③ ツクモノ神

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③ ツクモノ神

★  人が思い入れを持って、大切にしてきたものには、いつしか魂が宿るという。  茶器や櫛、書や人形。  大切に、何度も直しては使い続けられたもの。  付喪神、あるいは九十九神とも言われるそれらは、100年の時を得て魂が宿ったもの。  大切だという人の想いと、それに応えようとした物の想い。  人は気付かないかもしれないけれど、魂を得た物の想いは、確かにそこに宿っている。 ☆  佑太はただの高校生だ。家業の『めし屋』の手伝いを嫌だと思った事はない。いずれ自分が継ぐのか、とも、まあ、考えてみたこともあるけれど。少し自分には荷が重いとも感じている。  三代続いた店だ。自分が継ぐと、その歴史を台無しにしてしまうかもしれない。それはダメだ。だから器量も愛想も良く、料理も出来る佑香の方が向いている、と考える事もある。  思い入れは確かにある。それは幼い頃から見てきた両親の働く姿であったり、近隣の常連客と交わす何気ない会話であったり、佑香と2人、割った皿を隠した戸棚であったり。  それに、古いし所々建て付けが悪くはなっているが、これがまた味があって良い。  だから佑太は、『めし屋』が好きだった。 「なんだ?」 「……ちょっと思うところがあって」  8月も後半に入り、家業の手伝いと夏休み(友達と釣りや映画を観に行ったりした)を並行して両立する佑太は、合間にしっかり夏休みの宿題をこなす。自分でも要領はいい方だと思う。毎日コツコツ、とまでは行かないが、大体は夏休みが、終わる一週間前くらいには全て片付いているタイプだ。  そんな佑太の勉強場所は、自室ではなくお隣の万屋淡海堂だ。理由は簡単、龍神さまの力のお陰で涼しいから。  今日もそんな日々の一コマである。 「思うところ?なんだ、それ」  店舗の中で自転車のパンク修理を行う和服の男。なんとも、不似合いな光景だ。 「ここも結構古い建物だなぁ、て」 「そうだな。上から見ているとこの辺りはあまり景色もかわらん」 「空、からはみたことないけどな、俺は」  最近ではすっかり砕けた調子で接することが出来るようになった。  最初は龍神さまだと思えば怖ろしくてつい改まった口調だったのだが、接しているとなんでもない。ただの常識の無いおっさんである。 「俺の家もかなり古くてさ、昔使ってた皿とかなんかも全部取ってあるんだってさ」  店の奥、一段上がった畳の上の書き物机で宿題をしながら、普段通り何気ない会話。龍神さまは自転車のタイヤを回して、穴の空いた場所を探している。 「つかなんか妙に手慣れてない?」 「当たり前だ。ここは何でも屋だ。この手の依頼は頻回に受けている」  ちなみに自転車は観光客向けのレンタルであり、パンク修理の間は隣の『めし屋』で涼んで行くので上岡家は龍神さまの恩恵に預かっているわけである。 「ところで佑太」 「なに?」 「今日、この後は暇か?」 「暇、ですけど」  煮え切らない返答は嫌な予感がしたから。でも今日は店の手伝いは佑香の当番、今のところいつもの友人らからのお誘いはない。だから、嘘をつくわけにはいかない。バレるし。 「ちょっと付き合え」 「依頼に?」 「そうだ」 「うへぇ」  神さまには正直である事。嘘はつけない。だから、イヤイヤをさらけ出してみたのだが、龍神さまは素知らぬ顔でパンク修理を続けるのであった。
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