② トンネルの怪

1/6
296人が本棚に入れています
本棚に追加
/96ページ

② トンネルの怪

★  この街には佐和山トンネルというトンネルがある。  佐和山を抜ける短いトンネルである。  佐和山の頂には、佐和山城があった。石田三成が入城した城である。  関ヶ原の戦いで石田三成は敗れ、徳川家康は佐和山城へ攻め込んだ。  城主不在の佐和山城は陥落。  その際、城にいた者たちは、無念の中自害したとされている。  そんな曰くのある場所にあるトンネルのため、様々な噂がまことしやかに囁かれている。  曰く、頭に矢が刺さった落武者の霊が出る。  曰く、血濡れの着物がはだけた女の霊が出る。  曰く、首の折れた男性の霊が出る。  真偽のほどは定かではないが、心霊スポットとしてはそれなりに有名な場所である。   ☆  7月下旬。  明後日から期末テストが始まるという大事な時期。  しかしこの春高校に入学した彼らにとって、期末テストよりも気になるのは夏休みの予定である。  テスト勉強とかこつけて佑太の家に押しかけたクラスメイトは、『めし屋』の隅のテーブルに陣取り夏休みの予定を話し合っていた。  悲しいかな佑太は本日、店の手伝いである。  雨降小僧のせいで降り続いた雨もどこへやら、最近はすっかり夏の空気となり、クラスメイトたちはかき氷なんかを突きながら楽しげにしている。 「やっぱ海行きてえ」 「いや遠いから」 「じゃあプール!でっかいスライダーがあるとこ!」 「それも遠いから」  3人の友人たちは皆、同じ中学出身でいつものメンバーというやつだ。テスト勉強を『めし屋』でするのは毎度の事で、受験の時なんかはここで勉強していると、近所の人が差し入れをくれることも多かった。 「ゆーたぁ、なんかいい案ない?」 「お前ら勉強しろよ」  かれこれ1時間、こんなやり取りをするばかりで、誰も広げたテキストに手をつけようとしない。  勉強しないなら代わってくれ、というのが佑太の本音だ。  夕食時であり、少しずつ客が入ってくる。佑太はお冷を出したり、注文を取ったりと忙しい。  動き回っていると、またも客がやってきた。 「いらっしゃいませ、って水野さんか」  お隣の万屋淡海堂の店主、水野龍が不機嫌な顔で入店。そのままカウンターの端の席に座る。品のある和服姿に陶器のように白い肌が人目をひく。店内の客がチラチラと水野を盗み見ているが、彼は気にも止めない。 「佑太」  低く澄んだ声に呼ばれ、佑太がカウンターへ向かう。 「はい、注文?」 「ん」 「いつもの?」 「ん」  と、これくらいのやり取りで伝わる位には、佑太と水野の交流は続いている。  何せ相手は琵琶湖に棲まう龍神さまだ。怒らせるとどうなるかわからない。自分がヘタを打てば、最悪ここら一帯が吹き飛ぶ。  よって佑太は出来るだけ関わらず、関わる時には機嫌を損ねないをモットーに戦いに挑んでいるわけである。  と言っても毎日毎日店にやってくるのだから、今では大分慣れてきた。 「はい、お待たせしました」  厨房から戻り、水野の前に料理を出す。 「ん」  水野は早速手をつける。 「毎日それで飽きないんすか」  思わず心の声が漏れてしまった。と、目の前の龍神は顔を上げ、佑太を睨み付ける。 「うるさいぞ佑太。さっさと酒を持ってこい」 「すいませんっした!どうぞっ!」  用意していた酒を急いで出しコップに注ぐ。ガラスのコップに日本酒。風情もクソもない。極め付けに水野が食べているものはカレーライスである。  なぜかこの龍神はカレーライスをいたく気に入っており、夕食は毎日これ。しかも三杯はお代わりをするのだ。  細い癖によく入るなあと気になり、指摘したことがあったが、「なに、僕の本性はそれなりにデカイんでな」と返され、そりゃあそうかと大いに納得したのだった。  