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真っ直ぐな瞳はこちらを向いているのに、そこに映っているのは、きっと自分ではない。
それが分かる程、色の無い瞳が見る間に色を取り戻し、苦痛に耐えるように眉を寄せると、今度は今にも泣き出しそうに顔を歪め、俯いてしまう。
百面相な彼の顔を見ながら、何も出来ない自分は唇を噛んで見ているしかなかった。
俯いたまま、彼の肩が小刻みに震える。
泣いているのかと思わず手を伸ばしかけた時、「くっくっ」と詰まった音が彼の喉から洩れてきた。
「おっもしれぇ!」
その直後、爆発したように笑い出す。
何がそんなに面白いのか分からないこちらを置いて、ひたすら笑い続けた後、漸く顔を上げた彼は打って変わって、ふわりと柔らかく笑った。
「タクイ、ここに居ろよ」
「エ」
彼の柔らかい顔に驚いたのか、その言葉に驚いたのか自分でも分からない。
混乱している思考の中、もう少しその柔らかい顔を見ていたい。それだけは強く思った。
「ここに居て、俺とタクイの求めてる形が合うかどうか、見てみろよ」
「君ワ〝アイツ〟ヲ探シテルンダロ? ダッタラ、俺ノ形ワ君ト合ワナイト思ウゾ」
「探してるよ。でも、タクイはタクイだ」
いつしか自分の深層から響いていた声は、いつもの固い自分の声に戻っていた。それでも彼は耳を傾けながら聞き取って、しっかりと頷き、それでもここに居ろと言う。
「俺ハ俺ダケド……。〝アイツ〟ジャナイ」
「分かっている。今はアイツじゃなくても良い」
今は。
では、いつかはアイツでないといけない時が来るのだろうか。そうなれば自分はどうなるのだろう。ここを追い出されるのか、それともスクラップにされるのか。
それでも。あの笑顔をもう一度見たい。
ふわりと笑った顔は、自分の求めている形と似ているけれど、少し違う。でも、少し合う。
そんな所から彼の求めている形が分かれば、いつしか〝アイツ〟よりも、自分の形が彼に合ってくるだろうか。
アンドロイドが人間の替わりになるなんて、出過ぎた考えだろう。そもそも、代わりが出来るかどうかも分からない。
彼にとって大切である以外、アイツがどんな人間なのかも、自分には分からないのだから。
それでも、初めて博士とドクターの元から外の世界に出て、知り合いも助けてくれる人間も居ず、寝る場所も無かったこの数日からは大きな進歩だ。
「イツマデ此処ニ居テ良イ」
「俺がタクイじゃ駄目だって言うまで」
「……ソレッテ、イツ、ダヨ」
本当は分かっている。
〝アイツ〟が彼の元に戻って来る日なのだろう。
そんな明日か明後日かも分からない不確定な未来。不安で堪らない。思わず、不規則に回転しかける胸部のモーターを、服の上から宥めた。
そんな様子に気付いたのか、安心させるように、それでも睫毛が瞳に影を落としながら、彼は微笑んだ。
「安心しろ。タクイが居る間、俺はそんな事言わねぇよ」
「ソンナ事分カンナイダロッ。イツ〝アイツ〟ガ帰ッテ来ルカモ知レナイシッ」
言ってしまってから「失敗した」と後悔した。
自分にとっては居場所を追い遣る相手でも、彼には必要で、ずっと探している相手なのだ。
「そうだな」
そう呟いた彼の顔を見て、ますます苦い思いが広がって行く。
自業自得の後悔と、揺れる不安に顔を顰めていると、彼はゆっくりとこちらに手を伸ばし、ふと枕元の本に瞳を向けた。壊れ物を扱うように優しく撫でられた額から、彼の温度が伝わってくる。
「アイツが帰って来るのが先か、タクイが俺の形と合わないと判断する方が先か」
「ゴメン」
「バカだな。今お前が謝る事なんて一つも無かっただろ」
「君モ不安ナンダッテ事、忘レテタ」
そう言って頭を下げる代わりに、瞼を一度閉じた。すると髪をクシャリと混ぜられる。
「ホントに、お前ってヤツはっっ」
「仕方ないな」と小さく口元だけが形作り、それは音も無くて、耳に届く事は無かった。
「点滴も終わるな。今日はそのまま寝ろ。後で俺もこちらに来るから」
腕に繋がっていたチューブを抜いて、器具を片付け終えた彼はドアへと向かう。
「アンドロイドノ故障モ直セルノカ」
「タクイはヒューマノイドみたいだから、人間相手の医者でも大丈夫なようだぞ」
背を向けたまま答えると、彼はドアを静かに閉めて出て行った。
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