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第3話 明星院
「……失態、誠に申し訳ありません。泗水さま」
「わたくしに謝る必要はありませんよ。和水」
明星院和水は膝を地に着け自分より一回り年下の少女に深々と頭を下げた。
少女・泗水は豪奢な椅子に腰掛けたまま穏やかに微笑んだ。
「それで牢の男の行方は?」
「不明です。徒花の葬儀に矢倉たちを送り込みましたがそれらしき男は出てきませんでした」
「……徒花」
泗水は少し表情を曇らせた。
「何度か王宮でお見かけしたことがあります。亡くなってしまうとは悲しいことです」
「……ええ」
和水は返答にためらいの色をにじませる。
徒花は和水と泗水にしてみれば政敵の一員だった。その死を悼むことなど和水はしない。しかし泗水は悼む。その優しさを和水は複雑な思いで受け止める。
「牢の男はわたくしにとっても親族です。このようなことを申せば若明帝は顔をしかめるのでしょうが……死んでしまうのもしのびない。どうか無事に捕らえてくださいね、和水」
「……はい」
和水に至上の命令が下された。
これで和水に牢の男は殺せなくなった。
和水は内心苦々しく思う。こうなることは分かっていた。
心優しい泗水がこう言うことを和水は分かっていた。
だからこの言葉を引き出す前にあの男を殺してしまいたかった。
しかし果たせなかった。失策である。
「……若明帝陛下と月下宮殿下はこの件について何かおっしゃっていましたか?」
和水の役職は泗水付だ。
若明帝や月下宮に直接拝謁出来るような立場ではない。
王宮を我が物顔で歩いているように見えて、その内情については泗水を通じて受け取るしかないのが現状だ。
「……若明帝はたいそう怯えておられました。口にするのも恐ろしい。そのようなご様子です。月下宮殿下も若明帝を憚れて無言を貫かれています。王宮のものたちも若明帝からの命令が下らない状態で困っていました。だから私があなたに命じます。牢の男を捕らえてください」
「……はい」
「お父様……籠陽堂は静観の構えです。下手に口を出して砂陽堂のようにはなりたくないのでしょう。賢明なことです」
賢明と称しながらも泗水の言葉にはどこか冷徹な色が含まれていた。
警戒する父も、怯える若明帝もそれをおもんぱかる月下宮も泗水から見れば愚かしいのかもしれない。
優しさと怜悧さ、どちらも持ち合わせているのが明星院家が王家に送り込んだ女の生んだ泗水王女だ。
和水はそれを誇らしく思うと同時に窮屈さを覚える。
政敵だと断じてくれればよいのに。
排除せよと命じてくれればよいのに。
そう思ってしまうのが明星院和水という男だった。
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