうぜ」  阿修羅は踵を返して、玄関の方に向かおうとした。灯もそれに着いていこうと……。 「違うもん! 出場するだけじゃダメなんだもん!」  真湖はポニーテールをブンブン振り回しながら大きく首を振った。 「は?」  真湖の迫力に阿修羅は振り返って呆気にとられた。 「Nコンで、全国に行くんだもん。翔平にいちゃんと約束したんだもん」 「全国ぅ?」 「さすがに、全国は無理だべな。三越先生の時でも、確か……全道大会出場が最高だったんじゃなかったかと思うぞ」  詳しくはないと言っていたその老齢の教師でさえ、真湖の言葉には困惑した。 「そ、そうなんですか……?」  真湖は困った顔をした。 「お前、調べもしないで、翔にいとそんな大層な約束したのか? 俺達野球部だって、全国に出るっつーたら、ほとんど無理だってーのによ。部活がない以上、無理じゃん?」  真湖はがっくりとうなだれた。
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