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◆1
「いや、めでたくないですよ!」
助手が叫んだ。
「ウェルテル博士、これは一体どういうことなんですか!?」
「今、私が説明してやったではないか」
めでたし、めでたしで終わっている紙芝居の影から顔を出したのは、錬金術師の男だ。博士と呼ばれ、頭の髪は全部白色であるが──意外なことに彼は若い青年である。
「研究室にこもって何をしているのかと思えば、紙芝居作って遊んでたんですか」
「それは違うよ、シャルロット君」
ウェルテルが抗議の声を上げる。
「私は遊んでいたのではない。プレゼン資料(紙芝居)を作っていたのだ」
「いや、遊んでないで仕事してくださいよ」
シャルロットが突っ込んだ。
「仕事なら先週しただろう?」
ウェルテルの返答に、シャルロットが苦虫を噛み潰したような顔をする。
「100歩譲って、あの貴族の男(クライアント)が惚れ薬を捨てたのはいいとしましょう」
助手のシャルロットは理詰めで考えた。
「なんで、ウェルテル博士がモテモテになるんですか?」
「恐らく、あの貴族の男が『惚れ薬を開けることなく』川に捨ててしまったことが原因だろう」
ウェルテルが説明をする。
「つまり?」
「あの薬は、薬を飲ませた対象者Aを、対象者Bに『惚れさせる』薬だ」
「エグい薬作りましたね、ウェルテル博士……」
シャルロットがげっそりとした。
「まず、対象者A。あの川は生活用水路で、町全員の女性が、『惚れる』側の対象者Aになってしまったこと」
ウェルテルは、紙芝居をめくった。いろいろ図式が書いてある。凝ってるな。
「そして対象者B。直前まで薬を触っていたこの私が、『惚れられる』対象になってしまったわけだ」
「……一万歩譲って、了解しました」
とはいうものの、シャルロットは不服そうである。
「私、昨日街に買い出しに出かけたんですよ」
ウェルテルが住んでいる研究所は、街のはずれの、丘の上にある。食料や生活必需品を買ってくるのは、助手のシャルロットの仕事である。
「そしたら、町中の女性が色めき立ってるんですよ!! 『ウェルテル博士ってかっこいい!』って!!」
「わーい」
ウェルテル博士は棒読みの歓声を上げた
「なんでそんなに他人事なんですか!!」
シャルロッテの血管は今にも切れそうである。
「とにかく博士は、一刻も早く『惚れ薬』の解毒薬を開発してください!!」
「私はこのままでいい。特に実害もないし」
ウェルテルの台詞に、シャルロットは心底立腹した。確かにその通りなのだ。ウェルテルは基本的に引きこもりなので、街の女性全員がウェルテルに惚れようとも、なんの害もない。
「まんざらでもなさそうですね、ハカセ。そんなにモテモテで嬉しいですか」
シャルロッテが冷たく言い放つ。
「モテモテは男の夢だからな」
ウェルテルは自分の手の甲を眺めた。爪切らなきゃ。
「でも、私が本当にモテたいのは……」
ちら、っとシャルロットを見る。
「まぁ、私も研究で忙しいし、『天才ウェルテル博士モテモテ問題』は放置ということで」
「解毒剤!! 作れって言ってるんですよ!!」
シャルロッテがウェルテルの首につかみかかった。
「町全員のうら若き乙女に代わって代弁しますよ!! 乙女心をもてあそぶ悪の科学者め!! 解毒剤!! 作れ!!」
「いやいやシャルロット君、そんなに嫉妬しなくても……」
「嫉妬じゃなくて!! 雇用主のミスを何とかしようと思ってるんです!!」
シャルロットが首を揺さぶった。
「ぐえっ。だ、大丈夫だ。『惚れ薬』は日がたつごとに効果が薄れる」
首を絞められたウェルテルが苦しそうな声を出す。
「効果がなくなるまで、いったい何日かかるんですか」
「大体30日かな」
「今!! すぐに!! 解毒剤作れ!!」
さらに思いっきり首を絞められたウェルテルは、降参する。
「わかったわかった!! わかったから!! うまくいくかはわからないが、なんとかやってみよう……」
ウェルテルが言うと、シャルロットはようやく手を離した。実験室にこもるため、ウェルテルは階段を上り始める。
「じゃあシャルロット君、来客訪問は頼んだ」
「早く作ってくださいね」
高い階段昇って行くと、ウェルテルの姿は見えなくなってしまった。
「……はぁ。私だって研究したいのになぁ…」
後姿を見送ってから、シャルロットはため息をついた。シャルロットの本業も錬金術師である。断じて、塔の上の変人の介護、および家事代行ではない。
「面倒くさいことにならないといいんだけど……」
その時、玄関のドアのベルが鳴り響いた。
「ウェルテル様のお住まいはここね!?」
玄関を開けて入ってきたのは、ショットガンを抱えた女性だった。
「ヴェっ!?」
重火器を室内に持ちこまれたシャルロットは、仰天して寄声を上げるしかない。
「あなたね!! ウェルテル様と同居しているって言う女狐は!!」
ショットガンを向けられ、シャルロットは両手を上げた。
「同居じゃないです!! 私はただの助手で……」
「ウェルテル様と一つ屋根の下にいるなんて、許せないわ!!」
Ms.ショットガンは銃口を突き付けてくる。
「い、いったい何があったっていうんですか」
シャルロットがハンズアップをして、泣きそうになりながら尋ねた。
「それはある日のことだったわ」
うっとりとしたまなざしで、Ms.ショットガンは語り始める。
「午後のお茶を飲んでいた時に、ふっとウェルテル様の顔が思い浮かんだの。丘の上に住んでいる変人だって聞いてたけど……実はとっても、かっこいい人なんじゃないかって」
シャルロットは文章の前半には同意した。こんな町から離れた、辺鄙な場所に研究所を立てるなんて。おかげで買い物が手間なのだ。
続けて、頭を働かせる。その午後のお茶に、惚れ薬が混入してたんじゃないかなぁ。
「それからは、私のウェルテル様への思いは日増しに募るばかり。だから、私決めたの」
Ms.ショットガンはブツを構えなおした。
「私、ウェルテル様と結婚するわ」
「いやいやいや」
シャルロッテは否定に入る。
「お言葉ですがお客様(ミス)、あなたのその感情は、惚れ薬によるものでs」
「違うわ! 私の、ウェルテル様への思いは本物よ!」
「あー!お客様!困ります!お客様!!」
Ms.ショットガンは、景気づけにドカンと一発室内でかました。玉が天井の照明にあたりどこかへ跳ね返り、シャルロッテは両耳をふさいで地面に伏せた。
と、その音で反応したのは防犯ゴーレムである。普段は壁の一部の装飾である巨大なゴーレムだが、ひとたび異常を感知すると、壁から抜け出てきて、異常者を排除する。
ゴゴゴゴ、と音がして研究所が揺れた。装飾のように壁に埋め込まれていた石壁から、身長3Mものゴーレムがゆっくりとはい出てくる。
「あなたね! 私とウェルテル様の愛を拒むのは!!」
Ms.ショットガンは、ゴーレムに向けてショットガンを連射した。しかし、石造りのゴーレムにマシンガンは効かない。跳ね返された弾丸が、部屋の中をバシバシと跳ね返る。
「ギャー!!」
シャルロットは地面に伏せたまま、机の下にもぐった。
そのうち、ゴーレムは侵入者を片手でつまみ上げると、マシンガンを握りつぶし、建物の外へとつまみ出していった。
「覚えてなさいよーーー!!」
Ms.ショットガンの捨て台詞がこだました。
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