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② トンネルの怪
★
この街には佐和山トンネルというトンネルがある。
佐和山を抜ける短いトンネルである。
佐和山の頂には、佐和山城があった。石田三成が入城した城である。
関ヶ原の戦いで石田三成は敗れ、徳川家康は佐和山城へ攻め込んだ。
城主不在の佐和山城は陥落。
その際、城にいた者たちは、無念の中自害したとされている。
そんな曰くのある場所にあるトンネルのため、様々な噂がまことしやかに囁かれている。
曰く、頭に矢が刺さった落武者の霊が出る。
曰く、血濡れの着物がはだけた女の霊が出る。
曰く、首の折れた男性の霊が出る。
真偽のほどは定かではないが、心霊スポットとしてはそれなりに有名な場所である。
☆
7月下旬。
明後日から期末テストが始まるという大事な時期。
しかしこの春高校に入学した彼らにとって、期末テストよりも気になるのは夏休みの予定である。
テスト勉強とかこつけて佑太の家に押しかけたクラスメイトは、『めし屋』の隅のテーブルに陣取り夏休みの予定を話し合っていた。
悲しいかな佑太は本日、店の手伝いである。
雨降小僧のせいで降り続いた雨もどこへやら、最近はすっかり夏の空気となり、クラスメイトたちはかき氷なんかを突きながら楽しげにしている。
「やっぱ海行きてえ」
「いや遠いから」
「じゃあプール!でっかいスライダーがあるとこ!」
「それも遠いから」
3人の友人たちは皆、同じ中学出身でいつものメンバーというやつだ。テスト勉強を『めし屋』でするのは毎度の事で、受験の時なんかはここで勉強していると、近所の人が差し入れをくれることも多かった。
「ゆーたぁ、なんかいい案ない?」
「お前ら勉強しろよ」
かれこれ1時間、こんなやり取りをするばかりで、誰も広げたテキストに手をつけようとしない。
勉強しないなら代わってくれ、というのが佑太の本音だ。
夕食時であり、少しずつ客が入ってくる。佑太はお冷を出したり、注文を取ったりと忙しい。
動き回っていると、またも客がやってきた。
「いらっしゃいませ、って水野さんか」
お隣の万屋淡海堂の店主、水野龍が不機嫌な顔で入店。そのままカウンターの端の席に座る。品のある和服姿に陶器のように白い肌が人目をひく。店内の客がチラチラと水野を盗み見ているが、彼は気にも止めない。
「佑太」
低く澄んだ声に呼ばれ、佑太がカウンターへ向かう。
「はい、注文?」
「ん」
「いつもの?」
「ん」
と、これくらいのやり取りで伝わる位には、佑太と水野の交流は続いている。
何せ相手は琵琶湖に棲まう龍神さまだ。怒らせるとどうなるかわからない。自分がヘタを打てば、最悪ここら一帯が吹き飛ぶ。
よって佑太は出来るだけ関わらず、関わる時には機嫌を損ねないをモットーに戦いに挑んでいるわけである。
と言っても毎日毎日店にやってくるのだから、今では大分慣れてきた。
「はい、お待たせしました」
厨房から戻り、水野の前に料理を出す。
「ん」
水野は早速手をつける。
「毎日それで飽きないんすか」
思わず心の声が漏れてしまった。と、目の前の龍神は顔を上げ、佑太を睨み付ける。
「うるさいぞ佑太。さっさと酒を持ってこい」
「すいませんっした!どうぞっ!」
用意していた酒を急いで出しコップに注ぐ。ガラスのコップに日本酒。風情もクソもない。極め付けに水野が食べているものはカレーライスである。
なぜかこの龍神はカレーライスをいたく気に入っており、夕食は毎日これ。しかも三杯はお代わりをするのだ。
細い癖によく入るなあと気になり、指摘したことがあったが、「なに、僕の本性はそれなりにデカイんでな」と返され、そりゃあそうかと大いに納得したのだった。
