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太陽の光が当たらない影。
目立たないように生きてきた。あの日、声を掛けられるまで——……。
舞い散った桜の花弁が地面に広がる4月20日。
湊高等学校に入学して10日程だが、岩崎は既にお気に入りの場所を見つけていた。校舎の一角。日の差さない裏側でコンクリートの地面に腰掛け、ココアのパックにストローを刺して飲んでいる。
紺色のブレザーに赤いネクタイをしめた制服を着こなし、耳と襟足をすっきり出したベリーショートの黒髪は高校生らしい。髪と同色の双眸を空に向け雲一つない青空を仰いで、日陰にいるにも関わらず眩しそうに目を細めた。
「青い春かー……」
即ち青春を意味する一言を興味なさそうに呟いた。
湊高校は共学だ。クラスの男子は新たな女子との出会いを楽しんだり部活動で汗を流したり、まさしく青春を謳歌している。対して岩崎は恋愛や部活動に興味がなかった。正確に言えば時間が惜しい。
昼休みを有意義に過ごす為、クラスメイトとの昼食を終えた後は一人になるのが日課になっていた。今日もまた甘い飲み物で糖分を摂取し、壁に背を預けて転寝しようと目を閉じた時だった。
「ねえ、君」
からりと窓の開く音がして誰かが誰かに呼びかけている。こんな人気のない校舎の裏で誰に話しかけているのか興味はあったが瞼を押し上げるほど気に留める事はなく腕を組んで再び眠る体勢になった。
「寝ようとしてる君だよ、君」
今度こそ目を開けないわけにはいかなかった。流石に声が届く範囲で今眠ろうとしている人が自分以外近くにいるとは思えない。声の主を探そうと辺りを見回すと5メートルほど離れた校舎の窓から顔を出して手を振る男がいた。
柔らかそうな栗色のショートヘア、人懐っこい笑顔が先程空を仰いだ時同様に眩しく感じて岩崎は目を細めて男を見上げる。
「あのさ、俺と鬼ごっこしない?」
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