夏の過ごし方

7/7
46人が本棚に入れています
本棚に追加
/70ページ
「あんたが落としたんだろうって、西木が言ってたわ」 「さ、サイキさん……?」 「うちのキャッチャー」 差し出したボールペンを掴む手は大きい。この手でボールを挟んで投げるのかと思うとなんだか感慨深かった。 手を出して受け取ると、私はもう片方の手に握りしめていたレモン味の炭酸飲料を彼の胸元に突き出した。本当は自分で飲もうと、ついさっき昇降口前で買ったものだ。 「お疲れ様です! 甲子園、行ってくださいね!」 戦人(いくさびと)を送り出すにはこんなジュースでは何だけれど。とにかく何か献上したかった。 彼はポカンとして私とジュースを交互に見たが、受け取ってくれた。一瞬触れ合った指先。心臓が縦にビクンと跳ねた。 「アザっす」 彼は照れ臭そうに小声で言うと、私に背を向けた。背番号は1番。やっぱりあなたはピッチャーでしたか。フェンスの近くで蓋を捻り開けてガブガブっと男らしく一気に飲み干し、口元を拭う。彼は空になったペットボトルとグラブを持ち替えた。 スパイクが砂を踏む音を立てて、彼はピッチャーのポジションに走って戻っていった。 白球が見えにくくなった時間でも練習は続く。打球の音、それを受けるグローブの音、少し疲れた掛け声が、生温い空気に溶けている。 私は高鳴る胸を押さえ、グラウンドを後にして走った。一気に上がった体温を、そのせいにしながら。 やっぱり主人公はヤンキーのピッチャーにしよう。ギャップ萌えの方向で。
/70ページ

最初のコメントを投稿しよう!