そんな水野をしばらく眺めていると、客席で手招きする友人に気付く。
「なんだよ、注文してくれんのかよ?」
「違う!金欠学生が注文なんかするかよ」
そう言ったのは蓮水郁。頭よりも運動タイプの明るい性格の長身。
「じゃなんだよ?」
ため息混じりに問う佑太に、郁の前に座っている、勉強バカ米田魁斗が答えた。
「あの人、仲よさだけど誰?」
魁斗の視線が示すのは水野の背中だ。
「ああ、1ヶ月前かな、隣で店をはじめた水野さんだ」
「なんだか不思議な人だね」
そう呟いたのは、魁斗の隣の席に座る福富夏だ。仲良し4人組の中で、一番小柄でおとなしい。
「んー、まあ、実際変な人だけどなあ」
龍神だし、龍神の癖にカレーライス好きだし、めっちゃ食うし。
「そーなんだ」
「ま、悪い人じゃないし。って、お前ら余計なことすんなよ?」
「はーい」
返事はいいが信じられない。夏はともかく、魁斗と郁はなんだか悪い顔をしている。
釘を刺そうと口を開く、が、そこで水野が佑太を見た。
「あー、おかわりですね、かしこまりましたー」
と、慌ててカウンターへ向かい、二杯目のカレーライスを出す。
「あれはお前の友人か?」
唐突な水野の質問に、佑太は手を止めて答える。
「そうですけど」
しかしそれ以上の会話は続かない。一体なんなんだと佑太は首を傾げ、ついでに聞いてみた。
「今日なんか機嫌わるくないですか」
「……」
「俺なんかしました?」
「いや、違う。ちょっと嫌な仕事をこなしてきただけだ」
ちゃんと仕事してたのか、と思うあたり、佑太は龍神に対して尊大なわけだが、佑太に自覚はない。
「それ、聞いてもいいですか?」
「なんだ、改まって。別に気にすることはない。僕たちは友人だろう?」
「そーですね」
友人だろう、改めて言われると不思議な気分だ。まさか龍神と友達になるとは。
「お前の年頃だとちょうど興味がある話だろう」
「と、言うと?」
「仕事の内容は簡単なお祓いだった」
神さま直々のお祓いとはまた贅沢だ。
「馬鹿なガキが心霊スポットへ行った。それから夜な夜な枕元に血塗れの女が現れる」
「ありがちっすね」
こういう話がでるあたり、そろそろ本格的に夏だなあと佑太は思う。だからと言って、心霊スポット巡りなどしないにこしたことはないが。
「全く、不用意に近付くなど、馬鹿の極みだ。それでよそ様に迷惑をかけるのだ、助けてやるこちらのみにもなってもらいたい」
「そうですね。自業自得ですよね」
「全くだ。そもそも付いて行ったとしてなんになるのだ。動かない方がいいだろうに」
「そうそう、そもそも行かない方がいいですよね」
と答えつつ、何故だかすこし違和感を感じる佑太。
「しっかり成仏しておけば、こんな面倒にならずに済むのだ。全く、余計な手間を掛けさせる」
「ん?成仏?」
「そうだ。死んだ時に成仏していれば、生きている人間に引っ張られ、迷子になる事は無い」
佑太は納得した。この龍神さまは、人間ではなく幽霊の方を助けたのだ。
「あー、そのお祓いってどんな感じなんですか」
「話を聞いてやり、元の場所へ帰す。なに、他人の話を聞くのは神の専売特許だ」
フフン、とどこか誇らしげな龍神さま。どうやらご機嫌は治ったらしい。
「というわけで、だ。お前もあまり危ない場所には近付くな」
「あ、うん」
佑太の返事に気を良くした龍神さまは、ニヤリと口角を吊り上げて付け加える。
「ま、もし僕の友人が困ったことになったら、ズバーッと飛んできて助けてやるから安心しろ」
「……そりゃ、ありがたいっすね」
ズバーッとがどんなものか想像した佑太は、この夏は出来るだけ家で過ごそうと心に決めるのであった。
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