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カール・ハイン
当時、10歳だった私はアダム・ロージア英雄伝説の物語が大好きで、戦いの模様を想像しては恐竜のぬいぐるみに対してオモチャの剣を振るっていた。
「エイ、ヤア!サタン、お前の仲間は倒したぞ!聖剣エクリオンの刃を喰らえ!エイ!」
それを優しい眼差しで見つめていた父が、とても不可解なことを言い出した。
「最期の決戦、ローズ山脈での決闘シーンてとこか。しかしなカール、ローズ山の麓に眠っているのは、実はサタンではなくアダムの方なんだよ」
それを聞いた私は驚き、即座に父に訊ねた。
「じゃあ、本当はアダムは負けて、サタンが勝ったってこと?」
「そうなる・・・かな。そもそも、アダム・ロージアは英雄ではないし、サタンは魔王って言われるほど残酷な人間ではなかったんだ」
「どういうこと?」
「それはまたの機会に話してやろう」
「またの機会っていつなの?」
父は椅子から立ち上がると、私の赤毛をクシャクシャッと撫でて、
「んー、カールがもう少し大人になってからだな。その時、アダム・ロージアとサタン・ハザムの隠された秘密を教えてやろう」
と笑って言った。私も笑って頷く。
「うん。約束だよ」
「ああ、約束だ。それまでにアダム・ロージア伝説の本をいっぱい読んで、勉強しなさい。本を読むことは勉強になるからな」
「うん、いっぱい読むよ!」
父との約束。その約束は守ってはもらえなかった。何故なら、父は出張先から帰る途中で飛行機事故に会い、死んでしまったからだ。
父が亡くなったあと、私は父の死の悲しみを打ち消すかのように、また自分だけでも約束を守るために、アダム・ロージア伝説の関連本を片っ端から読み漁り、秘密を暴くことに躍起となった。
しかし、父が語ったような記述は一切出てこなかった。
それから15年が経ったのち、大人となった私は子供の頃に抱いたアダム・ロージアの秘密など、気にもしなくなっていた。
そんな折り、出張で訪れたロージ国の首都、アーレンで奇跡の出会いを果たす。
アーレンはアダム・ロージアの生誕地であるだけあって、街には彼の伝説が色濃く残り、偉大な英雄の彫像が至る所にある場所だった。また土産物屋に入れば、アダム・ロージアの関連グッズが無数に並べられ、ここが誰もが知る英雄の出生地であることが改めて理解できた。
仕事を終えた私は、観光でもしようと街をブラブラと散策し始める。
日が暮れて夜になり、お腹が空いてきたので食事ができそうな場所を探索していると、ある一軒のバーに目が向いた。
「サタン・・・・ハザム・・・」
店名に心引かれた私はふと父を思い出し、導かれるように店のドアを開けた。
店内は気味の悪いくらい薄暗く、客も白髪頭の老人が1人いるくらいだった。
恰幅の良いマスターは私に気づくと、
「いっらしゃい」
と一言述べて、手招きでカウンターに座るように促してきた。私は1番端のカウンターに座り、マスターに声をかけた。
「ビールをお願いします。それと、何か食事とかできますか?」
「はい、軽いものなら」
「お願いします」
マスターは即座に準備を始め、私の前に冷えたビールを出した。喉が渇いていた私は差し出されたビール一気に飲み干して、再び注文した。
「ビールを追加で」
「はい」
そこで食事を差し出したマスターが、笑顔で話しかけてきた。
「お客さん、地元の人ではないですね?」
「あっ、分かりますか?」
「ええ、訛りというか・・・」
「そうですか。自分では気づきませんけど、僕は出張でこの街に来ました」
「差し支えなければ、出身は何処です?」
「ザルルです」
私が答えた瞬間、マスターの眉がピクッと動いた気がした。
「ザルルですか、綺麗な海に囲まれた素敵な国ですね」
「海だけがあるただの田舎ですよ」
食事をしながら答えると、再びマスターが話し出した。
「お客様に言うのもおかしいですが、何故うちの店に?」
「ああ、実は店先の看板にサタン・ハザムと書かれていたので、少し気になったんです」
「なるほど。もしやアダム・ロージアの伝説をご存知で?」
「ええ、知らない人はいないと思いますよ。ただ・・・・・」
「ただ何です?」
「この街に来て、この店の看板を見た時、ふと亡き父が奇妙なことを言っていたのを思い出しましてね」
私の言葉に興味が湧いたのか、マスターは微笑みを強くした。
「お父様は何と?」
「この街に住む方々には大変失礼な話ですが、父はアダム・ロージアは英雄ではないと。それと、ローズ山に眠っているのはサタンではなく、アダムだと言ったのです。奇妙でしょ?」
マスターは驚いた表情を浮かべ、3席空けて座っていた白髪頭の老人と目を見合わせた。
「お父様がそう言われたのですね?」
「・・・はい」
私は急に雰囲気を変えたマスターが、とても恐くなった。そこへワイングラスを持った老人が私に近づき、しゃがれた声で話しかけてきた。
「隣に座っても?」
