スマートフォンがない世界

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 第四章 「人の悪意」  それから一週間後の土曜日。俊一は学校の近くにある本屋で小説を読んでいた。五冊目を読み終えた時、海外小説のコーナーに白い無地のポロシャツを着て青いジーンズを履いた女性がいるのが目に入った。手に持っていた本を元の場所に戻して後ろから彼女に近づき、そっと肩をたたく。「佐藤!驚いたよ」と手にさきほど買った三冊の本が入った袋を持った同級生の美花がうれしそうに言った。「今日の服、さわやかな感じでいいな」という俊一の言葉に、彼女の顔がほのかに赤くなる。  すると同じ階でマンガ雑誌を買っていた別の高校の男子生徒二人がこちらに近づいてきて、美花のほうを見ながら「あいつ勉強できないのに、本なんか読んでるぜ」と大きな声で言っているのが聞こえた。二人は彼らに気付かれないよう、そっと後ろを通って本屋から出た。  「篠原、顔が真っ青だ。静かなところに行こう」と俊一に言われ、彼と共に 一〇分ほど歩いていくと鮮やかな緑の芝生が広がる公園に着いた。「ここで少しゆっくりしていこう」という俊一の言葉にほっとして、彼と並んでベンチに座る。差し出されたペットボトルの水を一口飲むと、気持ちが落ち着くのが分かった。  「ああいう人間っているんだよな。お互いの顔が見える場所で他人や友人のことを悪く言う。お前が今、学校でも家でも一生懸命勉強してるのを、あいつらは知らない。何か言われても聞き流したほうがいい」「うん、そうするよ。佐藤、ありがとね」彼女の言葉に、俊一は照れくさそうに笑いながら「顔色も元に戻ったみたいだし、周りの景色でも見ながら駅まで歩こう」と言って立ち上がった。美花も慌てて荷物をつかんで彼のあとに続く。  駅の改札口を出たところで俊一と別れ、ホームに急いで向かう。電車に乗っている間も、彼女の心拍数は上がったままだった。      
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