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今日のあたしは朝から不機嫌だった。昨日の深夜、突然帰って来た父親から放課後に六条会の事務所へ来るように命じられたのだ。あたしはむしゃくしゃして、廊下の机を蹴飛ばす。そこへタイミングよく那津がやって来た。
「優紀先輩!帰るんですか?」
「クソ親父のとこ行くから那津は来んな」
「……分かりました。気を付けてくださいね」
あたしはその言葉を聞き流して、階段を降りる。放課後に来いと言われたがそんなことは関係ない。面倒なことは早く済ませてしまいたかった。
高校から電車を二駅乗ったところに六条会の事務所はある。あたしはイヤホンから爆音の音楽を流して、気を散らして事務所の敷居を跨ぐ。中には父親の他に大勢の若衆がいた。そして奥には六条会の跡継ぎである女が座っていた。
「姫、奥の部屋をお借りしても?」
「構わない」
父親が跡継ぎに一礼して、あたしに付いてくるように促す。
「娘よりも年下の女にペコペコする気が知れないね」
「優紀……!」
「なに?あたしは事実を言っただけ」
あたしが吐き捨てるように言うと父親があたしの頬を平手打ちした。初めは何が起こったのか理解できなかったけど、左頬にじんわりと痛みが広がっていくのを感じた。あたしは怒りに震える。
「お前は口を慎むことを知らないのか!姫は六条会の……」
「そんなの知ったこっちゃないから!あたしはあいつの手下でも、あんたの人形でもない!」
「……一度しか言わないからよく聴け」
さすがヤクザとでも言うべきか、父親の声にあたしは一瞬屈服させられた。身体が委縮して、あたしは口を噤んでしまっていた。
「お前が最近よくつるんでいる女の子が二条会に狙われている。お前との繋がりが知られたからだ。最近、チンピラと喧嘩したな?」
あたしは下唇と強く噛んだ。二条会とは六条会に並ぶ櫻庭組の幹部組織のひとつで、六条会よりも地位が高く、六条会と仲が悪い。多分、那津があたしを追いかけて来た日のことだ。あいつらをビビらせるために、あたしは自分の名前を出してしまった。それが仇になるなんて。
「心当たりはあるらしいな。その女の子に情があるなら、今すぐ関わりを切れ。それとお前が襲われているその子を助けたらお前との繋がりを公表することと同義だからな。分かったな?」
あたしは返事の代わりに舌打ちをした。早く那津のところに行かなければ。
「それとお前は姫に感謝しろ。この情報を獲ってきてくれたのは姫なんだぞ」
あたしは父親の言葉を聞き終わるより早く、事務所を飛び出していた。那津、那津、那津!あたしは心の中で那津の名を何度も呼んだ。今すぐ何かされることは無くても、那津の身が心配だった。
梅雨入りしたせいで最近は雨が多い。駅までの道を走っているうちに雨が降って来た。最初は小降りだったのに、次第に雨足は強まっていく。あたしはびちょびちょになりながら高校のある街まで急ぐ。電車に乗ると人々は迷惑そうにあたしを見ていたけど、そんなことはどうでもよかった。
高校の最寄り駅で降りて、いつものいかがわしい街に直接向かう。雨は依然として強くあたしを打った。背中を雨水が伝っていく。折角のロングヘアーがひっついて、重くなっていた。肌に纏わりつく髪を後ろで縛って、あたしは再び駆け出す。
この街にもう居ないならそれでも構わない。でももし、近くにいるのなら一目でいいから顔を見たかった。あたしは街中を走り回る。雨のせいで周囲の声が聞こえなかった。あたしは、あの日チンピラと衝突した場所に自然と足が向いていた。
そこに辿り着くとあの日とは違う屈強な男たちが那津を取り囲んで、殴っているところだった。一瞬で頭に血が上る。あたしはアスファルトの地面を強く蹴ろうとして、思わず立ち竦んだ。
