第六章

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第六章

仕事に慣れてくるのは楽しい。だが、同時に気が重い。 「オノくんに事務やれとは言わないけど、キジョウさんに殺しやれとは言うからね、僕は」 悪魔のような宣言を二日に一回、マキウチさんが挟むおかげである。わたしはごく普通のOLだったはずなのに、何をどうしてこうなったのか。ちくしょう、マキウチさんのこと、ちょっと好きになりかけて損したよ。悔しいながら振る舞いは変わらず紳士なんだけどさ。 そして手始めにお前の獲物になるものを見せてやると言わんばかりに、事務作業の合間に武器庫の整理を最近やり始めた。やることはきちんと棚にあるべきものがあるかの確認なわけだけで、これも一種の事務員の仕事なんだけど……。ただひたすらに気が重い。 ピストルやライフル、刀がでんと置いてあるのを見ると、それだけで震えそう。これ、本当にいつか、わたし使うんだろうか。というか、まともに使えるんだろうか。 わたしは新人ゆえに、一応リーダーのマキウチさんがチェック役として一緒に来てもらっている。武器を恐る恐る触るわたしに、マキウチさんはこう言った。 「だからさ、やめとけって言ったのに。もう遅いからね」 マキウチさん……。基本的にやさしいし聞けば教えてくれるけど、時々吐き捨てる言葉が冷たいです……。 「まあ、でも本気で嫌ならやめるよねえ、キジョウさんは。だってあれでしょ、前の職場、大っ嫌いなお父さんのコネ使って弁護士召喚して辞めたんだもんねえ?」 「な、何故それを!?」 結構本気で驚いた。一応前職を何故やめたのかという話になった時、ブラックすぎて辞めましたーとへらへらと答えた気はするけど、それ以上は何も言ってないのに。まして弁護士使ったとか。そしてなぜわたしが父親が嫌いなことまで知っているんですか。丸裸ですか。 「君の経歴ぐらい調べるのなんかわけないよ、なんせ殺し屋だからさ」 ふふん、と自慢げに笑われた。クールな人だと思ってたけど、案外表情豊かだなあ、マキウチさん。時々本気なのか冗談なのかわからないこと言うしな。 「砂かけついでに猫の死体でも置いとけばよかったのに。次はお前をこうするからな、みたいな脅しでさ」 「いや、さすがにそれはちょっと……」 血まみれの猫が入り口にずらりと並べてあるところを想像して、ひえっと声が出そうになった。殺し屋だけに発想が過激だ。まあ、それぐらいやられても文句の言えないブラックさではあったけども。そういえば、猫じゃなくてメジロの死体が入り口にあったことはあるな。あれ、誰かが置いたのかな。わたしはそのままスルーしてしまったけど、帰りにはもうなくなっていた。誰かが片付けたのか、葬ったのか。 メジロさん、あの時は無視してごめんね。次あなたみたいな子がいたら、その時は手厚く葬るからね。 「マッキー、ちょっといいか」 ヨシカワさんがひょっこりと顔を出した。なお、武器庫は中の事故(暴発とか……ひええ)に気づきやすくするため、作業するときは開けっ放しにするというルールがある。 「なんすかヨシカワさん」 「今度の依頼なんやけど、マッキーに来てほしいねん」 「いや、あれカコさんとこがやるんじゃないでしたっけ?」 「カコちんから今日電話あってん、あん人盲腸で、しばらく入院せないかんらしいわ」 そういや今日カコさん休みだったな。なんかあったのかなあと思ったら、盲腸でしたか。なったことないけど、ドラマとかで見る限り、痛そうだと思う。お大事に……。 「だったらヤマネさんとかもいますよねえ。俺マジでキジョウさんの指導でキャパ追いつかないので」 「実はな、それなんやけど、ジョーに今回で実戦入ってもらうことも考えてる」 「はい!?」 「はあっ?」 わたしとマキウチさんの声がシンクロした。えーっ、どういうことですか。マキウチさんは、とりあえず半年をめどにって言ってたのに。まだ三か月です、半分ですよ。もう半分ともいえるかもだけど。 「ちょっと今度のターゲット、ジョー多分知り合いやぞ」 「し、知り合い殺せって!それはさすがにあんまりですよ、誰なんですか!?」 「タチバナショウタって名前、知ってるやろ」 その名前を聞いて、硬直した。