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第五章
とりあえず、働きだして、早二週間が過ぎた。
相変わらずマキウチさんは親切に教えてくれた。だがこれもつかの間である。なぜなら本日、ユヅキさんとミナミさんが無事(?)退職することにより、新たに編成を整えなければいけないからだ。そして明日、新編成にむけて席替えをして、運営開始の流れになる。
とりあえず、イガラシさんだけは避けたいなあ、でもそんなこと言ってると余計なるんだよな、とか考えながら、ヨシカワさんのメールを開いた。添付の明日からの新編成チーム名簿のエクセルを恐る恐るクリックする。
第一班、リーダー・イガラシルリコ、班員、ヨシノナオミ、ミヤマモエ、フジタカオリ、ミサキユマ。
ちょっとここでホッとする。よかった。でも、まだ油断はできない。なぜなら、マキウチさん以外のリーダーさんは、正直どんな人かよくわからないのだ。カコさんとヤマネさんと、名前は覚えたが、顔を覚えきれていない。たしかカコさんが細いフレームの銀縁メガネの男性で、ヤマネさんがロングヘアの男性なのは覚えてる。どちらも三十代半ばくらいか。というかリーダーさん全員同世代くらい、かしら。
とまあ、ずるずると下がっていくと、第二班がマキウチ班である。うっ。どうかできればマキウチ班のままで……!願う気持ちで横スクロールしていった。
第二班、リーダー・マキウチリョウマ、班員、カノウショウタ、ニシノヤミユキ、オノヨウスケ、キジョウリエ。
……まじで?わたし、引き続きマキウチさんなのね?
やったぜ。ちょっと安心した。ミヤマさんがイガラシさんのチームに行ってしまったのは残念だけど。そしてオノさんごめんなさい、あなたの顔、全然覚えられてません。と思っていた時だった。
「ヨシカワさん、さすがにひどいですよ、僕がマキウチさんにどれだけボロカスに言われてるか知っててこの仕打ちですか!?」
「オノ、これは試練だ、あきらめろ」
「いや、僕からも抗議させてください。ミサキさんがイガラシさんで残留なら、オノだって僕んとこでいいじゃないですか。ましてマキウチは新人の子にかかりきりになるでしょう。カノウやニシノヤさんは経験積んでますが、オノは始めてニケ月ですよ」
「っていわれてもさあ……」
ヨシカワさんの机周りで小さな戦争が起こっていた。ツーブロックオールバックの二十代後半くらいのひょろっとした男性と、カコさんがヨシカワさんに抗議しているのである。あ、ということはあのひょろっとした人がオノさんか。
わたしはありがたく受け入れたマキウチ班への編入が、彼には相当苦痛らしい。そういえばカノウさんが、オノさんに対してマキウチさんのあたりがきついようなこと言ってたな。
なお、そのマキウチさんは頬杖ついて睨むように編成発表の画面を見ていた。まあ、あれだけ大きい声で、自分のところは嫌だといわれるのは、気分のいいものじゃないですよね……。
と思ったらマキウチさんは席を立ってヨシカワさんのところまで歩いて行った。そしてそのまま参戦した。
「ヨシカワさん、さっきから聞いてましたけど、ぶっちゃけ今回の編成は僕からしてもなしです。キジョウさんの指導とオノくんのフォロー、両方は無理ですね。はっきり言ってキャパオーバーです。そもそもうちはキジョウさんに事務処理覚えてもらう関係で、事務専チームにするって話だったはずですが。だから実働でも優秀なミヤマさんをイガラシさんとこに譲ったんですよ」
「マキウチくん、だからだよ。オノくんは始めてから二か月、ずっと実働していて、事務のほうはかなりおろそかだ。君のところで指導がてら、覚えてもらおうと思って」
「それでテラニシさんが辞めたんでしょう!あの新人の子は奇跡的に馬が合うみたいですが、こいつの指導力の無さは火を見るよりも明らかですよ!いい加減学習してください!」
イトウ所長が間に入って説明するが、かえってガソリンぶっかけただけである。どうでもいいけど、どうしてどの会社でも、得意を伸ばす方向で仕事を任せず、苦手の克服をさせようとするんだろう。苦手なのはどうあがいたって苦手なのだ。学校のテストとはわけが違うのに。
