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昼休みは職員室に行かないつもりだった。なのに、クラスメイトが忘れているのではないかと心配して、口々に「職員室行かなきゃ」と注意を喚起してくれる。
そういうわけで、私は沈痛な面持ちのまま職員室前に突っ立っていた。その私を邪魔そうに避けて、太った先生が入っていく。成人男性の汗の臭いを残して。
「あ、小日向。こっちこっち」
冷房のついた職員室から、冷んやりとした涼しい風が吹いてきた。それを求めるように中に吸い込まれた私を、担任はいち早く発見した。
「あっ」
私は担任の隣に立っている日焼けした男を見て怯んだ。
見まごうことなき、野球部の監督。
「あっ、昨日はどうも」
「あああ、こちらこそお邪魔致しました」
彼、15度。私、90度のお辞儀。何故あなたが!? もしかして、実はほかのページも見てた!? まさか私のネタをネタに揺すろうとしているの?
「ちょっとこっちで話そうか」
彼は顔面蒼白で膝が打ち合う私を、応接室に連れていった。
「で、話っていうのはね」
黒い革張りの立派なソファ。机を挟んで私たちは向かい合って座っていた。どうでもいいけれどすごく腰が沈む。ハッ、まさかサッと立ち上がって逃げられないようにするための罠なのかもしれない。
「野球部のマネージャーやってほしいんだ」
「…………」
あっ、意識が飛んでた。
「えっ?」
「野球部のマネージャー! 小日向さん、やってくれないかな!」
「やりません」
秒でお断りした。あまりの早さに彼は笑顔で固まってしまった。「鳩が豆鉄砲を食ったよう」とはこういう顔なのかもしれない。
「なんで?」
「私にも事情がありますから」
漫画を描く、という事情が。
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