さきほど聞いた父親の言葉が脳裏をよぎる。あたしが今、那津を助けたら那津とあたしの繋がり、ひいては那津と暴力団の繋がりと認めてしまうことになる。それは絶対に那津のためにはならない。
だからあたしはこの世界は滅びればいいと思ってる。
那津の危機にあたしはこの生まれの所為で助けても助けなくても那津を苦しめてしまう。どうしてこの世界には暴力団という組織があって、あたしはそいつらの所為で大切な子を本当の意味では助けてあげられないんだろう。那津が傷付けられているというのに、あたしは何も出来ないんだ。
あたしは自分の頬を強く打った。さっき父親に平手打ちされた痛みと相まって、身体中が熱くなった。
今からあたしがすることがいずれ那津を苦しめるとしても、あたしは那津を助ける。
あたしは今度こそ勢いをつけて、男たちの中に飛び込む。背後からドロップキックを決めて、あたしは那津の傍に駆け寄る。那津は擦りむいたのか膝と足から血を流していた。あたしは那津に気を取られて男の蹴りをもろに食らってしまった。重力に従って地面に倒れ込む。那津はあたしに近寄ろうとするけど、今は那津を逃がすことが先だ。
「那津!逃げろ!」
那津は躊躇いながらもホテルなど人が多い方に逃げていくのが見えた。あたしは舌なめずりして、力の限り戦った。視界も悪い上に相手は上から攻撃してくる。あたしは雨で体温を奪われ、首を強打され、また地面にうずくまってしまう。六条会の姫のようになりたいと思ったことは一度もないが、彼女だったらこいつらを倒せたかもしれないと思うと癪だった。あたしは視界がおぼろげながらも立ち上がり、渾身の力で男に殴りかかる。
男はあたしにそんな力が残っているとは思わなかったのか、顔面にパンチが綺麗に決まる。あたしはその隙にもうひとりの男の股間を蹴り上げ、力を込めて足を振り下ろす。あたしはそのとき、三人目の男の存在に気付かず、背後に回られたときはしまった、と思った。しかし、男の拳はあたしに当たることなく、男は崩れ落ちる。
あたしは驚いて、男の身体の先を見た。そこに立っていたのは、逃げたはずの那津だった。急いで走ってきたのか、那津の息は上がっていた。忙しなく肩が上下しているのが見えた。
「優紀、先輩……!」
「那津、なんで」
「いいから、逃げますよ」
あたしは那津の肩を借りて、雨の街を歩いた。那津はどうやら近くにあるあたしの家に向かっているようだった。
那津はあたしの家に着くなりあたしと一緒に制服を着たまま、お風呂場に入った。狭いお風呂場でふたりもろとも、頭から熱湯を被る。冷えた身体が次第に体温を取り戻していく。あたしはこの時はじめて那津が怒っていることを知った。あたしを射抜くように那津は見ていた。
「那津……?」
那津が熱湯を被ったまま、あたしとの距離をさらに詰めて、あたしの制服のリボンをほどいた。身体のあちこちが触れ合う。そのまま那津はあたしの制服を脱がせていく。那津の手付きが妙に艶めかしかった。あたしは那津をじっと見つめる。お湯で制服が那津の肌に張り付いていて、身体のラインがよく見て取れた。
那津はあたしのセーラー服を取ってしまうと、自分の制服も脱ぎ捨てた。ほどよく筋肉のついた身体は本当に綺麗だった。あたしは思わず息を呑む。
「優紀先輩、私にも貴女を守らせてください。私は優紀先輩がこんな、傷付くところなんか見たくないです……」
那津が肩を震わせてそう言った。あたしは我慢の限界だった。
あたしは、那津の両頬を覆うと唇を重ねる。那津もあたしに応えてくれた。あたしが唇を離すと那津の顔が真っ赤で可愛かった。しかも上目遣いにあたしを見てくるから胸の奥がギュッと掴まれたように苦しかった。
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