「いや、カコちん、マッキーは指導力が無いんやなくて、気の合う人と合わん人に対して態度に差が出すぎるだけやぞ」
「もっとダメじゃないですか!」
ヨシカワさん、それ何のフォローにもなってません。マキウチさんには申し訳ないけど、これはカコさんに軍配が上がる。さすがに態度に差が出すぎるのは良くないです。うっかりするとパワハラ案件だし。
マキウチさん自身、自覚はあるのか渋い顔で黙り込んでいた。オノさんに至っては生まれたての小鹿のように震えて、カコさんとマキウチさんをおろおろと見比べてるだけだった。さすがにかわいそう。
「所長の意図はわかりますけど、正直マジでキジョウさんの指導で手一杯なんで、オノくんに構ってられるかどうか怪しいですね。彼はそもそも事務やらせない方向だったと記憶してますけど。俺結構ぎっちぎちに締めましたよね?」
「だからね、そういう苦手を……」
「はっきり言っておきますが、俺もオノ君苦手なんすわ。彼をこっちに放り込まれるってわかってたら、ミヤマさんをイガラシさんとこにみすみす渡しませんでしたよ」
ズバリ言い切りすぎですよマキウチさん……。完全にブラック状態だ。キレてる。口調が丁寧なのが余計怖い。
「おい!いくら何でもそれはないだろう!」
「あんな、マッキー。マッキーのその態度の差ぁの是正含めての人選やからな。ぶっちゃけニシノヤさんとトレードして、ミサミサ放り込まんかっただけでもありがたいと思ってくれ」
「そんなことしたら、マジでここマイトで吹っ飛ばしますからね。今でも正直所長とヨシカワさん斬りたいくらいですわ」
マキウチさん、そんな朗らかな声で言わないでください。あの食堂の時みたいにドスを効かせて喋ってほしかったです。今ので完全にオノさんが震えあがった。多分あの人、ちびったんじゃないかな……。
わたしはだんまりと喧騒に聞き耳を立てていた。ほかの人たちも同様に、気になるらしく作業をしてるふりをして耳を澄ませているように見えた。
「マキウチさん、過激っすねえ。いやでも、斬るのはやりかねないな」
「だってマキウチさん、日本刀だもんね、武器。しかも剣道四段だって。すごいわあ」
カノウさんとニシノヤさんも、こそこそと小声で喋っている。おおう、マキウチさん、剣道の達人でしたか。名前からして強そうだもんな、リョウマだし。
いや、そういう話じゃない。カノウさんもニシノヤさんも、結構のんきな感じだ。あれ結構よくあることなんでしょうか。二週間たって、マキウチさんがキレてるのは、イガラシさんとの件と、パソコン動作があまりに遅くて「コイツほんと遅いな、ざけんじゃねえぞ」とマウスをそのうち放り投げるんじゃないかなと思うくらい連打してたぐらいしか見てないわたしには、恐怖です。
「でも、オノさんってそもそも、事務が全然だから実働専任に育てるってカコさんが言ってたんじゃないでしたっけ」
「まあ、それマキウチさんの案だけどね。結局所長がポンコツだからこんなことになるんだよなあ」
カノウさん、すごい暴言。だけど、すごく同意する。所長の所業は、平社員にポンコツと罵倒されても仕方ないし、マキウチさんが斬りたいと言い出すのもわかる。せっかくの策を思いつきで台無しにされたら、それは怒るに決まってるよね。
「だいたい、勤続年数だけでこいつをリーダーにするのが間違いなんですよ!こんな態度に差が出るような未熟な奴、上に立つ器じゃありません!」
つばまで飛びそうな勢いで、カコさんは熱弁した。どうもマキウチさんを快く思ってないのは、イガラシさんだけじゃないらしい。しかし、言ってることは割と正論なんだけど、なぜか小物感が漂っちゃってる。噛ませ犬的というか。
「今更ですけど、態度の差の是正と言われても、そこまで差が出てますか?」
「自覚無しか!?本気で言ってるのか!?」
「誰から見てもジョーとオノとの差ぁはすごいぞ……」
