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あたしはこれまでの人生で授業をまともに聞いていた試しがない。スマートフォンで近場の男とL〇NEしてても、教師は何も言わない。特に今年この学校に赴任してきた若い女教師は、男子のちょっかいを躱せずにあたふたしてるから他の生徒を気にする暇はないのだ。もうひと月も経つのだから躱す方法くらい学んでほしいと常々思う。 その時、スマートフォンがL〇NEのメッセージを受信する。今から会えないかという旨のくどいメッセージを半分も読まずに、あたしは飾り気のないカバンを持って立ち上がる。 「あっ……!つ、鶴谷さん!あ、あの、まだ授業……」 「気分が乗らないので帰ります」 女教師は何も言わなかった。きっと彼女もあたしが怖いのだ。あたしは短いスカートと長い黒髪を靡かせて、無言で教室を出る。クラスメイトはきっとあたしが居なくなって安堵していることだろう。そう思うと無性に腹が立って、あたしは廊下に放置されたままのバケツを蹴り飛ばした。 あたしは制服のまま学校を出て、待ち合わせの繁華街という名のいかがわしい街へ足を踏み入れる。まだ昼だから強引な客引きはいなかった。制服姿のあたしを見て、声を掛けてくるくたびれたスーツを着た輩は大勢いたけど、あたしが一睨みすると皆すごすごと帰って行く。 何度も通った道だ。あたしは迷うことなく、待ち合わせの安いホテルに入った。あたしを呼びだした男はフロントにもたれかかって、フロントのオネエと話し込んでいた。あたしは自分から声を掛けるのが気に食わないから、相手から話し掛けるのを待った。 「優紀ちゃん」 「どうも」 男は下心満載の笑顔をあたしに向けてくる。あたしは今から行為に及ぶと分かっている男と長く話したくはない。つまらないし、あたしはそんなことをするためにここに来ているわけではないのだ。 「部屋行くでしょ?」 「行かないなら帰る」 「そうこなくっちゃ」 男は気持ちの悪い顔をして、あたしの腕を引っ張る。部屋に入ると男はがっついて来た。あたしはされるがままにされる。背中を駆け抜けていく快感は誰から与えられるものであっても気持ちがいい。 行為後はだんまりを決め込み、あたしは制服のリボンを結び直す。あたしは男の財布から万札を取り出して、ポケットに突っ込む。ついでに二千円をホテル代として貰う。あたしは背中に投げかけてくる言葉には反応せず、部屋を出る。フロントのオネエに千円札を二枚渡し、ホテルを後にする。 あたしはスマートフォンで日付を確認する。今日は父親が家にいる日だったから家に帰りたくなかった。他の男を探そうかとも思ったけど、なんだか疲れてしまった。でもこのまま公園で野宿する気にもなれなかったから電車を乗り継いで家に戻る。家は賃貸マンションの一室で、あたしは階段で五階まで登った。 家にはまだ父親は帰って来ていなかった。あたしはシャワーだけをさっさと浴びて、部屋に引きこもる。午後十時過ぎになって帰って来た父親は女と一緒だった。まだ嬌声は聞こえないけど、そのうち聞こえてくるのは明白だ。あたしはわざとふたりの前に姿を晒した。 「優紀、いたのか」 「悪い?」 「これ、生活費だから。いつも悪いな」 「そう思ってんなら女連れ込むの止めてくれる?」 父親は聞こえないフリをした。あたしは舌打ちをして、部屋に戻る。 *** 正直言って高校には行きたくない。しかし、制服というものは本当に便利で男を釣るには最適なのだ。制服に夢見ている男はいつの時代にも一定数いる。女子高生というワードにいとも簡単に釣られる男は馬鹿な分、扱いやすい。彼らがいればあたしは生活に困らないのだ。 それを中学生の時に知ったあたしは、勉強をしなくて良さそうな高校を探した。受験は面倒だったから名前を書けば入れる学校と条件を加えた結果、この学校が残った。