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「アイツ?」
彼の様子から聞きたがってはいけないと思いつつも、思わず口から零れていた言葉は彼の耳にも届いてしまう。
「最初にタクイと間違えたヤツだ。悪かったな。勘違いとは言え何も知らないお前に怒鳴り散らして」
彼が間違えるほど自分と〝アイツ〟は似ているのだろうか。
「〝アイツ〟ヲ、探シテル?」
問い掛けた言葉には無言が返って来た。それが答えなのだと思った。今夜もきっと、彼は〝アイツ〟を探している途中、間違えて似ている自分を拾ってしまったのだ。
「俺モ探ソウカ」
「どうして」
「アイツッテ人ガ君ニトッテ、トテモ必要ソウダカラ」
何か確信があったからではない。ただ「アイツじゃない」と呟いた彼の姿は、とても心許無くて、「お前じゃダメなんだ」と自分に言われている気がした。
それは博士達の元に居た時に、ずっと味わっていた感覚。
そう。博士二人も〝誰か〟を求めて俺を造ったのに俺ではダメで、『お前は、あの子じゃない』と言っては、さっきの彼のように苦い顔をした。
自分はいつも、誰かになり損ねる。
傍に居る人間達は、いつも誰かを求めていて、でもその代用品の自分じゃダメで。
――ダメで――。
「……此処デモナイ……」
「どうした」
吐息のように小さく呟いた言葉だったのに、いつも博士達は聞き逃す囁き程の声を、それでも彼は聞き逃さないでいてくれた。
「君モ俺ジャ駄目ナンダト思ッテ」
諦めた声で嗤った自分に、問い掛ける彼の瞳が向けられた。
この世界に造り出されたからには、誰かが自分の事を必要としているのだと、そう思っていた。その誰かが自分を傍に置きたくて、必要としていて、自分はこの世界に呼ばれたのだと。
この世に目覚めて最初に会った博士達も、ドクターも、〝あの子〟にただ傍に居て欲しい。新しい研究材料が欲しい。そんな欲で自分を求めた。
三人の意見が一致して自分は造り出されたけれど、自分は〝あの子〟にはなれなくて、最近では、ほとんどドクターの所に預けられたままの状態だった。最初は喜んでいたドクターでさえも、人形のようになってしまった自分に、もう面白くないと言い出していた。
目の前の彼も、居なくなった〝アイツ〟を探している。
代わりが自分では駄目なくらい、大切な人。
「俺ハ、俺自身ヲ必要トシテクレル人間ノ元ニ居タイ」
自分の話す固い声に、彼は真剣に耳を傾けていた。
「君モ博士達モ求メテイルノワ俺ジャナイ。ダカラ、俺ガ探シテイルノモ君達ジャナイ」
真っ直ぐにこちらを向いている瞳が、徐々に大きくなっていく。
「タクイは……」
コク。っと喉を湿らせても、押し出された彼の声は尚も掠れていた。
「タクイは、求められたらその人間の元に居るのか」
それは違うと首を振る。
実際、最近は飽きて来られていたとは言え、ドクターは自分を唯一、求めた人間だった。しかし彼の傍に居るには得体の知れない恐怖が勝ち過ぎて、見張りの緩んだ隙に逃げ出したのだ。
「求メテイル者ノ求メタ形ガ、俺ノ形デアルナラバ、ソノ人間ノ元ニ居ル」
そんな答えに驚き、これ以上は開かないくらいまで大きく見開かれた瞳は、自分の何を見ようとしているのだろうか。
「生憎、博士達ワ俺ニ意思ヲ持タセタ。タダ傍に居るだけの人形では駄目だと言う事だろう」
挑むように告げる自分の声が、いつしか自分の内側、底の深層から聞こえる感覚に陥る。
自分ではない者が、自分の体を使って話している感覚。
怖い。
言葉は溢れて止められない。それが今まで必死で留めておいた流れであるかのように、言葉は止まらなかった。
「だったら俺にも、傍に居る為の形を見極める必要も、権利もあるはずだ。俺は自分が傍に居たいと思う人間の傍に居る」
一瞬。息を呑む音だけが聴こえ、そして、静寂が辺りを浸す。
驚きの中に彼は何かを見る事が出来たのだろうか。
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