なぜ、わたしに実戦してもらう、という話になるのか。奴がターゲットになった理由も、依頼人にも心当たりがある。あいつ、ほんとダメな男だな。わたしもやっぱり殴っとけばよかった。 「元彼です……少し前に別れました」 「まあ、だから、マッキーに協力を要請しようと」 「……キジョウさんの元カレを殺るのに、なぜ俺が協力するんです」 「いや、ほら、今彼としてはやっぱ元彼っていうのは気になる存在やん?」 ヨシカワさん!?何言ってんですか!今彼も何も付き合ってません!!むしろマキウチさんに、「キジョウまじで男の趣味わりぃな」って思われる心配のほうが強いのですが。 「付き合ってはいませんが、まあ、キジョウさんの元彼がどんな奴かは気になりますね」 「ダメです!あいつ、六股かけるようなクズですよ!マキウチさんの紳士さを見習ってほしいぐらいのクズです!もう女の敵、クズオブクズです!ちょっと実家が金持ちで顔がよくてタッパあるからって調子こいてるんですよ!きっと彼女にばれたから殺してくれって言われてるんですよきっとそうです!」 勢いあまって暴露して後悔した。クズを連呼しすぎだ、と思うし間違いなくコイツ男を見る目ないんだなと二人に思われただろう。うう、なんてことだ。みじめすぎて消えたい。 だが、二人の反応は優しいものだった。 「は?キジョウさんと付き合っておきながら、六股かけてたの?ほんとクズだな、死ねばいいのに。早く忘れなよ」 「一周まわってすごいけど、まあほんまドクズやな。勉強代やと思って忘れた方がいいぞ。お前にはマッキーがおるし」 二人とも、慰めてくれるなんて優しい……。てっきり馬鹿にされると思ってました。紳士が二人もおられる。ヨシカワさんの最後の一言は余計だと思うけど。 だが、そのあとが散々だった。 「ジョーはキレたら相手をとことんぶった切るタイプやろ。指輪贈るとか親に紹介しとったら、確実に慰謝料取るぞ」 「ああ、そこはそうでしょうね。彼女、前職辞める時弁護士使いましたから。精神的な慰謝料含めて五百は相手からぶんどりますよきっと」 わたし、マキウチさんとヨシカワさんからどんな女だって認識なんだろう。金にがめついって思われてるのかな……。まあ、今思えばちょびっとぐらい金をもらってもよかったかな、と思う。どうせボンボンだし、親に「慰謝料払え、払わなければお前の息子は六股する脳みそ男性器野郎だってあんたの取引先にチクるからな」って脅しもできたと思う。ちくしょう、あの時はそこまで頭が回らなかったぜ。とここで、そういうこと考えちゃうから、ああいうことを言われるのだと思いいたる。 普通は至らないところは直すから!とか縋るべきなんだろうけど、六股という事実発覚と、五人の女性にフルボッコされてるあいつを見て、気持ちがなえたのが正直なところだ。多分、彼女たちも思い思いに殴った後、別れましょうと言って鮮やかに切ったに違いない。だってそのぐらいの勢いだったし。 「そんで、ジョーのその推定は当たっとる。正確に言うと、やつはジョー含めて七股しとった。そしてその七人目が依頼主や」 おっとお。七人目がいたのか。ほんとドクズだな。何様のつもりだ。 「まあ、ジョーに入ってもらうかどうかはともかく、タチバナのこと知るために協力してほしいねん。キリついたら戻ってきてくれ」 ヨシカワさんはそう言って、背を向けて去っていった。 髪の毛一本ぐらいの可能性をかけて、同姓同名の別人じゃないかなと思ったりもした。だが、置いてあるモニターに表示されている、標的と書かれた、指名手配のチラシみたいな資料を見て、やっぱあいつかあとわたしは頭を抱えた。 「標的はタチバナショウタ、二十七歳。父親が経営する外食産業企業に勤めています。役職昇進に向けて順調にキャリアを積んでいる模様。依頼人はそのタチバナと交際していた、サクライケリオ、二十一歳です。現在青葉女子大に通っています」 ここで画面が依頼主の顔に切り替わる。サーモンピンクのシルク生地にフリルたっぷりの服を着て、縦巻ロールにヘッドドレスというむしろこれコスプレなのでは、というぶりぶりっぷりだ。だがそれがすごく似合うくらい、かなりかわいい顔をしている。青葉女子大は全国区で有名なお嬢様学校だ。ってことは、最後の一人はお嬢様キャラか。