スマートフォンがない世界

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 第三章 「虹色の水たまり」  翌日の放課後、美花は校門の前で立ち尽くしていた。昼から降り出した雨の 勢いは夕方になっても(おとろ)えず、さらに強くなっていたからである。ふいに後ろから誰かに肩をたたかれて振り返ると、手に黄色い傘を持った俊一が立っていた。「篠原、一緒に帰ろう。俺の傘貸すから中入って」彼の言葉に、心があたたかくなるのを感じた。  「ありがとう」と礼を言って彼の傘の中に入り、歩き出す。彼女がポケットから取り出した赤いハンカチが、激しく吹きつける雨によってあっという間にぐしょぬれになった。  「母さんにとっての俺って、何なんだろうな」    ふいに俊一が小声で呟いた。「佐藤?」と声をかけると、「俺は小さい時から熱を出しやすかった。そのたびに母さんが小児科(しょうにか)の仕事を中断して来てくれてたな。  中学の時、病院に行くために化学の授業を休まないといけない日があったんだけど、先生から『佐藤、なんでお前は授業を休んでばかりいるんだ。もうお前はこのクラスの一員じゃない』って言われてさ。それから大人が嫌いになって、学校にも行けなくなった。その先生は辞めさせられたよ。  三年になってどこを受けるか決める時、母さんは県内にある別の高校を俺に受けさせようとしてた。俺はそれを断って、この高校に進むことを決めた。彼女は今体の調子を(くず)してる。俺に対しても、たとえば行きたいところがある時に相談したときなんかは『あんたみたいな人に行ける場所なの?』っていう言い方をされて、悲しかったことがあるんだ。俺が勝手(かって)に進路を変えたことを受け入れられないんだろうな」と言って彼はため息をついた。   「佐藤はいつも努力(どりょく)してるよ!」美花は思わず大声をあげ、彼のブレザーの袖口(そでぐち)を強く引っ張った。「本当に?」「だって、自分のことをしっかり考えて決めたんだもん。私だったらなかなか決められずに親に(おこ)られてたと思う。国語の授業の時、文章をいつもきれいな字でまとめてるし」彼女の言葉に、俊一は照れくさそうに髪をかきあげながら「ありがとう。少し気持ちが軽くなった」と言って笑った。  「ねえ佐藤。私、あなたと出会ったことで前向きに何にでも取り組もうって思うようになったんだ」「おお。少し照れくさいな」  雨はいつの間にか()み、空には虹が出ている。彼の足元にある小さな 水たまりが、虹色に美しく光っていた。  
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