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第四章 花火
神隠しという言葉がある。人が忽然と姿を消す現象のことだ。人は奇怪な現象を妖怪や神のせいにすることで、恐怖心を和らげようとしていたのだろうか。それとも本当に妖はいるのか…。
花美にとって、妖はいるものだ。危険なものから全く害のないものまで多種多様。姿かたちも様々で、人、動物、植物、器物、そのどれにも当てはまらないものもいる。花美が見たものでは、人の影が伸びただけのようなもの、綿菓子にしか見えない謎のものなどがいた。
妖に特別詳しいわけではない。必要に迫られ、必要な分覚えただけ。花美のように妖ものが見え、触れたり話したり、追い払うことができる人間はそれだけで力が強いらしく、その力を取り込みたい中途半端な妖は多い。並大抵の妖は大体返り討ちにあうが、見えない人間の多い世界で、花美は奇妙奇天烈でしかなかった。
だから、花美はずっと孤独だった。
*
店や住宅の並ぶ国道沿いに『一度入ったら出られない』との言い伝えが残る禁足地の竹藪がある。が、花美にとっては禁足地どころか、学校帰りに必ず立ち寄る唯一の安息地だ。人が立ち入れないように竹の周りには柵があり、正面には鳥居と小さな社殿がある。
中に入る際はここでご祈祷をしてから入らないと出られないというらしいが、花美には不要なものだった。しかし正面突破はご法度。なぜなら道路に面しているので人目についてしまう。脇道に入り、人の目がない隙に柵を越えて中に入る。スカートだとかそんなことは気にしない。
決して『迷子になる』という大きさはない。だが、一度踏み入れたら二度と入れないというその噂が、何百年も前からこの場所には根付いている。それは半分当りで半分間違い。ここはこの世と狭間を繋ぐ門のある場所なのだ。
外からは結界のせいで見えないが、この敷地の中には木造の小屋が建っている。徐々に聞こえてくるいびきに、花美は「またか」と呟いた。
小屋の戸を勢いよく開け、いびきの主に大声で話しかけた。
「ただいまー。おじさん、花美が来たわよ。お茶出して」
畳の上で仰向けに寝ている作務衣姿の男の妖の腹に、持っていた鞄をボンっと置いた。ぐふっ、という声と共に男は起き上がった。
「何しやがるんだ、小娘! 昼寝の邪魔しやがって」
「小娘じゃないわ、花美よ。髪も髭も無造作なおっさん妖の元にこんな美少女がやってきたんだから、感謝してお茶くらい出してよね」
「俺ァ人の子の、特にガキには興味がねぇんだ。全くありがたくねぇ」
「十八歳は結構大人なのよ。日本じゃ男も女も結婚できるんだからね」
知るかそんなもん、と男は頭をかいた。大欠伸をしながら立ち上がると、台所の方へと向かった。文句言いながら毎回もてなしてくれるのだ。ゆえに、花美はこの妖がとても好きだった。
「あーあ、竹光おじさんがお父さんだったらなぁ」
「俺はお前みたいな破天荒な娘は勘弁願いたいね」
お茶は五百ミリのペットボトルの一本を豪快に渡された。竹光は自分もペットボトルの蓋を開け、喉が渇いていたらしく一気に半分を飲み干していた。
「おじさん、緋楽は今日も音沙汰なし?」
尋ねられた竹光は、花美を一瞥したあと、もう一度お茶を流し込んだ。はぁ、と深いため息を吐いたあと、頭をかきながら言った。
「小娘よぉ、緋楽のことはもう諦めろ。あいつはもうお前の手が届かない場所に行ったんだ」
「そんな死んだみたいな言い方しないでよ。狭間に帰ったってだけでしょ?」
花美はきっと竹光を睨んだ。
「神隠しの伝説が残る場所は、狭間への入口が多いって教えてくれたのも竹光おじさんだったわね」