マキウチさんの告白に、カコさんとヨシカワさんは二の句が継げないといわんばかりのリアクションだった。ちなみにこの発言に、全員作業のふりを辞めて一斉に戦場となってる方を向いた。
マキウチさん、自覚があったんじゃなくて、逆に自覚がなかったんですね……。正直、二週間いて、リエって鈍感だよねーと人生何度も馬鹿にされ続けたわたしですらわかるレベルの態度の差でしたよ……。
わたしにはとても優しい、というのはよくわからないけど、見ていてミヤマさんとミサキさん(イガラシさんチームの、ゆるふわパーマの飴みたいな声の女性である)との差は結構あった。ミヤマさんが「マキウチさんすみません」と困った顔で聞きに行ったときは、どうしたどうしたと割と穏やかだったし、軽く解説もしてたけど、ミサキさんが聞きに来たときは、とりあえず教えた後で「あとはイガラシさんに聞いて」とすごくとげとげしい声だった。わたしに言わせれば「教えてくれるだけマキウチさんは優しい」と思うけど、これはあれか、わたしがブラック上がりだからか。
「マキウチさん、マジか。自覚なかったんだ」
「自覚があった方がかえって悪かったと思うわよ……」
「で、でもほら、苦手な人に対しては、接し方ってどうしても差は出ますよね……?」
カノウさんとニシノヤさんとの会話にこっそり口を挟んだところ、二人は目を見開いて数秒ほど見つめあった後、わたしに向き合った。
「あーでもそうか、キジョウさんにはマジで優しいもんなあの人……」
「ここ二週間、ずっと平和的だったからありがたかったわ……。先月末なんてほんとひどかったもんね……」
ニシノヤさんが遠い目をした。相当な修羅場だったらしい。
「すごかったですよねえ。マキウチさん、そのうち花瓶でテラニシさん殴りそうでしたもんね」
ミヤマさん、穏やかな顔で言うことじゃないですそれ。なお、もう定時は過ぎているわけだけど、全員帰るに帰れないにいる状況だった。とりあえずマキウチ班と、イガラシ班で地味に集まってこそこそ話をする流れになった。
ちなみにイガラシさんは、ヨシカワさん席で戦争が始まる数分前から、ヤマネさんとともにミーティングのため席を外している。今度、合同で実働に動くので、その打ち合わせ、という話だった。
「ほんと、キジョウさんはすごいですよ。あのマキウチさんがこんなに穏やかなの、初めて見ましたもん。逆にキジョウさんが先月までのマキウチさん見たら、たぶん今のオノ君みたいになっちゃうと思いますよ」
フジタさんにまでそう言われるけど、わたしは特に何かしたわけでもない。なんならこの二週間の間で、やっぱり辞めたほうがいいんじゃない、と言われてましたけども。そのたびにわたしは続けます、と返して今に至るわけで。
「きっとマキウチさん、キジョウさんに一目ぼれしたんですよ。だってずっと優しいし。好きな女子には紳士になるでしょ」
「それはないと思いますけど……」
ミサキさんがすごくきらきらした顔で語ってきた。だけどわたしは即座にそれを否定した。
わたしに優しい理由はわかる。わたしと妹さんがダブって見えるから。でもその理由がなかったら、多分マキウチさんは厳しかったんじゃないかなあ。だってミサキさんに手厳しい人だぜ。ミサキさん、女子から嫌われるテンプレートを突っ走ってるけど、一方男子に好かれる女子のテンプレも突っ走っている人だ。苦手というフィルターを極力通さずに見れば、きちんとゆるふわパーマを維持し、今風メイクを施し、適度におしゃれする彼女は、いかにも女の子って感じで、男子受けはよさそうなものなのに。まあ、女の子全開!みたいな子が苦手な人もいるか、とも思い返す。
一方のわたしは、ザ・平凡女子である。すごいブスのつもりはないけど、地味なのは間違いない。ミヤマさんみたいなふんわりお嬢様風でも、フジタさんみたいな正統派キレイ女子でもないわたしに一目ぼれというのは、絶対ない。
なのでわたしは真っ先に、マキウチさんがわたしに恋愛的な意味合いの行為を抱いている、という方面は打ち消していた。だってそれなら普通、ミヤマさんに行きますよ。可愛らしいし、優しそうだし。それかフジタさんだな。めっちゃきれいだもん。
