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スルリと開いた引き出しに鍵は掛かっていない。
それはまるで自分以外は開けないと確信があるようで、それとは逆に、たとえ誰に見られたとしても別段問題無いと言っているようで。それ程の信頼関係を二人は築いていたのだと悟る。
一段目には筆記用具と色鉛筆とパステル。そして数冊の子供用の落書帳。
その中の一冊を手にとってパラパラと捲ると、色彩豊かで可愛らしい動物キャラクター達が、おどけて見せたり、微笑んで見せたり、時には泣いて見せたりしている。
背景との境界線も曖昧な程淡く、ラフに描かれたホワリとしたイラストの間には、植物や青空、夜空の月などの自然スケッチも簡単に描かれていた。
「絵ヲ描ク人ダッタノカ」
そのどれもが温かい。きっと、この絵そのままの人間だったのだと感じる。
優しくて。可愛くて。温かい人。
こそこそと他人の物を探るような真似をする、醜い自分とは違うアイツ。
苦しい程に回転数を上げる、胸部のモーターに顔を顰めながら、それでも次の引き出しに手を掛ける。
「つっ!」
そこには大事そうに仕舞われた数枚の絵と、あのドロップの缶が五つ。
好きな物と、甘く幸せな空気がこの引き出しの中には詰まっているのだと、一目で分かる程、他に何も無く、大切に仕舞われている。
やはりアイツは、このドロップがお気に入りだったのだ。
恐る恐るその絵を手にとった瞬間、自然と震え出す体。
「アッ……! アッ」
それは縋る思いで抱きしめ続けた虹空だった。
アイツが、あの本の作者。
(目に見えないアイツからの仕返しかっ)
アイツと先生と、アイツと消された自分と。混乱する人工脳はオーバーヒートを訴えている。荒む感情が抑えられない。
衝動的に缶の一つを掴むと、壁に向かって投げつけた。
しっかりと閉まっていなかったらしい蓋が空中で開き、バラバラと派手な音をさせながら、中身をぶちまけ、最後にガツッと鈍い音をさせて畳の上に落ちる。
音も気にせず、次々と缶を放り出した。
他の缶も同様に、全て一度は開封されていて、投げ捨てるそばから蓋が開いていく。
「ウッ、ハッッ、ァッ、ハァッ」
自分でも何がしたかったのか分からない。ただ見るだけでも苦しい物を、そこから取り除きたかった。
「エ……」
そして、取り除いたその一番下から出て来たモノに、目を奪われる。
どうやって描いているのか分からないほど、青く透明な空に、光に溢れた七色の橋。
あの本の中には無かった虹と空。
『虹は、二匹で一匹の奇跡の動物。
だから、さ。
二人で一人の俺達も、きっと奇跡』
囁くような、温かい言葉。
少し角の丸い、小さな文字。
咄嗟にベッドに置いていた本のカバーを剥いだ。――奇跡。キセキ。きせき。虹。ふたり。一つ。――露わにしたモザイク柄に書かれた文字。
歪んだ視界と、甘い香りが自分を包む。
「二人で一人。奇……跡」
ずっと一緒に居ようと、微笑み合う二人が見てとれるようだった。
先生とアイツ。知らない二人。
ドクンと急転したモーターに意識が付いて行けず、ブラックアウトした視界がそのまま意識を闇に落とし、いつもの恐怖が襲う。
(嫌だ! 真っ暗は嫌だっ)
意識を失う前に、願った。強く、強く。
できる事なら、せめてさっき見たアイツの空の中に行きたい――と。
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