「そうだな。そこの洞穴を通れば確かに狭間へは行ける。が、人間が狭間に行くのは非常に危険だとも教えた。だから狭間を『手の届くところ』だと思うんじゃねぇ。『行ける』と『生ける』は別モンだ」
でも、と食い下がろうとしたが、目の前に竹光の大きな手が出され、花美は黙った。
「なに?」
「いや、誰か来たな」
竹光は気だるそうにしながら立ち上がって外へと出た。
竹藪の一番奥には、外からでは見られない洞穴がある。これが狭間への入口だ。
竹光について行くと、洞穴から何かか近づいてくる気配があった。徐々に姿形が見えようになり、それが人の形をしたものであることがわかった。一つは大きく、もう一つはそれよりも小柄だ。
「ああ、やっぱりお前か。そんな気がした」
竹光は顔見知りらしい。
「やぁ、久しぶりだな、竹光のおっさん」
小柄な方が親しげに声をかけた。髪が長いらしく、縄のようなお下げ一つが肩から前に垂れ下がっている。
「男連れとは珍しいな。そいつはあれか? お前のこれか?」
竹光は親指を立てた。初めて見たな、それ、と花美はその指をじっと見た。
「違う違う。こいつは浮橋。逆夢様の息子さ。今や夢幻の若長様だ」
学ランに身を包んだ男子高校生にしか見えない目の前にいるものが、妖で、かつ男子ではないということは会話を聞いてすぐにわかった。昨今私立の坊ちゃん小学生でしか見ない学生帽まで被っている。しかし、夏に学ランなんて羽織って暑くないのだろうかと花美は目を疑った。汗ひとつかいてない。
そしてもう一人、こいつと言われた大きな方は、見事な赤毛が目を引いた。竹光も大きいと思っていたが、その彼と同じくらいの背丈だろう。着物に裾をきゅっと縛ったような袴姿だ。こういうのなんて言うのだったかな、と脳内で国語の資料集を捲ったが、名前は思い出せなかった。
「あー、逆夢の倅か。聞いてはいたが、会うのは初めてだな。俺は筆師の竹光。かれこれ五十年くらいここの門番を任されてる」
「夢幻の若長をしている浮橋だ。あんたは親父の古い友人だと聞いている」
「まぁな。悪友とでも言うのかな」
懐かしそうに目を細めた。
「そう言われりゃ、随分と逆夢に似てるなぁ。お前の兄貴の方は会ったことあるんだが、あいつは随分と可愛い顔してただろ。女にも男にも見えるような」
そう言われ、浮橋はきっと竹光を睨んだ。
「……そう怒るなよ。事実だ。噂は多少聞いちゃいるが、そうか…その様子じゃ兄貴はまだ夢幻には戻ってねぇんだな」
初めて見る神妙な顔に、花美は珍しいものを見たなとまじまじと竹光を見た。
「……で、おっさん。初めて見る子がいるんだけど、なに? とうとう嫁さんもらったの?」
嫁、という単語のせいで自分の事を言われているのだとすぐにはわからなかった。ぽかんとしている花美をよそに、竹光が大声を上げた。
「バカ言うんじゃねぇよ。こいつは人の子。厄介なことにそこらの下手な妖じゃ太刀打ちできねぇほど強い力を持ってんだ」
「ああ…そいつは厄介だね」
学ランの妖に上から下までじっくりと見られた。不思議と嫌な気がしなかったのはどうしてだろうか。
「僕は紙織。狭間の街で手紙屋を営んでいるんだ。こっちは僕の住む街の若長で夢妖の浮橋。どうぞよろしく、人の子のお嬢さん」
「立川花美よ。打ち上がるやつじゃなくて、花が美しいで花美」
よろしく、と出された手に自分の手を重ねた。握ればさらに彼女が女性であることがよくわかった。
「…どうして学ラン?」
思わず呟いてしまったが、紙織は嫌な顔せずに答えた。
「ああ、これ楽なんだよ。動きやすいし洗濯いらずだしね」
そういう意味ではないのだけれど、妖も洗濯するのか、と妙な感動があった。というのも、竹光が洗濯をしている姿など見たことがないのだ。しかし、よく考えれば髭が生え髪はボサボサだが汚い、臭いということがない。いつ身綺麗にしているのだろう。この竹藪には周辺に水道の類はないし、井戸があるわけでもないのだが。
