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牢左。すっかりそう呼ばれている男は混乱していた。
これまで知らされていなかった自分の素性の一端に触れていた。
王家は知っている。徒花に教わった。しかし風光院家なんて知らない。
ましてやその二つが自分の出自だなどと急にいわれても男には受け入れられない。
「そんなことを知っているあんたはいったい……」
「私は結果。私の母は徒花の妹だったんだ」
「そうか……」
通りで似ているわけだ。
「そして私はお前の妹でもある」
「え」
「腹違いだけどな」
「ええと……」
「私とお前の父親は現皇帝陛下若明帝の弟殿下、砂陽堂だ」
「父親……」
父親が皇帝の弟。
父親の存在の実感すら曖昧な男には複雑な響きだった。
「しかし砂陽堂は謀反の疑いで私とお前が物心つく前に刑死の憂き目に遭った」
けらけらと結果は笑った。
なぜ笑えるのだろうと男は疑問に思う。
男は徒花が死んだだけでこんなにも苦しくて堪らないというのに。
父親である砂陽堂が死んだことが哀しくないのだろうか。
「時間というのは万能薬だよ牢左。哀しみは癒えた。私はもう悲しむ時間を過ぎ去ったのさ。それが過去になるってことだ」
結果の喋り方はどこか徒花を思い出させた。
「私にとっては幸運なことにこの国の王族は女に継承権がない。だから庶民に放逐されるだけで済んだがお前はそうもいかない。殺してしまえれば手っ取り早かったのだろうけど、赤ん坊を殺すのも体裁が悪い。若明帝はいろんな意味で腰抜けだった。だからなかったことになった。お前は王宮に幽閉された。お前の存在は闇に隠された……お前の奇っ怪な出自はそういうことだ」
「……それがどうして今回は俺は殺されそうになった?」
「それがこちらにも分からない。ただ黒眚という言葉にはひとつの示唆がある。黒眚という化生は風光院家が使役している。つまりお前の母方の実家がお前を殺そうとした……ということになってしまう」
「……徒花を殺そうとしたのも?」
「どうだろうな……私の母方にして徒花の実家はこの国では下級貴族だ。ろくな権力も持っていない。正直当時の混乱期ならともかく今更徒花を殺そうとする理由は不明瞭だ。私に追っ手がかかっている様子もないしな」
「……徒花」
本当に彼女はもういないのだろうか。
男にはそれが信じがたい。
「元気出せよ”お兄ちゃん”」
結果はにやりと笑って見せた。
「アンタは今、この国で2番目に皇帝に近い男なんだぜ? これは良い機会だ。アンタの存在をあまねく天下に知らしめれば皇帝になれる可能性だってある!」
結果の顔には大きな野望が燃えていた。
男はただ戸惑うことしか出来なかった。
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