スマートフォンがない世界

13/26
前へ
/26ページ
次へ
 第十二章 「みどりの切なさ」  翌日、授業を終えた俊一と美花は図書室に本を返しにきた。ドアを静かに 開けると、みどりが奥の長机に座って国語の試験問題を見ていた。彼女が受ける大学の問題である。  なるべく音を立てないように気をつけながら、二人は彼女から少し離れた席に座る。みどりは一通り問題を解き終えると、間違えたところに青い線を引いてからテキストを閉じて立ち上がった。中央の棚から一冊小説を取り出してページをめくり、すぐに元の場所に戻した。  俊一はそっとみどりに近づいて軽く肩をたたいた。彼女は驚いて「佐藤くん。篠原さんも、来てたんだね」そう言って彼女は息を吐きだし、「彼のおばあちゃんが私のお母さんに話してたんだけど、正樹は小学生の時からぜんそくがあったんだって。一度始まっちゃうとなかなか止まらなくて、今まで何度も病院に運ばれた。  高校生になってから、全然発作が出ることはなかったんだけど。あいつが倒れた時、呼びかけることぐらいしかできなくて・・・。正樹に謝りたい」そう言って目から流れる涙をぬぐい続けた。美花が彼女の前にポケットティッシュを差しだし、「使ってください」と声をかけた。  俊一も「正樹先輩はいつもあなたのことを気にかけてます。昨日も、スープはるさめを買っていました。きっと『バカ、そんなこと気にしてねえよ』って 言うと思います」後輩たちの励ましに、みどりは「ありがとう」と言ってからティッシュで目をふいた。それからスクールバッグを持って外に出てから、職員室のドアをノックし、「失礼します」と言って中に入っていった。  三年生の担任である進路指導の女性教師が「清水さん、作文を書く時は 自分の考えをしっかりまとめてください」と声をかけている。みどりはその後 一時間職員室から出てこなかった。  午後4時過ぎ、やっと作文を書き終えたみどりはくたくたになっていた。 ふらふらになりながら校門を出ると、目の前にスポーツドリンクが差しだされた。受け取って一気に飲む。「先輩、体の調子はどうですか?」と俊一に聞かれ、「不安で眠れないし、頭痛と吐き気がひどい」と答えた。「リラックスできる音楽を聴くと、気持ちが落ち着きますよ」俊一の言葉に、「今度探して みようかな」と呟く。  三人は並んで歩きながら、授業や家族のことについて話していた。「私の母親は医者なんだけど今すごく多忙で、病院に泊まることも多いんだ。疲れてるからなかなか話しかけられない」みどりの言葉に、俊一は「伝えたいことを メモに書いてみるのはどうでしょう」と声をかける。「そうだね」とうなずき、みどりはにっこりと笑った。先ほどまでの暗い表情はなくなっていた。  
/26ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加