「で、今日は何の用だ」
「用がなきゃ来ちゃダメみたいな言い方するなよ淋しいな。用はあるんだけど」
「お前が用のない時に来たことがあるか?」
文句を言いつつ、紙織は下げていた大きな鞄をゴソゴソあさった。よく見ると『手紙屋』と刺繍が入っている。
「狐の神獣の毛を手に入れてね。これで筆を作って欲しいんだ」
「へー、神獣か。そいつはいいもん手に入れたな」
手渡された紙を開くと、中から真っ白な毛が現れた。
「俺は狐の毛も神獣の毛も扱ったことはないんだが……まぁやるだけやってみよう。ただの狐ならわからんが、神獣の毛ならいいもんができるだろう」
「ああ。その毛の主も、自分が昔仕えていた神が神獣の毛を使った特注の筆を使っていたと話していたから、きっと大丈夫だと思うよ」
「お前これ頼むために若様まで連れてきたのか」
「この世に行くっつったら、心配性で過保護な若様が一人で行くなって言うから連れてきたんだよ。灯と燿も一緒だって言ったのにさぁ」
「うるさい。お前みたいな破天荒なやつの言葉信用できるか」
浮橋は怒鳴ったが、その声に相手を心配するようなものがこもっているのがわかった。
「それで、依頼料はいかほど?」
「あー………そうだな……」
ちら、と竹光は花美を見た。あごに手を当て、何か考えているなと思えば、竹光は妙な提案をした。
「……最終的な判断はお前に任せるが、こいつの話を聞いてやってくれないか?」
「は?」
という声が三つ重なった。
「花美は幼い頃からここに出入りしててな。…まぁ、わかると思うが特殊なんだ。それに…こいつ探したいやつがいるんだが、人の子ゆえに限界があってな。俺はもう相手すんのがめんどくせぇから、お前ちょっとこいつの相手してくれ。代金はそれでいい」
「……僕は構わないけど…」
紙織の視線がこちらに向いた。
「初対面の妖と話をすることに君は抵抗ないの?」
「竹光おじさんが信用しているなら平気よ。それにあなた達からは危険な感じがしないし」
「危険かどうかそこで判断するの? 親しくないやつに心の内を明かすのが嫌とかそういうことじゃなく?」
「私まともに会話出来る存在が今はおじさんくらいしかいないのよ。だから、会話が出来るなら相手は人でも妖でも貴重なの」
そう話せば、紙織も浮橋もぱちぱちと目を瞬かせた。
「はぁー……こりゃ確かに特殊というか…」
「大物だな」
竹光は早速筆作りに取り掛かった。花美は紙織と浮橋と共に、外にある岩に腰掛けて話をした。夏だが生い茂る笹の葉が日陰を作り、住宅街や道路のアスファルトの照り返しがなく案外快適だ。
紙織は竹光とかれこれ三十年程の付き合いだという。手紙屋の仕事で使う筆を特別に作ってもらっているのだとか。頻度は大体年に一度程度で、今まで出会わなかったのはそういうことだろうと紙織は言った。
「今回は思いがけずいい材料が手に入ったからね。早く作って欲しくていつもより早く来ちゃったんだ」
へへと歯を見せて笑う姿は、髪が長いということを除けば普通の男子高校生のように見えなくもない。
「あなた、女子の制服は持っていないの?」
自分の着ているブレザーを指して尋ねれば、んー、と紙織は唸った。
「スカートはねぇ。裾がヒラヒラするの気になっちゃうんだよ。着物なら女物もあるんだけど、洋装は持ってないねぇ」
「着物はあるんだ。…まぁそうね。私もスカートもズボンも両方持ってるから、そんなものかしらね」
そんな雑談をしている間、浮橋は後ろで黙っていた。こちらには完全に背を向けて岩に腰かけている。
「で、君のことを聞いてもいいのかな?」