ほんとによりどりみどりじゃないか。馬鹿なのか、死ねよ。まあ、殺されるんだけど。そして女子大生にまで手を出す男だったのかと、ますます自分の見る目の無さにげんなりした。そういやあのギャルの子何歳なんだろう。まさかガチの女子高生じゃないだろうな。 とここで、サクライケって聞き覚えのある苗字だな。と思ったところで、厚労省の事務次官がそんな名前だったのではと思いいたる。事務次官の名前なんて普通記憶しないが、前職を辞める時に色々調べた時に、ぼやっと覚えたのだ。もしかして親戚だろうか。 「ちなみに依頼主は厚労省事務次官のサクライケヨウタロウの一人娘やからな。ヘマやったらここが吹っ飛ぶからな」 おっとお、娘かあ。あいつとんでもねえところに手を出したな。 「ヨシカワくん、そこは大丈夫。サクライケ氏は娘をたぶらかしたタチバナを大層恨んでいるらしいから。最悪事故死ではなく殺人という形で処理されても、握りつぶすとまで言ってくださったよ」 サクライケ事務次官は、なかなかの親バカらしい。まあでも、ふつう許せないか。わたしの母親だって、六股されてたと泣きわめいたら、自分のことのように怒ってたしなあ。 ってかここの仕事、基本は事故死扱いで処理する方向なんですね……。あんなに武器とかあるのに……。 「そういや、タチバナは別からも殺人依頼来てたよな」 まさかの八人目かな。もうここまでくるとわたしは驚かないぞ。ちなみに隣で聞いてるマキウチさんがすごく生ごみを見るかのような目をしている。うん、ごもっともです。 「そんなにたくさん女の子と遊びたきゃキャバ行けばいいのになあ……馬鹿なのかなあ……」 予想外の突っ込みにわたしは吹き出しそうになった。まあ、確かに、そっちに行けば綺麗なお姉さんが(金が続く限り)甘やかしてくれるわけだからなあ。素人の女子に何人も手を出すからああやって袋叩きにされたり殺人依頼出されるんだよ。 というか、マキウチさん、キャバいくのか。意外といえば意外なような、両手に花状態で膝組んでけらけら笑ってる姿がすんなり想像つくような、不思議な気持ち。 「ちなみにその別口の依頼人はこの方です」 そう言ってまた画面が切り替わる。八人目はインドアオタクとかかなあ、と考えていたが、映ったのは凛々しいスーツ姿の男性だった。そういや写真、馬鹿のもそうだけど、免許証とか社員証とかの写真っぽいけど、どうやってるんだ。 「名前はカブラキダイスケ、三十二歳。妹がタチバナと付き合っていたが、六股をかけられていたことが発覚し、結果破局。しかしそのあとも落ち込み続ける妹を不憫に思い、義憤に駆られて依頼してきたそうです」 「六股?七股じゃなくて?」 オノさんの突っ込みに、わたしは七股だったの今知りました、とか、その内訳にわたしも入りますとか言いそうになったけど黙っておいた。どうせ後でわかるしな。 「依頼人は六股って言ってたぞ。たぶん、サクライケのお嬢さんのことは知らなかったんじゃないかな」 「まあ、そうやろうな。その六股の内訳に、うちのジョーも入るんやけどな」 ヨシカワさん!!!なんでそういうことをサラッと!!!そして場の全員の視線がわたしに来る。うう、やめてくれ。わたしはすみっこぐらしがお似合いの女なんです。注目されるのなんか慣れてない。 だが観念してこくりと首を動かして肯定した。どうせ情報提供しなきゃだし。 「ヨシカワさんの言う通り、わたしはこの標的と付き合っていました。わたし自身、今回の話まで六股だと思ってましたし、用心深く付き合ってたんでしょう。まあ、終わりの瞬間はあっけないものでしたけどね」 「答えづらかったらいいんですけど、六股発覚のきっかけって何なんですか」 「たぶん、オーバーブッキングやらかしたんです。サクライケさん以外の六人が待ち合わせ場所に集結して、発覚。わたし以外の五人でこいつのことタコ殴りにしてましたよ」 「えっ、キジョウさんはタコ殴りに参加しなかったわけ?」 マキウチさん、わたしのことマジでなんだと思ってるんですか。いや、今思えばほんとビンタぐらいしとけばよかったとか、金もぎ取ればよかったとか思いますけど、あのときはブラック企業で心身疲弊してたから、キャパオーバーしてたと思う。