◆1

1/1
前へ
/5ページ
次へ

◆1

「いや、めでたくないですよ!」  助手が叫んだ。 「ウェルテル博士、これは一体どういうことなんですか!?」 「今、私が説明してやったではないか」  めでたし、めでたしで終わっている紙芝居の影から顔を出したのは、錬金術師の男だ。博士と呼ばれ、頭の髪は全部白色であるが──意外なことに彼は若い青年である。 「研究室にこもって何をしているのかと思えば、紙芝居作って遊んでたんですか」 「それは違うよ、シャルロット君」  ウェルテルが抗議の声を上げる。 「私は遊んでいたのではない。プレゼン資料(紙芝居)を作っていたのだ」 「いや、遊んでないで仕事してくださいよ」  シャルロットが突っ込んだ。 「仕事なら先週しただろう?」 ウェルテルの返答に、シャルロットが苦虫を噛み潰したような顔をする。 「100歩譲って、あの貴族の男(クライアント)が惚れ薬を捨てたのはいいとしましょう」  助手のシャルロットは理詰めで考えた。 「なんで、ウェルテル博士がモテモテになるんですか?」 「恐らく、あの貴族の男が『惚れ薬を開けることなく』川に捨ててしまったことが原因だろう」  ウェルテルが説明をする。 「つまり?」 「あの薬は、薬を飲ませた対象者Aを、対象者Bに『惚れさせる』薬だ」 「エグい薬作りましたね、ウェルテル博士……」  シャルロットがげっそりとした。 「まず、対象者A。あの川は生活用水路で、町全員の女性が、『惚れる』側の対象者Aになってしまったこと」  ウェルテルは、紙芝居をめくった。いろいろ図式が書いてある。凝ってるな。 「そして対象者B。直前まで薬を触っていたこの私が、『惚れられる』対象になってしまったわけだ」 「……一万歩譲って、了解しました」  とはいうものの、シャルロットは不服そうである。 「私、昨日街に買い出しに出かけたんですよ」  ウェルテルが住んでいる研究所は、街のはずれの、丘の上にある。食料や生活必需品を買ってくるのは、助手のシャルロットの仕事である。 「そしたら、町中の女性が色めき立ってるんですよ!! 『ウェルテル博士ってかっこいい!』って!!」 「わーい」  ウェルテル博士は棒読みの歓声を上げた 「なんでそんなに他人事なんですか!!」 シャルロッテの血管は今にも切れそうである。 「とにかく博士は、一刻も早く『惚れ薬』の解毒薬を開発してください!!」 「私はこのままでいい。特に実害もないし」  ウェルテルの台詞に、シャルロットは心底立腹した。確かにその通りなのだ。ウェルテルは基本的に引きこもりなので、街の女性全員がウェルテルに惚れようとも、なんの害もない。 「まんざらでもなさそうですね、ハカセ。そんなにモテモテで嬉しいですか」  シャルロッテが冷たく言い放つ。 「モテモテは男の夢だからな」  ウェルテルは自分の手の甲を眺めた。爪切らなきゃ。 「でも、私が本当にモテたいのは……」  ちら、っとシャルロットを見る。 「まぁ、私も研究で忙しいし、『天才ウェルテル博士モテモテ問題』は放置ということで」 「解毒剤!! 作れって言ってるんですよ!!」 シャルロッテがウェルテルの首につかみかかった。 「町全員のうら若き乙女に代わって代弁しますよ!! 乙女心をもてあそぶ悪の科学者め!! 解毒剤!! 作れ!!」 「いやいやシャルロット君、そんなに嫉妬しなくても……」 「嫉妬じゃなくて!! 雇用主のミスを何とかしようと思ってるんです!!」  シャルロットが首を揺さぶった。 「ぐえっ。だ、大丈夫だ。『惚れ薬』は日がたつごとに効果が薄れる」  首を絞められたウェルテルが苦しそうな声を出す。 「効果がなくなるまで、いったい何日かかるんですか」 「大体30日かな」 「今!! すぐに!! 