そんな水野をしばらく眺めていると、客席で手招きする友人に気付く。 「なんだよ、注文してくれんのかよ?」 「違う!金欠学生が注文なんかするかよ」  そう言ったのは蓮水郁(はすみいく)。頭よりも運動タイプの明るい性格の長身。 「じゃなんだよ?」  ため息混じりに問う佑太に、郁の前に座っている、勉強バカ米田魁斗(よねだかいと)が答えた。 「あの人、仲よさだけど誰?」  魁斗の視線が示すのは水野の背中だ。 「ああ、1ヶ月前かな、隣で店をはじめた水野さんだ」 「なんだか不思議な人だね」  そう呟いたのは、魁斗の隣の席に座る福富夏(ふくとみなつ)だ。仲良し4人組の中で、一番小柄でおとなしい。 「んー、まあ、実際変な人だけどなあ」  龍神だし、龍神の癖にカレーライス好きだし、めっちゃ食うし。 「そーなんだ」 「ま、悪い人じゃないし。って、お前ら余計なことすんなよ?」 「はーい」  返事はいいが信じられない。夏はともかく、魁斗と郁はなんだか悪い顔をしている。  釘を刺そうと口を開く、が、そこで水野が佑太を見た。 「あー、おかわりですね、かしこまりましたー」  と、慌ててカウンターへ向かい、二杯目のカレーライスを出す。 「あれはお前の友人か?」  唐突な水野の質問に、佑太は手を止めて答える。 「そうですけど」  しかしそれ以上の会話は続かない。一体なんなんだと佑太は首を傾げ、ついでに聞いてみた。 「今日なんか機嫌わるくないですか」 「……」 「俺なんかしました?」 「いや、違う。ちょっと嫌な仕事をこなしてきただけだ」  ちゃんと仕事してたのか、と思うあたり、佑太は龍神に対して尊大なわけだが、佑太に自覚はない。 「それ、聞いてもいいですか?」 「なんだ、改まって。別に気にすることはない。僕たちは友人だろう?」 「そーですね」  友人だろう、改めて言われると不思議な気分だ。まさか龍神と友達になるとは。 「お前の年頃だとちょうど興味がある話だろう」 「と、言うと?」 「仕事の内容は簡単なお祓いだった」  神さま直々のお祓いとはまた贅沢だ。 「馬鹿なガキが心霊スポットへ行った。それから夜な夜な枕元に血塗れの女が現れる」 「ありがちっすね」  こういう話がでるあたり、そろそろ本格的に夏だなあと佑太は思う。だからと言って、心霊スポット巡りなどしないにこしたことはないが。 「全く、不用意に近付くなど、馬鹿の極みだ。それでよそ様に迷惑をかけるのだ、助けてやるこちらのみにもなってもらいたい」 「そうですね。自業自得ですよね」 「全くだ。そもそも付いて行ったとしてなんになるのだ。動かない方がいいだろうに」 「そうそう、そもそも行かない方がいいですよね」  と答えつつ、何故だかすこし違和感を感じる佑太。 「しっかり成仏しておけば、こんな面倒にならずに済むのだ。全く、余計な手間を掛けさせる」 「ん?成仏?」 「そうだ。死んだ時に成仏していれば、生きている人間に引っ張られ、迷子になる事は無い」  佑太は納得した。この龍神さまは、人間ではなく幽霊の方を助けたのだ。 「あー、そのお祓いってどんな感じなんですか」 「話を聞いてやり、元の場所へ帰す。なに、他人の話を聞くのは神の専売特許だ」  フフン、とどこか誇らしげな龍神さま。どうやらご機嫌は治ったらしい。 「というわけで、だ。お前もあまり危ない場所には近付くな」 「あ、うん」  佑太の返事に気を良くした龍神さまは、ニヤリと口角を吊り上げて付け加える。 「ま、もし僕の友人が困ったことになったら、ズバーッと飛んできて助けてやるから安心しろ」 「……そりゃ、ありがたいっすね」  ズバーッとがどんなものか想像した佑太は、この夏は出来るだけ家で過ごそうと心に決めるのであった。
/96ページ

最初のコメントを投稿しよう!