スマートフォンがない世界

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 この調子だと、学校にはしばらく来られない。来れたとしても、早退したり保健室で休んでたりするかもしれないけど、なるべく授業には出るから。木原先生や同じクラスのやつにも、伝えておいてくれないか」「了解。あと、駅であなたのことを気にかけてくれた男の人がいてね、よろしくって」「分かった。ありがとな」  「俊一、篠原さんが清涼飲料水を買ってきてくれたから、少し飲んだ方がいい。もっと欲しかったら声をかけてくれ」俊一はうなずき、ペットボトルを受け取って飲み始めた。「あーおいしい。甘いものが飲みたいって思ってたんだよな」と言って息を吐いた後、俊一は美花に向かって満面の笑みを見せた。  「ありがとう篠原。お礼に今度和菓子買って、保冷剤入れて持ってく」彼の 言葉に、喜びが込み上げてきた。「遠慮しなくていい。俺の気持ちだから。 値段が安くて、いいあんこを使ってる羊かんが家の近くの店に売ってるんだ」 と言って、俊一は体を起こしてベッドからゆっくりと下り、黒いスニーカーを履いた。それから男性医師のほうを向いて「帰ります。ありがとうございました」と声をかけてから病室を出た。美花も二人の後に続く。  駐車場に出ると、外は真っ暗になっていた。和広がドアを開けて運転席に乗り、ラジオをつける。美花と俊一も後部座席に座ってシートベルトを締めた。  ライトが灯り、エンジンがかかる。やがて三人を乗せた車はゆっくりと走り始めた。二人は好きな動物について話している。「佐藤は犬と猫、どっちが好き?」「俺は猫だな。うちでも一匹、真っ白な毛並みのメスを飼ってるんだ。 名前はフロイデ。ときどき俺が勉強してるのを見てるよ。お前は?」「うちは犬かな。家族全員、犬が好きで今福丸っていうオスを飼ってるんだ」  そんな話をしているうちに美花の家の前に着いた。シートベルトを外して車から降り、和広に礼を言う。「送ってくださって、ありがとうございました。 帰りもお気をつけて」和広は静かに微笑みながら「ご家族によろしくな」と 言って運転席に戻る。俊一が後部座席から「じゃあな」と声をかけてきた。  「佐藤。あなたに手紙書くから」と言うと、「すげえ嬉しい。何度も読み返すわ」と満面の笑みを浮かべながら手を差し出してきた。その中に小さな玉を乗せる。「何だこれ?」「水晶。お守りとして持ってて」「うん」  親子を乗せた車が見えなくなるまで見送ってから、家の中に入る。布団に入ってからも、俊一に出す手紙の内容をずっと考え続けていた。    
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