スマートフォンがない世界

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 第五章 「俊一の持病」  それから二日後。美花は俊一やほかの同級生と一緒に五限の授業のひとつ、街頭募金に参加していた。時刻はすでに午後四時を過ぎ、西日が彼らの体に照りつけていた。  隣に立っている俊一の募金箱に、スーツを着た男性が千円札を一枚入れてくれた。「ありがとうございます」と礼を言った後、彼の呼吸が、突然荒くなった。  「どうしたの?」と声をかけたが、反応がない。俊一はそのまま、駅の入り口に倒れこんだ。彼らの担任である木原直樹が「誰か救急車を呼んでください!」と大声で叫ぶと、先ほど募金をしてくれた男性が駅員を連れて戻ってきてくれた。  「どうしました?」駅員の問いに、木原が答える。「うちの学校の生徒が、突然倒れたんです。今、意識はないですね」「分かりました。今から病院に運びましょう。先生、担架に乗せるのを手伝っていただいてもいいですか?」「はい」木原と駅員が俊一を担架に乗せる間、美花の胸は不安でいっぱいだった。やがて救急車が到着し、俊一は病院に運ばれていった。  美花はスーツを着た男性に向かって「ありがとうございました」と言って頭を下げた。男性はにっこりと笑い「俺にも彼と同じ病気を持つ娘が一人いるからな。どうかよろしく伝えてくれ」と言ってゆっくりとホームに向かって歩いて行った。  美花は公衆電話で俊一の父親に『はじめまして、息子さんの同級生の篠原美花といいます。息子さんが駅で倒れたので、病院に来てください』と連絡を入れた後、木原や同級生たちに「早退します」と声をかけてからコンビニで清涼飲料水を一本買った。俊一の分だ。  一〇分後、俊一の父・和広(かずひろ)が駅にやってきた。俊一と同じ切れ長の茶色い目と、短く切った髪を持つ四十代くらいの男性だ。「こんにちは。君が篠原美花さんだね。連絡ありがとう。今から一緒に息子のいる病院に来てもらってもいいかい?」「はい。母に電話してからでもいいですか?」 「うん。帰りは送っていくよ」美花は母親に『今から友達のお父さんと病院に 行ってくるから帰りは遅くなるけど、車で家まで送ってもらうから」と電話した。母親は「了解。気を付けて」と言って電話を切った。  駅を出て駐車場に停まっている和広の白い車に乗り込み、後部座席に座る。車内には埃ひとつなく、掃除が行き届いていた。  「三〇分から一時間ぐらいで着くと思うから、ゆっくりしててくれ。寝ても いい」彼の言葉にうなずいてシートベルトを締め、先ほどコンビニで買った清涼飲料水の入った袋を手渡す。「これ、息子さんに少しずつ飲ませてほしいんです」和広は袋を受け取り、「ありがとう」と言ってにっこりと笑った。  一時間後、車は病院の前に着いた。車を駐車場に停め、二人は中に入る。 階段で三階まで上がった後、和広が308号室と書かれた部屋のドアをノックすると、四〇代ぐらいの男性医師が顔を出した。「俊一くんのお父様ですね。 息子さんは今点滴が終わって、ベッドで横になっています。さっきまで顔色が 青かったんですが、少しずつ元に戻ってきていますよ」和広が医師に向かって「ほっとしました」と言って頭を下げた。  「どうぞ中へ」と促され、二人は病室の中に入る。真ん中に置かれたベッドに白いワイシャツの制服を着た俊一が横たわっていた。水色のネクタイは枕の脇に置かれている。  「俊一」と和広が呼ぶと、「父さん、仕事のほうは平気なのか?」と返された。「会社には一週間休むと連絡しておいた。お前の体の方が大事だ」父の言葉に、俊一の目から涙が流れる。涙声で「ありがとう」と言った後、父の後ろにいる美花に気付いた。  「篠原も来てたのか。駅で急に意識がなくなったからびっくりしただろ。俺は小さいときからてんかんっていう病気があって、今までも急にふっと意識がなくなることが何度かあったんだ。二年前にやっと自分の体に合う薬を主治医からもらうことができて、やっと少し落ち着いてきてたのに・・・。    
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