赤い喪服の女

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赤い喪服の女

 どうも初めまして。お忙しいところをわざわざお越し頂きまして有り難うございます。こちらこそどうぞよろしくお願いします。  ええ、おかげさまで何とかやっております。有り難うございます。  今日はお互い初対面だから雑談から?なるほど、良い考えですね。ええ、実を言うと有名人を前にして、こっちも少し緊張してまして、えへへ。はい、勿論存じておりますよ。頻繁にテレビに出てるような方に実際にお会い出来るなんて、偶然とは言え本当にびっくりしました。改めましてよろしくお願いします。  とはいえ、雑談と言っても……そうですねえ、趣味とか……そうだ、私、都市伝説に少々興味があるんですけど「赤い喪服の女」って話、聞いたことありますか?ご存知ない?ええ、あまりメジャーなものじゃないと思います。話としてもすごく短いものなんですけどね。  どんな話かというと、お葬式に関わる話なんです。普通お葬式に参列する時は、老若男女問わずに黒い喪服で行きますよね。礼服かスーツか服の種類は色々でしょうが、色は黒で行くのが常識じゃないですか。  ところが、まれに血の色のように真っ赤なワンピースを着て参列している女を見かけることがある。ごく当たり前のような顔をして参列しているんだそうですが、如何にも目立ちますよね。そしてその女と言葉を交わした者は気が狂ってしまう、という話なんです。勿論、ドレスコードが無い以上、理屈上は何を着ても個人の自由でしょうけどね。あるいは仕事帰りで、とるものもとりあえず駆け付ける場合には、黒い喪服に着替えている暇が無いこともあるでしょう。だから赤いワンピースの参列者が全員そうだということではないんですが、どうもその中には、人を発狂させてしまう不気味な女が偶に紛れ込んでいる、ということらしいんです。  お話としては「何それ?」というほど短くあっけない感じですよね。ええ、初めて聞いた時、私もそう思いました。ところが、実際に私はその女を見てしまったんです。その時の状況をお話ししましょうか。  つい最近のことです。私はとある人のお通夜に参列していました。その葬儀の故人というのが、私の年来の親友だったのです。彼とは、学生時代同じクラブに所属していた仲間で、彼の奥さんも同じクラブの同期でしたから、まさに家族ぐるみでのつきあいを続けてきました。  ところが今から三週間ほど前、彼の命は突然奪われてしまいました。  例のK駅前で発生した通り魔事件、ご存知ですよね。三人の方が犠牲になりましたが、彼はその一人だったんです。たまたま家族揃って駅前に買い物に来ていた彼は、奥さんと子供の目の前で滅多刺しにされて殺されました。  あまりにも理不尽な出来事に、私の頭は全く整理がついていませんでした。彼がこの世にいないという事実それさえも、まだ受け止められていなかったのです。でも、目の前で彼を殺された奥さんや子供さんは、自分の何倍も辛く悲しい思いをしてるんだと思うと、とにかくやるべきことはやらなければ、そして少しでも奥さんや子供達の支えにならなければ、そう思って気の重い自分を叱咤しながらお通夜に向かいました。  受付をすませてお焼香に向かいます。人望の厚い彼の人柄を反映してか、友人知人、仕事関係と思われる人等、多くの参列者が列を作っていました。勿論男女問わず一様に黒い服装で、大勢の参列者の人波が黒い川のように見えます。  ところがお焼香の順番を待っていた私の少し前方に、妙に注意を引くものが見つかりました。黒い流れの中に、一点だけ真っ赤な色のものが浮かんでいるのです。まさに黒い川の中にぽつんと真っ赤なブイがひとつ浮かんでいるように見えました。違和感を覚えた私は、前方に目をこらしてみました。  ド派手な赤のワンピースに身を包んだ女が列の中に立っていたんです。  葬式に参列する時は、黒の喪服を着てくるのが普通ですよね。実際、その場に参列していた弔問客も、老若男女問わず、皆全員一様に黒い服装に身を包んでいました。ただ一人、その女を除いて。勿論仕事の帰りに駆け付ける時には、喪服に着替る暇が無いこともあるでしょう。ですがその女の服装はワンピースと言っても、思い切りピッタリしたボディコンにミニスカのタイプで、昼間の仕事着としても少々違和感のあるものでした。  読経の声が流れる中、お焼香の列は粛々と進んでいきます。その女から目が離せなくなった私は、後ろから彼女の姿を目で追っていました。