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第2話 外の世界
「おはよう牢左」
その声を彼は徒花のものだと思った。よく似ていた。しかし彼の目に飛び込んできたのは徒花より一回り若い女だった。
強いて言うなら昔の徒花に似ている。名を抹消された男はそう思った。
「ヒトヤサ……?」
「ああ、アンタの通称だ。仲間の間ではそう呼ばれてるんだよ。奴らに知られないように徒花はもちろん言わなかっただろうけどな」
「徒花……!」
男は飛び起きた。
そこは知らない場所だった。
あまりきれいな場所とはお世辞にも言えないあばら屋だった。
しかし男が今までいた牢と比べれば大違いだった。
「おいおい、あんまり無理するなよ。お前何日寝てたと思っているんだ」
徒花に似た女は無理矢理、男を寝床に戻す。
藁で出来た寝床はやはり牢のものより何倍も柔らかかった。
「徒花は……徒花はどこだ……」
「……あの人のことは残念だった」
女は辛そうな顔をした。
「彼女はもう荼毘に付されたよ。どちらにせよ葬列にお前は加われなかっただろう。奴らの目がある。こんなしみったれたところまでご苦労様だよ。だから寝ていた方が良かったのかもな」
「奴らって誰なんだ。そいつらが徒花を……殺したのか?」
「どうだろうな。殺せるならもっと前に殺していたと思う。それにお前を殺し損ねているのも解せない。たぶん私たちの言う奴らと徒花の件の下手人は別人だ」
女は淡々と続けた。
「私たちの言う奴らとは明星院。王家に巣くう中心人物の一族だ。明星院和水を頭に据えている」
明星院和水。それは覚えている。白い刀の男だ。
「……俺はそいつに殺されかけた」
「明星院の連中はお前を殺す許可は得ていない。あくまで逃走中の事故死として処理したかったんだろう」
「……牢の獄卒は徒花を殺したのは黒眚だと言っていた」
「……黒眚? 間違いないのか?」
「分からない……」
「……黒眚というのが本当ならこれはゆゆしき事態だぞ牢左」
女は険しい顔をした。
「お前の敵が黒眚ならば私たちの味方は居ないと言うことになる」
「……そうなのか?」
「ああ。黒眚というのは王家が使役する化生の一種だ。明星院が刀に龍を纏わせていただろう? あれもその一種なんだが……黒眚を使役する一族は風光院家……お前の血筋に連なる一族だ」
「血筋……?」
「お前は数十年前に風光院家から王家に嫁いだ女の子供なんだよ牢左」
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