五人を止めることもできず、タコ殴りにも参加できず、わたしはただ詰め寄られてるあいつを見てるだけだった。 「ジョー、タコ殴りしてたのはお前と依頼人の妹除いて四人やぞ。そんでタコ殴りゆうて実質は罵詈雑言浴びせてるに近いからな。依頼人の妹はめそめそ泣いてただけやぞ」 そこは申し訳ない。だが記憶をたどるとどうしても奴を取り囲む五人の美女軍団の図になってしまうんです。しかしめそめそ泣くだけになりそうな女子、あの中にいたかなあ。みんな結構気は強そうに見えたけど。 と思ったところで依頼人の顔を改めてみる。兄妹なら、ちょびっとは似ててもおかしくはない。まじまじとみて、あの中の誰だろうかと記憶を巡らせてみた。あ、と思い当たる。あの子だ。ベリショで背の高い、男勝りな印象の子だ。一番ぼろくそに言ってそうだけど、中身は純情だったらしい。まあ、そりゃ彼氏が六股とか、泣くよね……。わたしも泣いたよ。 「依頼人の妹は、かなり奥手な性格らしく、タチバナが初めて付き合った異性だったらしい。だから余計にショックもでかいようで、かなり依頼人は怒っていたな。たったひとりの大事な妹をあんなに傷つけやがってと」 うわあ、まじで死ねばいいのに。いや死ぬんだけど。殺されるんだけど。ほんと人の気持ちを平気で踏みにじる男だな。貢いだりとかしなくてよかった。さすがに直接手を下すのは躊躇があるけど、奴が殺されることに関して同情とか一かけらもない。死ぬ間際ぐらいは反省してほしい。 そういえばサクライケ嬢はどうして七股だと知ったんだろう。 「先ほどの依頼人、サクライケリオも、おそらくキジョウさんが六股を知った日に、事実を知ったみたいですね。待ち合わせ場所に行ったら彼が複数の女性に詰め寄られていて、あまりの剣幕に近寄れず、全員が立ち去った後に問いただしたと。ちなみに彼女はその時、持っていたペットボトルの水の残りをすべて標的の頭からかけて、『クズ野郎、わたしのパパが誰だかわかってやったわけ?』と冷たく言い放ちその場を立ち去ったようです」 サクライケ嬢、かわいい顔して結構したたかだな。事務次官様の権力がどの程度かはわからないけど、まあ少なくとも系列飲食店をちまちまと関東圏に展開してる程度の社長の息子へ社会的制裁を下すくらいは楽にやれそうな気もする。 「参考までに聞きたいんですが、タチバナと交際していた、依頼人の妹って名前なんですか」 「カブラキリリア、年齢は二十四歳。依頼人は四人兄弟で、彼女は末っ子だそうだ。男三人続いての待望の女の子だから、両親を含めて周りはかなり溺愛していたらしい」 思いのほかファンシーな名前でちょっとびっくりした。そうか、リリアちゃんか。多分、女の子だしかわいい名前にしようと考えたに違いない。 マキウチさんがそれを聞いて、すごく考え込む顔をした。何かに気づいたかのような。 「どうかしましたか」 「いやあ、こいつどんだけリから始まる名前の女の子が好きなんだよと思ってさあ。ほかの四人の名前はわからないけど、七股してそのうち三人がリから名前が始まるって、偶然じゃないよねえ」 言われて確かに、と思う。わたしがリエで、サクライケ嬢がリオ、でリリアちゃん。……まさか、全員リから名前が始まってるとかないだろうな。とここで、あいつわたしのこと、リーちゃんって呼んでたことに気づく。リーちゃんなんて呼ぶのは母ぐらいなもんだったけど、まあ彼氏だし、ということで許していた。今思えばあれか、七股してる女全員そう呼ぶことで、うっかりほかの女の名前出してばれるという状況を避けていたのかもしれない。無駄に賢いな。結局オーバーブッキングやってぼこぼこにされたけどな。 「まあ、標的の行動パターンやら確認して、作戦練る感じですね」 「実行納期は急ぎじゃないからな。じっくり練ってくれい」 ……納期とかあるんだ。まあそうか。アイツが生きてるのが許せないから早く殺してくれっていう人、いるだろうしなあ……。 しかしどうしたものかしら。奴の情報提供といっても、案外すぐわかることしか知らないような気がする。外面だけは完ぺきな、何も知らない人からすればさわやかな好青年にみえるであろう奴の写真と、渋い顔のマキウチさんを見比べた。
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