「ああ、そうだったわね」
「聞きたいことが山ほどあるから、順番に聞いてもいいかな」
「どうぞ。私もどこから話せばいいかわからないから」
花美が言うと、ふむ、と紙織は顎に手を当てた。
「まず、君はもうずっと妖の類が見えてるの?」
「ええ。気づいた時にはそうだったわ」
物語で霊や妖の類が見える人が気味悪がられて避けられるという設定があるが、花美もその例に漏れなかった。見えないものが見えるなんて頭がおかしい、嘘つきと罵られ、両親さえも花美を恐れた。
「一番厄介なのはあなたたちみたいな人の姿をしている者ね。妖ものは和装が多いけど、それも夏場だと『どこかで祭りでもあるのかしら?』って思うだけだし、あなたみたいに学ランや洋装だとほとんど人と変わらず見えるの。そういうものに話しかけられたらわからずに答えてしまう。そして、周りからは頭おかしい人って指さされる」
「……そう」
「めんどくさくて、人か妖かわからないから全部まとめて無視していたら、感じ悪いって言われるようになったの。おかげで友達なんか出来たことないわ。今はだいぶ話せるようにはなったけど、やっぱり基本的に距離は置くようにしてるし」
だから話せる人は貴重なのだ。それがたとえ妖でも。
「妖の中でも襲ってくるタイプは下手に人目ある所で追い払えないし、やばい時は髪の毛切ってあげたりしてる。髪には霊力が宿るって本当なのね」
ゆえに、花美はもう何年も髪を伸ばしている。生まれてからこの方、短くしたことはあまりない。
「まぁこれも、竹光のおじさんに聞いたことなんだけどね」
「竹光とはいつから知り合いなの?」
「小学生の時よ。なんやかんやで十年くらいになるかしら。学校帰りに妖に追われて逃げていた時に、ここの鳥居をくぐった。禁足地と言われる場所だから、いつもはここじゃなくて少し先の別の神社に逃げ込んだりしていたのだけど、ちょっと間に合わなくて」
神社の敷地には比較的妖が寄り付かないというのは当時もう学んでいた。いたとしても、襲ってくるような厄介なものではなく、清浄な空気触れることの出来る清浄なものしかいなかった。
「妖はいなくなったけど、この場に妙に惹かれてしまってね、人目盗んでついつい柵をよじ登ってしまったの」
「お転婆だな」
「身体能力はそこそこあるのよ。妖と渡り歩くには必要不可欠な力だから」
そして、花美はこの禁足地に足を踏み入れた。外の景色はこちら側からも見えるのに、中に入ってみて驚いた。外側からは見えなかった小屋と、その奥に洞穴があったのだ。結界で見えなかっただけで、そこには妖の街へ繋がる門と、それを守る妖の住処があった。
「竹光おじさんとはその時会ったのよ。あんな風貌だけど怖い感じがしなくてね。むしろ、私に危ないから帰れというおじさんに懐いてしまって」
「やっぱり大物だな君は」
「粘りに粘って絶対門には入らないという条件でならここへ来てもいいと言うから、学校帰り毎日ここへ寄ったわ」
ただ話をするためだけに花美はここへ来た。面倒くさそうな顔をしながらも、竹光は本気で追い返そうとはせず、むしろいつも見守っていてくれたように思う。
そうして何年もして、花美が高校生になった夏、緋楽に出会った。
いつものように竹藪に来ると、若い男が立っていた。紺色の作務衣に身を包み、長くてボサボサな竹光とは対照的に、短く艶のあり手入れと行き届いた美しい赤毛が目を引いた。
「緋楽は楽師、笛吹なの。吹くだけじゃなくて作る方もやってみたいってことで、竹光おじさんの所に修行に来たのが最初よ」
「あれ? 竹光は筆師だよね?」
「昔は楽器も作っていたんですって。妖の楽師界隈ではちょっと有名みたい」
初耳だ、と紙織は言った。
