② トンネルの怪

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☆  佐和山トンネルは心霊スポットとして有名である。  否、実際のところ、本当に恐れられているのは、佐和山トンネルの脇の雑木林を抜けた先にある、旧佐和山隧道という昔のトンネルである。  佑太はもともとオカルトな噂話に然程興味もないため知りようもないのだが、郁が聞いた先輩の話の真の舞台は、この旧佐和山隧道の方であった。  時刻は午後19時、佑太が帰宅した頃に遡る。 「ってなわけで、実際にヤバいのはこっちのトンネルじゃなくて、上の旧佐和山隧道らしい」  国道沿いの適当なところに自転車を停めた郁、魁斗、夏の3人は、得意げに語る郁を先頭に、佐和山トンネルの脇、暗がりに続く細い道の前に集まっていた。  国道沿いのためあたりはオレンジの街頭に照らされ、近くにはパチンコ店のネオンが光り、然程暗くもなく怖さもない。  懐中電灯がわりのスマホ片手に、3人は最後のミーティングを行なっている。 「いいか、何か見つけたらすぐに報告する事」 「わかった!」 「怖いのが見えたら逃げる事」 「はい!」  と、このように、まるで遠足の前のような雰囲気で3人は頷きあう。 「そいじゃ、レッツゴー!!」 「「おー」」  気の抜けた掛け声とともに歩き出す。  トンネルの脇、竹藪に囲まれた細い道を登っていく。国道から離れると流石に不気味な雰囲気となる。スマホの明かりでは些か足りない。 「うわあ、なんか家があるけど」  先頭を行く郁がスマホをかざした先には一軒の家が建っていた。然程崩壊した様子もなく、だからこそ余計に恐ろしいと思わせる。そんな異様な雰囲気の家だ。 「まだ先?」  最後尾を行く夏が、流石に怖くなってきたのか、小さな声で訊ねた。 「まだまだ先だ。先輩の話ではこの先はさらに険しい道のりらしい」  しばらく歩くと、怖さというよりも、まだ先かといううんざり感の方が先に来た。それくらい険しい道のりだ。倒れた竹が道を塞ぎ、それらを乗り越えて行くしかなかったからだ。  しばし無言で歩く。と、見えた。煉瓦造りのアーチがパックリと口を開いたような、これが旧佐和山隧道だ。 「うわあ」 「うへぇ」  郁と魁斗は、よくわからない声を出して隧道の中を覗き見る。スマホの明かりでは奥がどうなっているのかなどわからない。 「ね、見つけたしそろそろ帰らない?」  夏は後ろをキョロキョロと確認しながら、郁と魁斗の服の裾を引っ張る。 「まあ待て、写真撮ろうぜ」 「撮ったってなにも写らんだろ」 「現実主義者サマは黙ってろー」  なんてやりとりをしていた、まさにその時。 『ね……こ、こ…なにし……の』  誰かの声が聞こえた。風に攫われよくは聞き取れないが、確かに誰かの声が聞こえた。 「ち、ちょい、冗談はやめろって、夏」  恐怖を隠すかのように夏のせいにする郁。 「僕じゃないよ!高い声がしたからって僕のせいにしないでよ!」  確かに自分は歳の割に声が高く、小柄で華奢だから女の子に間違われることもある。 「じゃ、じゃあ誰だ?誰かいる、のか?」  現実主義的な思考の持ち主である魁斗も、あまりの事に青い顔をしていた。 『ね…こ、こで……して…の』  今度はもっと、ハッキリと聞こえた。聞こえてしまった。 「「「ぎゃああああ」」」  3人は一目散に駆け出した。帰り道など知ったことかと、方々に逃げ出す。  夏は何とか来た道に逃げることが出来た。道を塞ぐ竹を潜り跳んで、火事場の馬鹿力というやつなのか、夏にしてはかなりの速さで来た道を戻る。 「はあ、はあ、みんなは……」  気付けば廃屋まで戻ってきていた。隧道から離れた事で、多少冷静にもなった。でも、周りを見回しても郁と魁斗の姿はない。完全に逸れてしまったようだ。 