-ミツケテ-

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 彼の存在自体、己で軽く扱っている気がして、思わず言葉を挟んでいた。その言葉に軽く笑って返される。 「父は医院を継がなかったし、祖父さんもそれは、それで良いと思っていたみたいだけどな。子供ながらに居候感が強かったから継ぐって言ったんだ。今となっては間違ってなかったと思うけど、当時は居場所を確保する意味しかなかった」  淡々と語られる彼の昔話は、孤独な少年の淋しさしか伝わって来なくて、腰に回していた腕を解いてしまった事を後悔した。 「祖父さんはその事も分かってたみたいだけど、俺を安心させる為だろうな。言ったすぐ後に俺を養子にした。だから俺は紙の上では祖父さんの子だし、継いだのは祖父さんの跡」  軽く笑った顔は、お祖父さんの跡を継いだ自分が誇らしそうで、少し嬉しそうで、救われた気がした。 「あの日の虹は、いつまでも俺の中から消えない。俺の両手は祖父さんと祖母さんの温もりに包まれていた。三人で見上げた空は、どこまでも果てが無いほど、ただただ広くて。淋しくなんてなかったな」  だけれども、虹が出るたびに彼は当時の事を思い出す。そして淋しい事を淋しいと感じられない少年に、温もりを与え続けた二人はもう、居ない。  きっとその事をアイツは知っていたのだろう。  虹が出るたび彼に寄り添い、今ここに二人で居るのだと。独りではないのだと。彼に伝え続けていたのだろう。 『虹は、二匹で一匹の奇跡の動物。  だから、さ。  二人で一人の俺達も、きっと奇跡』  二人で一人の関係。  その一人が消えてしまった今、彼の淋しさに苦しくなる。その代わりになれない自分に悲しくなる。  どうして自分は、今ここに居るのだろう。  彼が求めているアイツが居なくて、どうして代わりにもなれない自分が居るのだろう。  あの本は、アイツと先生、そして自分の何を知っているのだろう。 「タクイ」  呼ばれて、いつしか俯けていた顔を上げる。 「何、泣いてんだ」 「エ」  気付かないまま頬を流れ落ちていたのは、涙だった。  スルリと流れて来た一筋が、唇の端から口の中に入って来る。その塩辛さに顔を顰めていると、「こっちのが甘いぞ」と掌にあったドロップを摘まんで見せられた。  ふるふると無言で首を振ると、分かっていると微笑まれ、それは彼の口の中へと消える。  ドロップが好きな二人と、食べられない自分。見えない壁に隔てられているのに、一瞬で強く甘い香りが彼を包んだのは分かる。  柔らかく彼を包んだ香りは、そのまま自分までをも包(くる)んでいく。その優しい感覚に、いつまでも身を委ねていたくなる。彼もそんな優しい感覚に、包まれていて欲しいと思う。 「虹モドロップミタイニ甘イト良イノニ。ソシタラ、総武の苦い記憶も、少しは甘くなるかもしれない」  その言葉の半分は、気を失ってしまった時に夢で聞いた言葉。後の半分は、いつかのように自分の体を使って誰かが何かを言っている。  まるで自分の意識だけが、壁の外に居るような感覚。  自分の中が混乱している。  苦い記憶と、甘いドロップの香り。そして、 「沢意……」  彼が呼ぶ、優しくて甘い声。 (あ……知ってる)  そう思った瞬間、互いに引き寄せられるように重ねた唇。  たった一瞬の温もりは刹那。  だけれども、知っている。彼の温もりを。この甘い感触を。  ――何処で?  自分という輪郭が曖昧になっていく。  自分が自分でない不安定さ。 「アイツハ、先生ノ何?」  不安を少しでも和らげたくて、自分の存在を確かめたくて、先生の瞳に映る自分の姿を覗き込む。 「俺ハ誰……?」
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