僕は殺し屋

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 トーコさんは僕を「殺し屋」と呼ぶ。  それは今に始まったことではない。  出会いは小学五年生の夏休み。  父さんとトーコさんの想い出の神社だった。  トーコさんはカメラ片手に、白いTシャツにジーパン、汚れたスニーカーで僕の前に現れた。  わざとらしい真っ黒の髪と、計算されたような真っ赤な口紅が印象的だった。  気付いた時には無言で僕を見下ろしていた。  慌てて手元を隠した時すでに遅し。  僕は硬直し、座った体勢でトーコさんを見上げた。 「夏休みの自由研究です」  何も聞かれていないのに口が開いた。  無表情な目が合うと、僕を通り越し真っ直ぐ拝殿に歩いて行く。  僕は立ち上がり、トーコさんの後ろ姿を見つめた。  肩に掛けてあるカメラを足元に下ろすと深く一礼し、そっとお賽銭を入れ、鈴緒を左右に動かした。 「カランカラン」  鈴の音が鳴り響き、境内の蝉の声を遠くに感じた。  僕はトーコさんの所作に釘付けになっていた。  僕は神社のルールを知らない。  ちゃんと拝む人を初めて見たような気がした。 「パンパン」  二回拍子が聞こえると、深々と頭を下げていた。  その姿を美しいと思った。  無名の島のこんな小さな神社で真剣に願い事をするトーコさんをただ見ていた。  振り返ったトーコさんは即カメラを構えると、僕に向かってシャッターを切った。一瞬の出来事に唖然とする僕の横を軽快な足取りですり抜けていった。  階段を降りて行くトーコさんから煙が上がったのが分かった。 「ここ禁煙です!」  久々に叫んだ僕の声は、蝉の大合唱にかき消された。  
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