「どうしよう」  途方にくれ、手にしたスマホを見つめ。  はたと思い当たる。そうだ、佑太に助けを求めよう。  どの道もはや一人ではどうしようもない。  そして夏は、佑太に電話した。  それが、つい3分ほど前のことである。 ☆ 「いぎゃあああああ」  星のきらめく夜空の下、白銀の龍がまるで泳ぐように優雅に肢体をくねらせる。 「あぎゃあああああ」  滋賀県には龍神の棲まう、世界最古湖があり、見るものが見ればその空には龍が飛んでいるのがわかるそうだ。 「うぎゃあああああ」 『うるさい!』 「あああああ!って、こんな、空、飛んでる!?」 『どうだ、僕の背に乗るのはお前で二人目だ。光栄に思え人よ』 「いやいやもう二度とごめんだあああああ」  ズウーン。着地。 「うっぷ」  ゴロゴロと地面に放り出される。込み上げる吐き気を堪えて顔を上げれば、目をまん丸に見開いた夏がいた。 「佑太、くん?」  信じられないものを見た、といった表情である。 「夏、無事か?」 「あ、うん。ていうか、佑太くんこそ大丈夫?」  正直大丈夫ではない。 「龍さん!?」  勢い込んで振り返れば、龍神さまはシレッとした態度で明後日の方をみやる。 「死ぬかと思ったんすけど!!」 「僕がお前を落とすわけないだろ」  そう言う問題ではないのだが。しかし神さまに通じるわけもなく。 「ゆ、佑太くん、郁くんと魁斗くんが……」  思い出したとばかりに夏が佑太に詰め寄ってきた。 「そうだ!何があった?」 「僕ら上の旧佐和山隧道までいったんだけど、そこで声が聞こえて……」 「声?」  詳しく聞いてみると、旧佐和山隧道にたどり着き、写真を撮ろうとしていたところに、女性の声がしたという。イマイチ何を言っているのかわからず、しかし徐々に近づいてくるようなその声に恐怖した3人は、それぞれ方々の体で逃げ出した、ということらしかった。 「僕は運良く来た道を戻ってこれたんだけど」  だから助けを求めて佑太に電話した。 「じゃあ他の2人は?」 「ごめん、何処に行ったかわからない」  俯く夏の肩に手を置く。大丈夫、きっと見つかる。だってこっちには神さまがいる。 「龍さん」 「なんだ?」 「友達が大変なんです」 「だからなんだ?」  神さまは気まぐれなものだ。ここまで連れて来てくれただけでもありがたい事だ。  わかっていた。神は気まぐれ。これ以上の助力は乞えない。それも仕方がない。そもそも、神が一個人の願いを聞いてくれることがおかしいのだ。 「夏、郁と魁斗と逸れた所まで案内してくれるか?」 「それはいいけど……バラバラににげちゃったから」 「それは仕方ないよ。探すしかない」  そう言って、佑太は夏を連れて旧佐和山隧道の方へ歩き出す。 「お前は本当に馬鹿だな。僕という存在を、何一つ理解しようとはしない。僕はなんだ、佑太?」  歩き出した佑太の背に、龍神さまの清流のように優しい、だけれどどこか流れる滝のように激しくも厳しい声が届く。 「お前はただ願えばいい。僕の名の下、お前自身の望みを吐き出せばいい」  水野龍は太古の湖に棲まう龍神。偉大なる水の神。龍神の始まりは蛇の化身であったという諸説がある。  現代においても、蛇とは執着や固執の象徴。  故に龍神の本質は変わらない。  大切な何か一つのために、その願いを一途に叶え続ける。  佑太は理解した。  神々しい光を纏うこの神の願い、望んでいる言葉を。 「俺の、俺の大事な友達を助けて!!」  龍神さまは満足げに、口角を吊り上げていつものように笑う。どこまでも不敵な笑みだ。 「承知した」  ブワリと、風が舞い上がる。黒い髪は白銀に、白い肌には銀色の鱗が現れて。  突風を吹き上げ、龍神さまは、またも空へと舞い上がって行った。
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