「いやいや、キジョウさん。絶対そうですよ。あたし見ててわかりますもん。明らかにあれはキジョウさんのこと、ラブな意味で好きなんですよ、絶対そうです!」
熱弁されても……。だが、かえって皆さんに一番納得いく理由だったらしい。というか、もし自チームに入ったら、ダイナマイトで事務所を吹っ飛ばすことを検討にいれるレベルで苦手意識を持たれてることはスルーですかミサキさん。
「すごく腑に落ちました。優しいに決まってますよねえ」
「マキウチさん、クールに見えて、おっぱい星人なんですね」
フジタさんの言葉に、わたしは固まった。理解し咀嚼したころ、わたしはふっと自分の胸元を見下ろした。
わたしはどうやら母方祖母に似たらしく、バストサイズはそれなりにある。なんせ、あの六股彼氏の相手の中で、わたしが一番ボイン(死語かな……)だった。みんなタイプの違う、きれいな女性や可愛らしい女性だったが、胸ではわたしは勝っていた。むなしい勝利だけどさ。
さすがにマキウチさんへの風評被害というか、それは濡れ衣だと思う。たかだか親切にしただけで、これだけ言われてしまうのはかわいそうだ。もしかしたらテラニシさんの時に厳しくしすぎたかなあ、と反省したから優しいのかもしれないし。
「まあ、キジョウさんのこと、ラブかどうかは脇において、好きなのは間違いないっすね」
「でも、それならそれで、わたしお似合いだと思うわよ。今時十歳ぐらいの年の差、よくあるじゃない」
ニシノヤさんまでなんてことをおっしゃる。いや、わたしとしても、実をいうとマキウチさんは結構タイプというか……いやいやいや、だめだ。入って一か月で社内恋愛とか、お前何ふざけてんだ、だ。
それにマキウチさん、すでに彼女いるかもしれないし……。年齢的に、よしんば彼女がいなかったらがっつきそうなものだけど、そんな様子もない。マキウチさん、よくよくみると、目元は涼しげだし鼻筋も通ってて、モテそうなお顔立ちだ。背も175センチくらい(目算)ありそうだし、多分おしゃれをすれば女性に困らないと思う。少なくともあの丸眼鏡を普通の眼鏡に変えるだけでも印象は変わりそうだ。いっそコンタクトにしちゃうとか。
「ってかあたしめっちゃすすめといてなんですけど、マキウチさん独身ですよね?ああいう人ほど意外と結婚してたりとかするし。さすがに社内不倫はちょっとと思うんで」
「結婚どころか、今フリーのはずっすよ。キジョウさん来る前、『カノウちゃん、誰か女の子紹介してくんない?まじこの年だとさあ、周りにいろいろ言われてめんどくさいんだよな』って言ってましたからね」
えっ、マキウチさん、そんなこと言ってたのか。意外だ。
「あー、そういえば、キジョウさんが来る前、『この年になるとさあ、同級生やら親戚やらが結婚するんだけどさあ、俺はこんな仕事だから結婚なんか無理だなあって思うけど、でもやっぱ結婚式とか出ると、いいなって思うんだよな』ってぼやいてたんですよねえ」
おっとお、それ一か月前のわたしもぼやきに近いぞ。なんか親近感が。やっぱりお年頃になると、男女ともども言われますよね……。
「えー、意外。マキウチさん、そんなこと言うんだ」
「意外と人間味が……」
「いやいや、マキウチさん人間ですから。ちゃんと口からモノ食べるし、出すもんだしますよ」
後半は余計だと思うよカノウさん。ちょっと変な想像してしまったじゃないか。
「というかお前、新人の子に気があるんじゃないのか?だから親切なんじゃないのか?」
そしてタイムリーにも、カコさんがとんでもない言及をした。全員、完全に興味津々の顔で戦場を見てる。わたしは正直、もう定時過ぎたし帰ろうかなと思ったけれど、通路はふさがれている。神よ……。
「せやな、その方がしっくりくるくらいの親切さやぞ。実際どうなん。まあ、ジョー地味めやけど、ああいうタイプがマッキーには合いそうやもんな」
ヨシカワさんまで!!いたたまれないんですけど。そして地味は余計です!自覚はありますが!セクハラで訴えますよ!
