「勝つぞ」

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ボールが二球続く。どれも際どいところだったが少し外れていた。 鋭いスイングと共に、金属バットの音。ファール。 ボール。スライダーが外れた。それから二球ファール。 「千葉先輩……」 握った拳が汗で滑る。 振りかぶって放られた球はまた外れ、主審が「フォアボール」と告げる。応援席からの溜め息が束になって千葉先輩にのし掛かる。 ツーアウト満塁。 次のバッターは四番だった。 相手側の応援席が沸き立つ。球場の4分の3は相手の応援団が詰めかけているのだろう。先輩がコロシアムの真ん中にいるようだ。 相手強豪校の甲子園へのドラマの踏み台とでもいうかのような盛り上がり。風はホームベースから外野方向に吹いている。 お願い、空振りして……! そう願った時。 心臓が飛び出そうなほどの痛烈な当たり。 右方向のあわやファールになろうかというところ、ラインのわずか内側をかすめて、バウンドしたボールが壁をしたたかに打った。 悲鳴のような歓声。 平原先輩の送球がキャッチャーに渡った時には、二人が生還していた。 追加点を期待したトランペットが高らかに音を鳴らし、メガホンが打ち鳴らされる。狂喜の渦の中、千葉先輩が空を見上げて帽子をかぶりなおした。グルングルンと右腕を回す。 バッターは筋肉ダルマのような選手。先程はファールで粘られた。大丈夫、大丈夫。千葉先輩は大丈夫。そう願いながら見つめていると、マウンド上の彼はふとこちらを向いた。 「……?」 目が、合った。 でも千葉先輩はすぐにその視線を逸らして、フウッと息を吐いた。 セットポジションを取る。千葉先輩が向かっていく。 腕を振り抜いた瞬間、相手のバットが空を切った。 重い音が三球、キャッチャーミットに収まる。 静まり返った相手ベンチ。 「ストラーイク! バッター、アウト!」 3回の裏は終了した。
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