③ ツクモノ神

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☆  ツクモ神の棲む屋敷の片付けを依頼され、流れでツクモ神たちの思い出話に付き合うことになった。  彼らは存外数が多く、聞いてやるにはかなりの時間がかかりそうであった。  というわけで、佑太は今、近くのスーパーで買い出しをしている。龍神さまも一緒だ。 「佑太、カレーは作らないのか?」 「カレーカレーうるさい!今日はカレーは無し!」  わかりやすくふくれっ面をする龍神さまは、しかしすぐに他の物に目を取られてしまうようで、先程から遅々として進まない。 「僕、人間のスーパー、初めて入った」  お惣菜の煮魚を眺めながら目を輝かせる姿は、本当に神さまか?と疑いたくなる。まるで大きな子どもと買い物をしている気分だった。 「生魚ではなく、こういう物も献上して欲しいものだ」 「んなこと言うなら自分で調理すりゃいいのに」 「いや、こういうのは人にやってもらうから美味いのだ」 「あー、確かに」  と言いながらも、佑太は料理が好きだ。食事処の息子だからと言うのもあるが、単純に作ったものを美味しく食べてもらえるのが嬉しい。  だからこそ、今こうして買い出しをしているわけだ。ツクモ神たちに「今夜は宴会だ!」などと言われたら、自分もなんだか楽しくなってしまった。 「龍さん、そろそろ帰るよ」 「む、ちょっと待て」 「いや、もう十分見たから」  龍神さまを引きずる用にレジへ向かい、会計を済ませて店を出る。  屋敷に戻るころには、既に陽は沈みかけていた。  宴会をするにはいい頃合いだろう。 「ただいま、と」 「む、これはまた、多いな」  戻ってくると、買い出しに行く前よりもさらにツクモ神が増えていた。佑太には何に使用するかもわからない物もいる。  ツクモ神をかき分けて台所へ立つ。 『佑太殿。調理には、我らをお使いくだされ』 『おらぁ有名な鍛冶が打った包丁でよ。よーく切れるんで気をつけな』  食事処の息子である佑太には、とても馴染みのある調理器具達。どれも本当に綺麗に手入れされている。 「ありがとう。俺、料理好きなんだ」 『若いのに偉いねぇ。そういや、源太殿もよく台所に立っていたねぇ』 『そうだなぁ。わざわざ土鍋で白米を炊くような奴だった。便利な道具だってあるだろうに』  ツクモ神達には、そこに立つ源太が見えているようで。佑太もつられて笑みが溢れる。 「そっか。じゃあ俺も頑張って作らなきゃな」  佑香には敵わないけれど、佑太もそれなりに料理が出来る。土鍋で米を炊くことも、出汁をとることも、小さい頃から見て聞いて、実際にやって。  こんな所で、自分の根本にある能力が、誰かの為になっている。そう思うと、自然と気合が入るものだ。  既にガスも電気も止められているはずの空き家。しかし、何も問題はなかった。まるで家自体が生きているようだと、佑太は思った。 「む、美味そうな匂いだ」 「カレーじゃないけどな」  なんて軽口を叩きながら、ツクモ神達との宴会は始まった。 ☆ 『源太殿は我らを本当に大切にしてくださった』  佑太の作った料理を食べながら、徳利は龍神さまの御猪口に酒を注いだ。ツクモ神となった徳利からは、良い酒が尽きることなく湧いてくるのだそうだ。 「確かに。徳利殿の酒は優しい味だ」  龍神さまは満足そうだ。佑太は未成年だから、ここで一緒に飲めない事を少し残念に思った。 『龍神さま、私の話も聞いておくれ』  それは半円型の、簡素な作りの櫛だ。 「ああ、いいぞ」 『私は源太殿のお母様の櫛でした。源太殿は私を母の形見と大切にしてくださいました。ある時、私は小さな女の子の物になりました』  櫛はとても嬉しそうに、遠い日の暖かい思い出を言葉にする。龍神さまの隣に座っていた佑太は、ふと目眩を覚えた。あたまがクラクラとして、だけれど嫌な気は全くしない。  目を瞑る。  色は褪せているが、ハッキリとした映像が見えた。  厳つい顔のおじいさんが、小さな女の子の髪を優しい手つきで梳かしている。  強面のゴツゴツした顔のおじいさんだが、その表情はとても優しく穏やかで、女の子は心地よさげだ。  生憎と声は聞こえないけれど、きっと二人は暖かい言葉を交わしているのだろう。見ているこちらも心が和む、そんな風景だ。  おじいさんは女の子の頭を撫でて、女の子が笑顔で振り返る。おじいさんが女の子に櫛を渡し、何事かを話す。すると女の子は、さらに満面の笑みを浮かべ、おじいさんに抱きつく。おじいさんはよろける身体を支えながら、小さな女の子を抱き締める。  そこで映像は見えなくなった。 ☆ 「佑太、そろそろ起きてくれ」  ひんやりした感触に、佑太の意識が浮上する。 「ん……」 「佑太、起きないなら叩き起こす」  ガバッと身体を起こしてみれば。  明るい陽射しが室内へ差し込み、龍神さまの白い肌をキラキラと照らしていた。  完全に朝だった。  周りを見渡すも、昨日あんなに騒いでいたはずのツクモ神達はいない。龍神さまの前に、徳利と御猪口があるだけだ。  どうやったのかはわからないが、料理をしたはずの台所も綺麗に片付いていて、まるで一夜の夢のような気分になる。 「どうだ、僕の膝は良く眠れたか?」  え、と疑問符を浮かべながら龍神さまへと視線を向ければ、彼は口角を吊り上げて不敵に笑っている。 「ま、まさか、ですよね?」 「そのまさかだ。背に乗せたのはお前で二人目だが、膝を貸したのは初めてだ」  一瞬で頭の中が真っ白になる佑太である。  只でさえ男同士、いや、そんなことよりも。琵琶湖に棲まう龍神さまの膝で、すっかり寝こけてしまうとは。 「なんかすんません」 「なに、気にするな。人に寄り添ってやるのも、神の務めだからな」  ニヤニヤと厭らしい笑みでもって佑太を見る龍神さまである。  ため息の出る思いだ。 「それにしても、みんなもう動かなくなったのか」  怪異に良い印象はない。今まで出会った数回の怪異現象には、佑香や佑太の友人たちが怖い目にあっている。  でも、この気のいいツクモ神たちとは、なんだかまた話したいと思うのだ。 「心配するな。彼らは弱い妖者だ。夜にしか動けないだけで、消えてしまった訳ではない」 「そうなんだ」 「しかし一部のものたちは、満足したのか源太殿のところへ行ったようだ」  徳利と御猪口、櫛は既に憑き物が落ちたという。少しだけ寂しい。だが、大好きな人の元へ行けたのだから、それはそれで良かったのだろう。 「さて、今からが本番だ」  感傷に浸る佑太に、無慈悲な龍神さまは告げる。 「この道具達を、淡海堂へ運ばなければな」 「ああああ、そうだった……」  昨日いたツクモ神達は一体どれほどだっか。途方も無い数だった気がする。 「よし、頑張るか」  覚悟を決めた佑太は、んーと一度伸びをして立ち上がる。  そんな佑太の背中へ、御猪口に残った酒を飲み干した龍神さまは、優しげな微笑みを向けているのだった。
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