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☆
龍神さまが万屋を始めたのは、本人曰くただの思い付きなのだった。神といえど人と同じように生活するには、やはり金銭は重要だと考え、では適当になんでもやってみるかという計画性のまるで無い思い付きによる行動だった。
しかしここは商店街。お隣は何かと人の出入りの多い食事処。
数ヶ月経った今では、万屋淡海堂はそれなりに仕事が入るようである。
そんな淡海堂の依頼の中で約半数を占めるのが、怪異についての依頼だ。
心霊スポットへ行き、幽霊を連れて帰ってしまった青年を救って以来、どんな伝なのかそう言った依頼が増えている。
今日もまた怪異がらみの依頼であり、洋服姿の龍神さまは、何故か佑太をお供に指定された場所へ向かう。こうして連れ立って歩いていると、同年代の友人のように見える。
「龍さんも大人なら、車に乗ろうとか思わないわけ?」
佑太は熱した鉄板の様なアスファルトの道を歩きながら、先を行く水野の背に問いかける。多少愚痴っぽくもなるのは許して欲しい。
「僕には必要ない。本性になればどこにでも行けるからな」
「そりゃ自分はそれでいいかもしれないけどさぁ。俺はもう限界」
「む、だから僕の背に乗ればすぐだと言ったはずだが」
「絶対にイヤだ」
初めて彼の背中に乗った時の事を思い出す。あれは不可抗力だったとは言え、二度とごめんだと思うほどの恐怖を感じた。
「それにそんな簡単に本性出していいのか?」
「問題ない。普通の人間には見えないだろう」
見えないと言っても龍の姿であり、人の姿に戻れば見えるわけで。突風と共に突然人が現れた様に見えるわけで。
「ん?てか、なんで俺は龍神さまの本性が見えるんだ?」
ふと疑問に思う。そう言えば最初から佑太には見えたのだ。
「それはこちらの問題だ」
なんでもない事の様に龍神さまは言う。それ以上聞いてくれるな、とその背が語っている様だった。
「着いたぞ」
煮え切らない感情を抱えたままひたすら歩き、1時間ほどで着いた場所は閑静な住宅街の中、ポツンと一軒だけ寂しげな雰囲気を漂わせる古びたお屋敷であった。
城下町と言うだけあり、彦根市にはいまだ古い屋敷が多く残っている。ただ、近年の空き家問題の波はここにも来ており、古く歴史の感じられる建物が放置されている場合も多い。
「淡海堂さん?」
「そうだ」
お屋敷の前に停まっていた高級外車から降りてきた女性が、無愛想に声をかけてきた。余程外見に気を遣っているようで、衣服からメイクまでがビシッと決まっている30歳くらいのキャリアウーマンといった感じか。
女性は胡散臭げに水野を見やり、それから佑太へと視線を移す。
「随分と若いのね。なんだか怪しげな商売をしているようだから、もっと年寄りが来るものと思っていたわ」
フン、と鼻息も荒く女性は言った。不躾な物言いに、佑太は不快な気分を隠しもせずに女性を見やる。
「無駄話はいい。さっさと要件を言え」
「ちょっと、歳上にはもう少し気を使いなさいよ!」
知らないとは言え、神さまに向かってなんて事言うんだと佑太は焦るが、龍神さまは特に気にした様子も見せない。
動じない水野に諦めたのか、女性は顔を引きつらせつつ依頼内容を語る。
「もういいわ。依頼の件は、この家の掃除よ」
「掃除?」
「ええ。祖父が亡くなって暫く放置してたのよ。でもそろそろちゃんと売りに出そうってことになってね。こんな不気味な家、誰も片付けたがらないから、この際業者でも頼んでやってもらうつもりだったのよ」
と、そこで女性が心底嫌そうに唇を歪める。
「だけど、祖父が骨董品を集めるのを趣味にしていて、色々曰くつきのものを集めてたの。だから、掃除の前にそういうのを引き取ってもらうことになったのよ。あんた達みたいなガキが来るなんて意外だったけれど」
それじゃよろしく、と女性は屋敷の鍵を佑太に押し付けて車に乗り去っていった。
「龍さん、俺あの人嫌いだ」
「まあそう言ってやるな。あれでも自分の大切な事にくらいは精一杯頑張ることの出来る女だ」
「意外な反応にビビってるんですけど」
龍神さまが女性の態度に怒っていると予想していた佑太だが、そうではなかった。逆に悲しげな微笑みを浮かべているのだ。
「そりゃ神だからな。いちいち人に苛立ったりはしないさ」
ただ、と龍神さまは続ける。
「ああして己の事にしか興味を持てない人間が増えている事には、寂しいと思うよ。他人を敬ったり、時には己を見る他の存在にも気を配る心が、僕たちみたいな存在を認めてきたのだからな」
佑太には龍神さまの言う事の意味がわからなかった。
「お前はそういうものに気付けているさ」
佑太の表情を見て、龍神さまは珍しく優しく笑う。だから、佑太はそれ以上気にしない事にした。神さまのいう事だから、自分がわからなくて当然だと、そう納得する。
「よし、では始めるか」
「はい!」
こうして2人は、なんとも言えない雰囲気を醸し出す屋敷へと足を踏み入れた。
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