スマートフォンがない世界

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 第十一章 「予想外の出来事」  それから二週間後。夏休みが近づく中、俊一は自分の席でため息をついていた。「佐藤、どうかした?」と美花に聞かれ、「夏休みの予定が何にも決まってねえからどうしようと思ってさ」と打ち明けると、「私の家、見に来ない?」と誘われた。「横浜にある築30年の一軒家なんだけど、夏休みは我が家の犬、福丸の世話をする人が私しかいないから、掃除やエサやりを一緒にやってもらえるといいなと考えたんだけど、どう?」美花の言葉に、俊一はあごに手を当てて考え込み、しばらくして再び口を開いた。  「オーケー。行くよ」彼の答えに、美花が「本当?」と声を弾ませる。 「うん。篠原はいつなら空いてる?俺は来週の土曜日に病院に行かなきゃいけないからその日は無理だけど、それ以外なら空いてるよ」二人はスクールバッグのポケットから白と緑の手帳をそれぞれ取り出し、シャープペンシルで日にちの下に丸をつけていく。「私は9月の14日と25日、30日は何も予定がない。佐藤は?」「9月は14日と28日、31日かな」「じゃあ14日にしようか。時間何時にする?」「俺の希望として、朝の10時がいいかな。 お昼は一緒に食べよう」「うん。母さんたちにも言っとくね」  二人は予定を書き込んだ手帳をスクールバッグにしまってから、横断歩道を ゆっくりと渡りはじめた。美容院のそばを通り過ぎた時、紙パックのリンゴジュースを飲みながら歩いている正樹とみどりの姿が見えた。  突然、正樹が苦しそうにせきこみ始め、歩道に倒れこんだ。みどりが「正樹!」と何度も呼びかけているが、反応はない。俊一は美花とともに走って二人に近づき、「俺が正樹先輩の様子見るから、救急車を呼んでくれ!」と大声で言った。美花は近くにあった公衆電話のボックスに駆け込み、ダイヤルを回す。「美容院のそばにある歩道で、うちの高校の先輩が倒れて、意識がない状態なんです!すぐに来てください!」『了解しました』救急隊員の温かい声に、美花はほっとして「ありがとうございます」と言った。  10分後、救急車が歩道の前に停まった。俊一はボックスから出てきた美花に「しっかり伝えられてたな」と声をかけ、近くにいた男性に手伝ってもらい、正樹を担架の上に乗せる。救急車はすぐに病院に向かって出発した。  俊一は目元をぬぐっているみどりに向かって、タオルを差し出した。みどりはタオルを持ったまま、その場に座り込む。美花が彼女の肩に手を添えながら もう一方の手でみどりの前に水筒を差し出す。  灰色の雨雲が空にかかり、雨が降り出した。三人は傘を差しながら無言で 歩く。俊一はみどりの気持ちを考え、胸がしめつけられそうになった。  高層ビルの前でみどりと別れ、二人で改札口に向かう。「正樹先輩、学校に 来れると思う?」美花の言葉に、「分からないな」と答える。「清水先輩も、 しばらく欠席するかもしれない。今すごく落ち込んでるだろうから」「そうだね」  ホームに着いて電車に乗ってからも、二人はいつものようにたくさん話さなかった。
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