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東京の会社に勤める、しがない会社員である私の日課は会社の隣にある遊具もないような小さな公園のベンチで、ランチとは名ばかりの質素な手作りの弁当を頬張ることだ。
もちろん隣に人は座っていない。
一見、横長のベンチにいい歳をした人間が一人で弁当を食べている、なんとも哀愁が漂う光景だが、私はそれが堪らなく好きなのだ。
別に最近よく聞く羞恥プレイとやらが好きなわけではない。
私の性癖はそこまで歪んではいない。
私は単に、ここでぼおっと空を見ながら人間社会ではまったく必要のないような、ただただ漠然としたなにかを考え、感じることが好きなのだ。
「あっと…………」
いつものように空を見ていたら、私はうっかりおかずの卵焼きを地面に落としてしまった。
「あっ…………蟻だ…………」
落とした卵焼きを回収せず、地面に落ちて、多少砂埃の付いたその卵焼きを少しだけ観察してみると、砂糖が多かったのか、さながら大名行列のような蟻の行列が寄ってきて私の卵焼きを包囲した。
彼ら蟻は見事なまでに規則正しく組み上げられた列を成し、ただ盲目的にその蟻という種族のコミュニティーになんの疑いもなく従うその様に、私は人間にも精通するものを感じた。
きっと今、私の卵焼きを運んでいる蟻達にも蟻達だけにしか解せない独自の規則や社会があるのだろう。
それは当然、人間や猿など、他の種族のコミュニティーでは通用しない規則だ。
しかし、この蟻達はそのことを理解しているのだろうか。
あたかも、自分達が属しているコミュニティーでまかり通っている規則や社会が、他の生物にも適用できるなどと、思ってはいないだろうか。
否、きっと思っているのだろう。
「…………ふぅ」
私は空になった弁当箱を革のバッグの中にしまった。
「その卵焼きはくれてやるよ」
今、地球で最も繁栄している種族だと自ら豪語する人間でさえ、木を切り、化学物質を海に垂れ流し、オゾンを破壊している。
誰が、どんな種族が人間に地球を好きにして下さいと言っただろうか。
「よいしょっと…………」
私はベンチから重い腰を上げ、午後の仕事をするため会社に戻る。
人間は自分達のコミュニティーでまかり通っている常識や規則、社会が他の生物にも適用されると疑いもせず、盲目的にこの愚行を続けている。
今日も私は茶色の地毛を黒く染め、黒の背広に着替え、黒い革のバッグを持ち、黒の革靴を履いている。
私達は蟻だ。
小さな蟻という生物の、小さな巣の中でのことしか理解できない、盲目的で真っ黒な“蟻”なのだ────。
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