① 雨の日の怪異

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① 雨の日の怪異

日本は古くより自然の中にあるものをこそ神とする、または、自然の現象全てに神が宿るとする、八百万の神々を信仰してきた。 日本人にとって、神さまとは唯一の絶対神ではない。作物が育つのも、雷が鳴るのも、海が荒れるのも、天変地異は全てそれらに宿る神の気分次第。 だから人は、自分たちにより根深い自然のものを祭り、崇め、畏怖の念を抱きながら共存してきたのだ。 日本における神は絶対神ではない。 人々を無条件に愛し憐れむ事はない。 ☆ 日本には沢山の神さまがいる。八百万信仰というらしい。自然現象が起こると、それはそのどこかのなんとかという神さまの仕業。いや、身技か。 自然現象は神さまの気分らしい。 例えば今、突然の雨に降られとりあえず近くのバス停に身を寄せ、身動きが取れなくなってしまったこの現状。 雨の神さまのイタズラで済ませてやるものか。何が神さまだ。さっきまであんなに晴れていたのに。朝見た天気予報では、降水確率0%だったのに。 クソ、と罵れば、気分が晴れるわけもなく。 上岡佑太は、誰もいない、ちなみに1時間に一本のバスしか来ない寂れたバス停で、深く溜息を吐いた。 「ああ、クソ、なんだよ、急に降ってきやがって」 唐突に、バシャバシャと水を跳ねる足音が、佑太のいるバス停に飛び込んで来た。と、同時に口汚く罵る声。雨水から逃れたその男の人は、人目も憚らず服の裾を捲り上げて顔の水滴を拭う。白いシャツの下の白い、というよりも病的な白さの肌が見えた。そうしている間にもグチグチと文句を垂れ流している。隣で視線のやり場に困る佑太など気にも止めない。いくら男同士でも、である。 「……お前も雨宿りか?」 佑太は慌てて声を詰まらせた。まさか話しかけられるとは思っていなかった。それに人目を気にしないその人の素振りに、もしかして自分、見えてない?とほんのちょっとだけ思っていたからだ。 「あ、ああ、はい」 田舎の寂れたバス停。2人も入ればいっぱいになるような、物置のような建屋だ。そんな空間で、相手を無視するわけにはいかない。多少変な人だなぁと思ったとしても、それは佑太の偏見である。 「そうか。しかし突然降ってくるなんてお互いついていないな」 「ですね。雨の神さまはきっと嫌な奴ですよ」 佑太は愛想笑いを浮かべて応える。ここで怪訝な顔をしないのは、佑太の良いところであり、しかし友人らから言わせれば人当たりの良すぎる面倒なところでもあった。自分から話題を振るあたり、友人らの評価は当たっていると言える。 「雨の神さま?」 佑太の言葉に、意外にも隣の男は食いついた。男は眉間に皺を寄せ佑太の顔を見る。そうして目が合うと、どうやらこの白い肌に澄んだ青い目をした男は、同じくらいの歳のようだ。なんだ、同年代か、と少しホッとした佑太である。 「いや、なんか、家族が神話とかそういうのが好きで、雨は神さまの気まぐれだとかなんとか……」 高校生にもなって、神さまだなんだという話をするのは少し恥ずかしい。今の世の中、殆どの現象は科学で説明がついてしまう。 「ふーん。で、お前は信じていないのに、どうしてそんな事を言うんだ?」 おそらく同年代の、初対面の相手である。確かに、どうしてこんな事を言ったのか。どうして信じてないとわかったのか。いや、今の世の中に、神さまだなんだと信じている方が珍しい。だが、佑太は何故か、申し訳ないような居た堪れないような思いを感じてしまう。 答えられないでいる佑太に、青い目をしたその男は不敵に笑う。 「人は己の不都合を全て他人のせいにしたがる生き物だ。今お前が、この雨を神のせいにしたようにな。悪いのは天気のせいでは無く、突然の雨に対応する手段を持ち合わせていなかった自分自身であるにも関わらず、な」 それはお前もだろうと佑太は思う。あんなに悪態をついていた奴が言うか、と。 「思い通りにならないものを、神のきまぐれと言ってやり過ごす。実にアホらしい。天変地異は起こるもの。名前を付け奉ったとしても、神にそんな力はないよ」 「はあ」 曖昧に返事をすれば、男はニヤリと口角を上げる。 「まあでも、お前みたいなのから、まさか神の話が出てくるとは思わなかった」 「え、いや、まあ、そうですよね」 とたんに恥ずかしくなる。顔が熱い。やっぱり、子どもっぽかったよなと思う。 「そう赤くなるな。お前のように考える奴がいるから、神は存在できるんだからな。さて、あと5分もすれば雨が上がる。お前のお陰で退屈せずに済んだ」 先程からの毒っぽい物言いは何処へやら。男は爽やかな笑みを浮かべている。ころころと印象のかわる、不思議な人物だ。 「いや、こちらこそ?」 微妙な返事を返し、佑太は改めて男を見やる。背は佑太より少し高い。やはり肌は陶器のように白く、少しつり気味の目は青く澄んでいる。猫っ毛というのか、黒い髪の先はあっちこっちを向いている。白いシャツにデニムにスニーカー。よくよく見れば、案外年上なのかもしれない。本当に、ころころと印象のかわる不思議な人物だ。 「お前とはまた会うだろう。お近付きの印と、雨宿りの礼に良い事を教えてやる」 「は?」 「雨の神は水の神。水の神は龍神。お前が嫌な奴と言った神は、この土地の根強い信仰の対象だ。しかし何か困った事があったなら、湖に向かって声をかけると良い。何かしらの助けになるだろう。お前は信じていないが、そこは神の住処だからな」 そう言うと男は、またニヤリと不敵な笑みを浮かべバス停から出て行った。呆気にとられ動けない佑太を置いて。 男が言った通り雨は既に止み、黒い雲の陰から太陽の光が、濡れたアスファルトをキラキラと照らしていた。
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