「緋楽は物腰柔らかくて、なんか頼りなくて、でも一生懸命で優しかった。学校帰りにここに立ち寄ると『お帰りなさい』って笑って迎えてくれたのよ。今や両親だって私に笑いかけてはくれないのに、緋楽は笑ってくれたのよ」
それがただ嬉しかったのだ。泣きそうになるほど。
「緋楽が人の姿をしていなかったら、私はあの人を好きにならなかったのかな」
どうしようもなく心惹かれた。何度だって迎え入れてくれるあの笑顔が見たかった。
「…緋楽はどうしていなくなったの?」
「緋楽に想いを伝えたら『人と妖の時の流れは違う』『共に生きることは無理だ』って言われたわ。私のことはどう思っているのか知りたいのに、それに触れずどこかへ行ってしまったの。ずるいでしょ?」
「…ああ、ずるい。…ずるいな」
遠くを見ながら紙織は噛み締めるように言った。笑っているのに泣いているみたいな、形容しがたい表情で、花美は次の言葉に迷ってしまった。何故だろう。見た目は男子高校生だが、今は女性にしか見えなくなった。
花美が黙って見ていると、逆に紙織に尋ねられた。
「君は緋楽を探してどうしたいの?」
「どうって?」
「いなくなった緋楽を探すのはいいとしてその後は? 気持ちが知りたいだけ? 緋楽が『共に生きられない』と答えたなら君への返事はしたことになるんじゃないか?」
たしかに、ある意味ではそれが告白の返事ではあった。けれど、微妙に的がズレていたせいで花美は踏ん切りがつかずにいるのだ。
「手紙屋さんは好きな人いる?」
例えばその赤毛の人は?と心の中で付け足した。本人のいる前ではさすがに聞けない。
「大切なものならたくさんいるよ」
なんだか上手くかわされてしまった気がする、と思ったが、それこそ会ったばかりの他人に心の内を話さなければならない理由はないだろう。花美は話を続けた。
「私にとって緋楽はね、ただ純粋に『会いたい』と思う人なの。『会いたい』ってこの世で一番純粋な好意だと思うんだ」
それが友情だろうが慕情だろうが、家族としての親愛の情だろうが、『会いたい』と思うからにはそこに愛情がある。普通、嫌いな人苦手な人に『会いたい』とは思わないはずだ。
「私はずっと…親にも怖がられて、友達もいなくて、この世に『会いたい』って思える人がいなかったの。そして、思ってくれる人もいなかった。……まぁそういう意味では、竹光おじさんが私にとって初めての『会いたい』って思える人なんだけど」
「竹光は外見年齢的にも歳離れすぎだもんね」
「そうね。『初めて見たものを親と思う雛鳥』みたいな感じね。さっきもおじさんがお父さんだったら良かったのにって言っていたの」
嫌な顔されたけど、と言えば紙織は「想像出来る」と言って笑った。
「………どうしたいとか、何を言いたいとか、そんなことは二の次なのよ。緋楽が私を拒絶してくれたら諦めがついたんでしょうけど、そうじゃなかった。だから私、ただ会いたくて仕方ないのよ。…何をどうしたいかは、会ってみないとわからない。……何でもいいからもう一度、あの人に会いたい」
初めて会った時は、人の子である花美に驚いていた。けれど、挨拶をすればすぐに人の良さそうな、胡散臭さの一切ない笑顔で応えてくれた。笛を目の前で吹いてくれたこともあった。柔らかくて優しい音色が心地よくて、花美はわけもわからず泣き出した。
ふと、花美は気がついた。
「……ねぇ。手紙屋さんって、どういうお仕事なの?」
「お、今日一番のいい質問」
紙織はニヤリと笑った。その顔は悪戯を思いついた少年のようにしか見えなかった。
「僕の仕事は手紙を売ることつくること、そして届けることの三つ。さて、君の場合は……どうしようかね」
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