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夏の過ごし方
「今年の夏は最悪だわ」
ショートカットの美少女、親友のフウちゃんは、吹奏楽部のエーストランペッター。
鉛のような溜め息を盛大に吐いた。
梅雨開けしてやってきた本格的な夏。木漏れ日となって降り注ぐキラキラした日差し。じっとりとした蒸し暑さに滲んだ汗を、手の甲で拭った。
ホームルームが終わったばかりの教室の外も、セミの鳴き声で賑やかだ。
この季節になると胸が高鳴る。今年の夏休みまであと三日。海の家に行くのだ。
「みのりは、バイトだっけ」
「そう!」
私は両手をギュッと握りしめて身を乗り出した。それを鬱陶しそうに横目で睨めつけられた。
「せっかくの休みなのに。私だったら自分が楽しむ側だけど」
「ビーチ観察は楽しいよ?」
「ネタ拾いに行くんでしょ」
乾いた笑いを残して、フウちゃんは「やれやれ」と思い腰を上げた。
夏のビーチと言えば水着や浴衣やスイカ割り。
打ち上げ花火、線香花火、ロケット花火。
漫画の題材になるシチュエーションがいっぱいだ。
海の家で働きながら、海水浴客を観察してネタを仕入れたい。そして稼いだお金で画材を買うのだ。特にスクリーントーン! なぜあなたはそんなにお高いの?
私は漫画家になりたい。混雑する海を泳ぐ暇などない。年末の某少女漫画の新人賞に応募するのが今の目標だ。
「野球部がとっくに負けてればなあ。もうベスト8。県大会も優勝しそうな勢いって騒がれてるの」
「野球部なんて、あったっけ」
「あるのよ。実は」
フウちゃんの半袖のカッターシャツから伸びる、細く白い腕。女の私でもつい見惚れてしまう腕は、きっと応援で日焼けしてしまうんだろうな。
「監督が代わったんだってさ。噂では昔プロ野球チームにいたらしいよ。それに、四番もイケメンって女子が騒いでるじゃん。じゃあね、あたし部活行くから」
鞄のヒモで少し皺の寄った、真っ白なカッターシャツを引っ張る。フウちゃんが他のクラスメイトに紛れながら教室を出ていくのを見送った。
そのまま視線を窓の外、グラウンドへ移した。そちらからは時折運動部の掛け声が聞こえてくる。
ーー何、その情報は。漫画の題材にならないかしら。
入道雲のようにモクモクと湧き上がる創作意欲。ネタは意外と足元に転がっているものだ。
本当はフウちゃんと新しくできたアイスクリーム屋さんに行こうと思っていたんだけど。計画変更して、私はいそいそと教室を出て、熱気の立ち上るグラウンドに向かった。
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