偏差値は測定不可、風俗店や暴力団関係者が多い街にかなり近いこの学校は、生徒も不真面目な者が多いと聞き、尚のことこの学校が気に入った。しかも制服がセーラー服だったからあたしは即決し、必要な書類をでっち上げ、この学校に入学した。 あたしは基本的に昼休みまでに学校を出る。男からの誘いがあればそちらに行くし、なければカラオケに居座る。今日もそのつもりで学校に来た。 でも、二時限目が終わった時、見たことない女子が教室の入り口であたしを呼んでいた。 小柄でショートカットの一年生。童顔で目がくりっとしていて、可愛い方だった。しかも彼女は化粧をしていなかった。この底辺高校では化粧をしていない女子生徒はかなり稀有な存在だ。あたしは少しだけ興味がそそられた。 「何?」 「あの、柔道部に入っていただけませんか!」 「は?」 あたしと彼女の成り行きを黙って見ていたクラスメイト達がざわめきだした。あたしも予想外の言葉に理解が追い付いていなかった。まずこの学校に部活動なるものが存在していたことが驚きだった。しかも柔道部なんて堅苦しそうな部活があるなんて。 「鶴谷先輩は武道の達人だと伺ったので、ぜひ我が柔道部に入っていただきたくて」 「……あたしが武道の達人?馬鹿言わないで」 「でも……っ!」 「あたしは入らないから」 彼女は途端、泣きそうな顔になった。あたしは彼女の横をすり抜け、構わず背を向ける。あたしが武道の達人なんて、馬鹿にしているのだろうか。あたしは亀裂の入った窓に拳をぶつける。ガラスは粉々に砕け散った。 あたしは学校を出て、いかがわしい街に向かう。イライラが募って自然と速足になる。その道すがら、不運なことに三、四人のチャラついた男に絡まれた。 「オレらとホテル行かない?」 「みんなで気持ちいいことしよーぜ」 あたしは彼らに目もくれず、その場を立ち去ろうとする。でも、彼らはしつこかった。声が次第に荒々しくなっていくのが分かった。集団のひとりがあたしの肩を掴んだので、実力行使しようとしたらその間を小柄な人影が横切った。 彼女は小柄なのに、綺麗に一本投げを決めた。それを見て彼らは目に見えて怯む。彼女は満面の笑みで振り向くとあたしを見た。 「ついて来ちゃいました」 馬鹿なんじゃないの。そう言おうと思うより先にあたしの身体は動き出していた。 彼らはまだ諦めていなかった。彼女に触れようとした男にあたしは容赦なく顔面に蹴りをに入れる。男の眼鏡が割れる音がした。他の男たちの弱々しいパンチを躱して、鳩尾に拳を叩きこむ。その後、肘の関節を有り得ない方向に捻じ曲げる。情けない男の阿鼻叫喚があたりに響き渡る。 あたしは彼らの傍にしゃがみ込む。そして純粋な笑顔を向ける。 「鶴谷優紀に手ぇ出したらどうなるか分かってくれた?」 彼らはあたしの名前を聞いて、みるみる血の気が引いていた。彼らはあたしが立ち上がると同時に一目散に逃げて行った。 そこらへんで早くまともそうな男を掴まえて、ホテルに行こう。あたしが歩き出すと手を掴まれた。 「鶴谷先輩っ!」 あたしは完全に彼女がいることを忘れていた。彼女は目を輝かせてあたしを見ていた。あたしはその視線に耐えられなくて、目を背ける。 「助けてくださってありがとうございました!あの、すっごくカッコよかったです!」 「あっそ」 「そんなにお強いんですし、ぜひ柔道部に……」 「あんたはなんで柔道やってんの」 「私ですか?私は誰かを守りたいんです!」 やっぱりな。あたしの心の中にどす黒い何かが広がっていくのが分かった。 「あたしのコレは、誰かを傷付けるためにあんの。さっきの見てたでしょ。あたしは投げ飛ばすだけじゃ気が済まないの。相手を完膚なきまで叩きのめすのがあたし。誰かを守る柔道をしてるあんた。そもそもが違うの。分かってくれた?」 「それでも鶴谷先輩は私を守ってくださいました!私は諦めません!」 あたしはその言葉に返事をしなかった。
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