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☆
「あれ、意外とキレイ?」
屋敷の印象は、外観こそ古く陰鬱な雰囲気であったのだが、それにもかかわらず屋内はそんなに汚くはなかった。
人が住まなくなったために、多少の埃くささは確かにある。でも、物が乱雑に散らばっているとか、埃が厚く積もっている、なんてことはない。
玄関も、居間も、台所も。
今すぐにでも住めそうだ。
「ああ、そりゃそうだろう」
「え、どういう事?」
龍神さまはこの家に訪れてから、なんだか少し楽しそうだ。
「聴こえないか?」
居間に上がった佑太は、龍神さまの問いに首を傾げつつも耳を澄ました。
トコトコ、トコトコ
カラン、コロン
カタカタカタ、カタカタカタ
「うわあああ!?」
何かがいる。間違いなく何かがいる!!
思わず龍神さまにしがみつく。龍神さまは嫌な顔もせず、むしろ楽しそうにクククッと笑い声を漏らす。
「あまり怖がってやるな。奴らはお前にこそ怖がっているぞ」
龍神さまが居間隅にある、古い木の戸棚を開けた。
『ヒイイッ』
『ウヒャア!?』
中にはお茶碗と湯呑み。と思いきや、それらには一様に一つの目玉と手足が付いていた。
「妖怪!?」
「違う。いや、違わないか。まあ、どちらにしろ怖いものではない」
怯える彼らをさし、龍神さまは優しい声音で言った。
「彼らはツクモ神。古い道具に魂が宿るというあれだ」
まさか。いや、しかし佑太は既にツクモ神をひとり知っている。今もまだ淡海堂にいる、すぐに泣いてしまう女の子を。
「マジかよ」
「マジだ。この家には、多くのツクモ神がいるようだ」
応えるように、屋敷のそこら中から物音がし、あちこちから佑太を窺う視線があった。
『あれれ、神さまがいるよ』
『ほんとだ、神さまだ』
台所からは小さな御猪口や鍋にヤカン、おたまに箸。廊下から覗くのは、箒にちりとりなんかもいて、全てを確認する事はできない。
それでも小さな彼らは、恐ろしさと興味を綯い交ぜにしたように、佑太と龍神さまを囲んでいた。
「すごい……こんなに」
「人の思いとは凄いものだ。男女が思い合えば子が産まれ、物を思えばそれらに魂が宿る。この家の主人は、大層物を大切にする人物だったらしい」
言われて見れば、ツクモ神となった物たちはみな綺麗に手入れされており、とても大切にされていたことがわかる。
「さて、僕たちは彼らを引き取らなければならない」
龍神さまはそう言って、なんとも言い難い表情をする。まるで心底残念だと言うような。
『お待ちください、龍神さま』
すると台所の方から、嗄れた、それでいてよく通る男性の声がした。そちらに目を向けると、味のある縞の模様の徳利が。
「なんだ?」
『我らは長くここに住んでおります。ここに来る前からツクモ神であったものも、ここに来てからツクモ神となったものも、皆ここで源太殿に大切にされてきた』
語る声は本当に穏やかで。佑太には計り知れない年月の間に育まれた暖かさのようなものを感じる。気の置けない友人。そんな暖かさだ。
『源太殿が既に亡くなっているのはわかっておる。しかし、我らはまだ受け入れられてはおらぬ。この家は源太殿と過ごした大切な場所。簡単に出ては行けぬのだ』
そうだそうだ、と他のツクモ神も声を上げる。
「しかし、僕は依頼を受けた。立ち退かぬのならば力尽くで追い払うまで」
途端に空気が、水を吸ったかのように重くなる。見た目はなにも変わっていないのに、息苦しささえ感じるほどだ。心なしか巻き起こる風は、龍神さまを中心に、その龍神さまの黒い髪は白銀のそれへと変わりつつある。
『ひいいい』
『おやめくださいっ』
其処彼処から上がる悲鳴のような叫び声。
佑太は思わず、龍神さまの腕を掴んだ。
「やめろっ!無理矢理なんて良くない、何か違う方法があるんじゃないか!?」
龍神さまを中心に巻き起こる重苦しい空気が瞬時に霧散する。
「ならば佑太。お前ならどうする?」
「それは……」
試すような言葉だが、その裏には何故か柔らかいものが滲んでいて。
「俺が考えるってより、みんなで決めようぜ。どうしたらみんなここを離れてくれるんだ?」
丸投げと言えばそうなのだが、ここに思い入れがあって離れられないと言っているのはツクモ神たちだ。だから佑太は、彼らの願いを聞いて、出来ることならば叶えてやりたいと思った。
出来ないことだったら、また考えよう。
そんな軽い気持ちだったのだが、
『ならば最後に、我らの思い出話にでも付き合っては頂けないだろうか』
徳利が嬉しそうに微笑んだ。他のツクモ神たちも頷いている。
「わかった!な、いいか?」
とりあえず龍神さまの顔色を伺えば、彼も異論はないと頷く。
「話を聞いてやるのは神の専売特許だ」
龍神さまそう言って、心底楽しそうに笑った。
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