「そういう発想に結び付けるのは、おっさんですよ。それと、ヨシカワさんの発言はセクハラです」
マキウチさん、セクハラなのは同意するし本当にやり玉に挙げられて申し訳ない。
「僕は構いませんけど、キジョウさんがかわいそうですよ。入って一か月もたたないのに、妙な噂が立ったら。彼女は幸い今のところやる気があるみたいだし、ぶっちゃけ事務作業はオノくんより出来そうなので、教え甲斐がありますから。そういう話はもう終わりにしてください」
マキウチさん、めちゃくちゃいい人だ。わたしの心配をしてくれるとは。おまけに教え甲斐があるというお褒めの言葉まで。だが同時にディスられたオノさんはがっくりとうなだれていた。この人もかわいそうだな……。
「構わないってことは、それは好意を抱いているという理解をしていいんだな?」
「いい加減にしてください」
ああ、また絞り出すようなあの声だ。何でここの人たちはマキウチさんの地雷をポンポン踏んでいくんだ。さすがにこそこそ話していたわたしたちも、剣幕に黙り込んだ。なお、オノさんの顔は完全に顔面蒼白で、これは確実にちびったんじゃないかな、という様子だった。ちなみにここまでで所長は空気と化した。マキウチさんが「所長とヨシカワさんのこと斬りたい」と発言したあたりで、現実逃避をしてしまったからである。この人すぐ逃避するな。
「うん、ごめん、そういうの、あれやな。プライベートの話やな」
いや、確かに恋愛はプライベートなお話ですが、そうじゃないと思う。しかし、ヨシカワさん、内心はともかく、声はいつもの調子で逆に見直した。ここからだとマキウチさんの顔は見れないのだけど、般若みたいな顔なのは想像つく。その般若顔を見ながら、冷静な声のままというのはすごい。
「よし、わかった。もうこれは、オノはカコちんとこでええわ。マッキーが拒否ってるならどうにもならんし」
「最初からそれでいいんですよ。そしたら俺だってこんなことしなくていいんですよ」
マキウチさんは吐き捨てるようにそれだけ言って、こちらへ向かってきた。やばい、やばい。我々はモーセのごとく、さっと自分の席に戻り、とっとと退勤準備を始めた。
「ふざけんなよマジで……」
完全にキレた顔だ。やばいやつだ。わたしは何も知りません見てませんという顔でシャットダウンした。さて、もろもろかたずけよう、と席を立とうとした時、わしゃわしゃと頭をなでられた。
ん、と思って目線をずらすと、マキウチさんがわたしの頭をもみくちゃにしているのだった。セットが乱れるので実はあんまり好評じゃない頭ポンポン……より激しい。乱れるどころではない。髪質によっては完全に櫛で梳かさないといけなくなりそうなやつだ。幸いわたしは剛毛のつるんつるんなストレートゆえ、多分手櫛でちょっと整えるだけでよさそうだけど。
というかこれはなんだ。なぜマキウチさんはわたしの頭をわしゃわしゃしてるんだ。あれか、ストレス軽減?アニマルセラピー的な。そうなるとわたし、動物扱いされてるってことだけど、どうなんだ。
「あ、あの、マキウチさん、どうしたんですか」
「いやあ、キジョウさんの頭が撫でやすい位置にあるからついねえ」
そうですか、撫でやすい位置にありましたか。そしてはっと気づけば残っているのがわたしとマキウチさんと、後ろでまだ話中っぽいヨシカワさんカコさんオノさんだけだった。み、みんな薄情だなあ!?
マキウチさんがわしゃわしゃするので、わたしは動けないままだ。でもちょっと気持ちいいな。一応、人に頭をなでられるとストレスが軽減するとかいうし、実際今そんなに嫌な感じじゃない。多分、相手がマキウチさんだからだ。
「キジョウさん、君には変なところばっかり見られてるねえ」
マキウチさんの口調はなんだかいたずらが見つかったちびっこのようで、ほほえましい気持ちになる。気にしないでくださいと伝えると、キジョウさんは優しいねえと今度は優しく撫でられる。こ、これはだめだ。うっかり恋しちゃいそうです。
「まあ、ともかく早く帰りなよ。女の子なんだから」
ぽんぽん、と最後に肩をたたかれた。マキウチさんはそのまま自分の席について、パソコンを操作する。しかし人に頭をなでられるのなんて久々だ。この前言った美容院で、美容師さんに髪の毛を洗ってもらったのを差っ引けば、学生時代までさかのぼるのではないだろうか。
そしてマキウチさん、アラサーに片足踏み入れたわたしを女の子と言ってくださるのですね。優しい。照れくさい気持ちでちょうどわしゃわしゃされた部分を自分でも触って、わたしは片づけてそのまま帰った。
外はすっかり暗い。ああ、秋なんだな、と鳴き声を上げながら飛び回るカラスを見上げて思った。
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