第三十九話 多難

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 檻の中にはまだクロビトがいた。それを確認してルナの手を引っ張るとナオキは走り出した。  床に散らかっている物が多い四階は走りづらくて、檻の中からクロビトが襲ってくることも警戒しなければならない。  後ろから黒ルナは追ってきていない――けれど奴は出てくる場所を選ばない。  ルナが少し前を走って、ナオキはそれを信じて、転ばないようについて行った。今すぐにここから逃げ出したいのに思い切り腕を振って足を回せないのがもどかしくい――。  四階の廊下を進むと両脇が檻の通路に辿り着く。進んだ先にある檻のドアはご丁寧に開けられていて、いつ飛び出してくるのか気が気ではなかった。  けれど、おかしなことに檻の中に一匹ずついるクロビトは一匹も襲ってくることはない。ただずっと誰かを待つように立っている者、座っている者。倒れた同胞の首を絞める者――ナイフで自らの体を刺している者――無数の虫の死骸を並べている者。地獄だとしても冗談がきつい光景が続いた。 「目を瞑りたくなるかも知れないけど、気を確かに持って。もうすぐ階段よ」  何かを察したルナがそう言ったのを聞いた後、ほどなくして階段が現れる。  そうだ。何ビビってる。気合いを入れろ。ナオキは心の中で自分に言い聞かせた。 「この階段なら8階まで上れば扉はすぐ。一気に登りましょう」  自分の命が賭けられている時間。力を出しても出しすぎることはない。何が見えても臆さぬように階段だけに集中して足を走らせる。右腕からまた血が流れ出ている感触がするが今はどうでもいい。  会敵しないまま六階まで来た時に、上からドリルが固い土を抉っているような尋常じゃない騒音が鳴り始める。手すりを掴む左手にも痺れるような振動が届いた――  この施設で何事が起っているのかは分からない。前を進むルナは止まらなかった。ナオキもその選択には賛成だった。できることなら何事か起きる前に早くたどり着きたい。  足音もかき消し耳一杯になる騒音は鐘の音よりも頭に響く。そしてその音は上に進むにつれて確実に大きくなり、その音の中には気のせいだと信じたい音が混ざっていた。  七階まで上り、いざ八階へ足を伸ばそうとした時、騒音を鳴り終わり――笛を吹く音だけが残った。  そして目の前で8階へ向かう階段が金属の棒を手に持ったクロビト達と共に崩れ落ちていく。
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