第四十三話 丑

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第四十三話 丑

「さっき言ってた写真……見せてくれない?」 「……取られちゃったんだ……君に」  ナオキは手汗で滑らせながらいつでも開けられるようにドアノブを回した。 「ここを出るの、もう少し……待ってくれない?」 「……どうして?」 「無理なお願いなのは分かってるけど、私……ここでやり残したことがあるの……」 「ごめん……無理だよ。今出なきゃ……俺の体はもう限界だ」 「お願い」 「ダメだ。このタイミングを逃して後で一緒に出られる保証がない……」  自分の体が動くことを確認する。腰の位置を動かさないまま半歩踏み込み、ドアノブを揉むように自分の握力を測った―― 「もー……と……よーく……かお、を……みせ……て」  真後ろで自分を止めている女からではなく、もっと遠い場所からぼんやりと聞こえた歌声。しかし、それが聞こえたナオキが後ろを向くと、黒ルナがいた。  すぐにドアを開こうと、左腕を引く――白いドアがドア枠と直角になり、そこへ頭から突っ込む。  上半身を微かにドアからの吸引力が包んでいるが、空間から出ることができない。白い服のルナがまだ自分の体を抱きしめていて、思い切り力を込めても抜け出せないほどに固まっていた。 「そう……言った、君があ」  歌いながら――ゆっくりと、でも確かに――少しづつ……瞬きをするように時計の秒針のように…… 「私のー……ほ、ほを……そっと」  近づいてきた黒ルナの表情は殺意に狂ったものとは、また少し違っていた。目を細めて、どこか覚悟を決めているというか、それで逆に身の毛がよだつほど、集中しているような――
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