断りづらい私は頷いた。第一印象は怪しいと言ったところだろうか、老人はよく見ると大柄でシワが深く、鋭い目つきをしていた。
「わしはルドルガ・マゼという者だ。君は?」
「カール・ハインです」
「ハイン・・・」
「どうかしましたか?」
「いや、カール君はザルルの出身と言っていたが・・・」
「はい、生まれも育ちもザルルの出身です」
「おおお・・・」
老人は私の顔をマジマジを見て、驚いた表情を見せた。
「何か顔に付いてますか?」
「いや、失礼だが少し髪を見してもらっても良いか?マスター、灯りをくれ」
指示されたマスターは言われた通りに、光輝くスタンドをカウンターに置いた。
何かされるのではと恐怖を感じた私は、
「一体、何ですか!何がしたいんですか!」
と強い口調で言って立ち上がった。
マスターはビクッと身体を1回震わせて視線を逸らしたが、老人は至って冷静な口調で理由を述べた。
「怪しむのは当たり前だ、それについては謝罪しよう。ただ君の髪の色が、その赤みを帯びた髪が気になってね」
「髪・・・ですか?」
「うむ。その頭髪は地毛かね?」
「当たり前です!」
怒った口調で言ったのに、老人は微動だにせずに笑う。
「フフフフフフ・・・・・」
「何がおかしいのですか?」
「失礼。カール君、まさかと思うが、君のお父さんの名前はリードン・カインでは?」
私が驚いたのは言うまでもない。
「父を知ってるんですか?」
「知ってるとも、君のお父上と随分前にここで話をしたことがある。あれはいつだったか・・・」
老人が考え込んでいる間に、得意気な顔つきでマスターが答えた。
「18年前ですよ、先生。観測史上最大の大雪が降った日です、覚えてませんか?」
「そうだ、そうだ。あの日のリードンは飛行機が全て欠航となって、行く宛がないから偶然この店で飲んでおったんだ」
父と2人の関係も気になるが、もっと気になったのがマスターが言った、
「先生」
という呼び方だった。
「あのー・・・、先生って、ルドルガさんは学校の先生とか?いや、お医者さま?」
彼はシワを濃くしてニコリと笑う。
「昔は某大学で教授をしておったが、今はただのジジイじゃよ」
「教授?」
「歴史学を教えとってね、若い頃はよくアダム・ロージアの英雄説を熱く語っていたもんだ」
老人は遠くを見つめながら言った。
「今も語っているのでは?」
「いや、今はサタン・ハザムについて語る方が多い。誰も信じはしないがな」
「魔王について・・・ですか?」
「そうだ。君のお父さんにも語ったことがある」
「父に?父とはどういう関係ですか?」
「君と同じように、たまたまここで出会っただけの仲じゃ。しかしな、その出会いは偶然ではなく、君達の流れる血がそうさせたのだと、私は信じておる」
「では、貴方は僕がここに来たのは必然だと?」
「そうだ。君が真実を知るために、私が真実を伝えるために、君達の先祖であるサタン・ハザムと私の先祖であるサルグ・ガルダンが導いたのだよ」
壮大で嘘のような話に、私は否定的な言動をした。
「先祖って、僕の先祖があの魔王だと言うんですか?そして、貴方の先祖が魔王の配下のサルグ・ガルダンと言うんですか?そんな馬鹿げた話、誰も信じませんよ」
老人は怒るどころか笑い出す。
「フハハハハハハ、さすが親子だ。リードンも最初は同じようなことを言っておったが、最後は信じてくれたよ。だからこそ、彼は君に真実を伝えようと思ったんだろ」
「真実って何です?アダム・ロージアの伝説が嘘だとおっしゃりたいのですか?」
「ああ、大嘘だ。あれはアダムの末裔が書かせた、まやかしの英雄伝説だ」
「何のために?」
「ロージアの名誉のためじゃ」
私は意味が分からず、呆れて店を出る準備を始めた。
「もう帰りますので、お代はいくらですか?」
マスターは困った様子で、チラチラと老人を見ていた。
「待て、カール君。君は真実を知りたくないのか?そして何故、サタン・ハザムが魔王として語り継がられてしまったか知りたくないのか?」
私は首を横に振った。
「どうでもいいです。何故なら、知ったところで僕は何も変わりません。それにアダムが英雄、サタンは魔王という通説も変わることもないでしょ」
「カール君の言う通り、真実を学界で唱えたが、何も変わらん上に変人扱いされた。だがしかし、いやきっと、君の先祖は知ってほしいと願っているはずだ。君のお父さんだって・・・」
老人が説得している最中、馬鹿げた話だと思う反面、胸の高鳴りを感じていた。
「フーーーー」
私は少し落ちつこうと、タバコに火を点けて吸った。すると白い煙が人の形を成し、残れと言っているような錯覚に堕ちた。だから私は無意識に、
「聞きましょう・・・」
と呟くように言っしまった。それを聞き取った老人は微笑む。
「ありがとう、カール君。では、まずは誰もが知るアダム・ロージアの伝説について、簡単ではあるが語ろうか」
老人はワインで喉を潤したあと、世に知れ渡る英雄説を語り出した。
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