解毒剤作れ!!」 さらに思いっきり首を絞められたウェルテルは、降参する。 「わかったわかった!! わかったから!! うまくいくかはわからないが、なんとかやってみよう……」  ウェルテルが言うと、シャルロットはようやく手を離した。実験室にこもるため、ウェルテルは階段を上り始める。 「じゃあシャルロット君、来客訪問は頼んだ」 「早く作ってくださいね」  高い階段昇って行くと、ウェルテルの姿は見えなくなってしまった。 「……はぁ。私だって研究したいのになぁ…」  後姿を見送ってから、シャルロットはため息をついた。シャルロットの本業も錬金術師である。断じて、塔の上の変人の介護、および家事代行ではない。 「面倒くさいことにならないといいんだけど……」 その時、玄関のドアのベルが鳴り響いた。 「ウェルテル様のお住まいはここね!?」  玄関を開けて入ってきたのは、ショットガンを抱えた女性だった。 「ヴェっ!?」  重火器を室内に持ちこまれたシャルロットは、仰天して寄声を上げるしかない。 「あなたね!! ウェルテル様と同居しているって言う女狐は!!」  ショットガンを向けられ、シャルロットは両手を上げた。 「同居じゃないです!! 私はただの助手で……」 「ウェルテル様と一つ屋根の下にいるなんて、許せないわ!!」  Ms.ショットガンは銃口を突き付けてくる。 「い、いったい何があったっていうんですか」  シャルロットがハンズアップをして、泣きそうになりながら尋ねた。 「それはある日のことだったわ」  うっとりとしたまなざしで、Ms.ショットガンは語り始める。 「午後のお茶を飲んでいた時に、ふっとウェルテル様の顔が思い浮かんだの。丘の上に住んでいる変人だって聞いてたけど……実はとっても、かっこいい人なんじゃないかって」  シャルロットは文章の前半には同意した。こんな町から離れた、辺鄙な場所に研究所を立てるなんて。おかげで買い物が手間なのだ。 続けて、頭を働かせる。その午後のお茶に、惚れ薬が混入してたんじゃないかなぁ。 「それからは、私のウェルテル様への思いは日増しに募るばかり。だから、私決めたの」  Ms.ショットガンはブツを構えなおした。 「私、ウェルテル様と結婚するわ」 「いやいやいや」  シャルロッテは否定に入る。 「お言葉ですがお客様(ミス)、あなたのその感情は、惚れ薬によるものでs」 「違うわ! 私の、ウェルテル様への思いは本物よ!」 「あー!お客様!困ります!お客様!!」  Ms.ショットガンは、景気づけにドカンと一発室内でかました。玉が天井の照明にあたりどこかへ跳ね返り、シャルロッテは両耳をふさいで地面に伏せた。  と、その音で反応したのは防犯ゴーレムである。普段は壁の一部の装飾である巨大なゴーレムだが、ひとたび異常を感知すると、壁から抜け出てきて、異常者を排除する。  ゴゴゴゴ、と音がして研究所が揺れた。装飾のように壁に埋め込まれていた石壁から、身長3Mものゴーレムがゆっくりとはい出てくる。 「あなたね! 私とウェルテル様の愛を拒むのは!!」  Ms.ショットガンは、ゴーレムに向けてショットガンを連射した。しかし、石造りのゴーレムにマシンガンは効かない。跳ね返された弾丸が、部屋の中をバシバシと跳ね返る。 「ギャー!!」  シャルロットは地面に伏せたまま、机の下にもぐった。  そのうち、ゴーレムは侵入者を片手でつまみ上げると、マシンガンを握りつぶし、建物の外へとつまみ出していった。 「覚えてなさいよーーー!!」 Ms.ショットガンの捨て台詞がこだました。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加