やがて彼女の番になり、型どおりのお焼香を済ませてこちらの方を振り返り、遺族や一般参列者に向かって一礼した時、その顔を前面から見ることができたのですが、私は思わず自分の目を疑いました。  笑っていたんです。口元がひきつるように上がって、微かに動いているのがわかりました。声こそ出しませんが、笑っているのがはっきりとわかりました。  なんて奴だ。葬式の場で笑っているなんて、どんなつもりだ。思わず怒りがこみ上げて、退出する女の後ろ姿を目で追っていましたが、自分の番が来たので慌ててお焼香を済ませました。そして参列者に一礼してから退出しようとした時、複数の人が微かな声をあげたような気がしました。見ると、喪主である奥さんがハンカチで口のあたりを抑えて背中を丸めるようにしています。顔色も、もはや透明に見えるくらい真っ青です。今にも崩れ落ちそうなその様子に、機転をきかせた親族の人がすぐに手を貸して、連れ出していきました。  急に貧血をおこしたのでしょうか。多分、ご主人を失ったショックも癒えぬまま喪主として気を張って切り盛りしてきた無理が吹き出したのかもしれません。奥さんのことがあまりにも気の毒で気がかりでしたが、その時の私は、あのにやにや笑っていた女のことが許せないという気持ちが勝っていました。順番が比較的近かったし、斎場から最寄り駅までの道は一本道で殆どの参列者はそこを通って帰って行きます。まだ追っかければ間に合うかも知れない。一言文句を言ってやろうと思った私は、ご会葬御礼なども放っておいて、急いで女の後を追いました。  駆け足で少し走った後、果たして道の前方に真っ赤なワンピースの後ろ姿を見つけました。周囲が黒服だらけの状況では当然目立ちますが、普通に町中を歩いていても、その鮮烈な赤色は十分に人目を引きます。私はそのまま女の追尾を始めました。  女について歩いていると、だんだん駅から遠ざかる方向へと進んで行きます。電車に乗らないのか……ということは、この近所の住人?色々考えながら距離をとって歩いていると、女はとある公園の中へ入っていきました。結構な広さのある公園で、自然の景観を生かした雑木林や、そこそこ広い池もあります。自分にとっては初めて訪れるところでした。  自宅へのショートカットになるのでしょうか、女はなおも公園の奥へと進んでいきます。このままどこまで彼女が行くのかわからないし、文句を言うなら言うで、そろそろ実行した方が良いかもしれないと思った私は、歩を早めて女に追いつくと、思い切って声をかけました。 「すみません、ちょっとよろしいでしょうか」  私の声に女は急に振り返りました。その瞬間、いきなり近距離で見てしまったその顔の異様さに私は一瞬ぞっとしました。目鼻立ち自体は整っていると言えそうですが、メイクは異様に濃くてコントラストも強く、要は無目的に自分の存在を目立たせる為に塗りたくった感じです。更に、顔全体で浮かぶにやにや笑いは、とても笑顔などという優しい言葉は使えないものでした。ひきつるように持ち上がった口角と妙に大きく見開かれた目が、声こそしませんが、哄笑するピエロのような悍ましい雰囲気を醸し出しています。  目を背けたくなるような気分でしたが、行きがかり上、話をしないわけにはいきません。 「あの、さっきUさんの葬儀に参列されてましたよね。いえ、私も貴方の後にお焼香を済ませて出て来たんですが」 「それはどうも。それでなにか?」  妙に甲高い声がなにやら人形のような印象を与えます。 「その、なんといいますか、余計なお世話かもしれませんが……そのワンピースの真っ赤な色は、少々お葬式の場ではユニークな感じがしたもので」 「いいんじゃない?別にドレスコードが指定されてるわけでもないんだから」 「ええ、そうかもしれませんが……故人とは親しい間柄でいらしたんですか?」 「一度も会ったことないわ。話したことも無い」  女の言葉は意外なものでした。 「えっ?じゃ、全くの無関係なんですか?」 「そうよ」 「親戚でも友人でも仕事関係でも?」 「全然。今日この人のお通夜が行われるって偶然SNSで知ったから急遽駆け付けたのよ」 「しかし、見ず知らずの方のお葬式にそういう恰好とは……」  ますますわけが分かりません。  「馬鹿ね、あんた。勿論見ず知らずの人のお葬式だからこそ、こんなことが出来るんじゃないの。知り合いのお葬式でこんな格好してったら、それこそ色々と差しさわりがあるでしょう。あたしは常識人だからそんなことしないの」  どう見ても常識という言葉からかけ離れているとしか思えない女は、へらへら笑いながら身勝手な言葉を吐き続けます。だんだん腹が立ってきた私は強い調子で言いました。 「はっきり言いましょう。お話を伺ってると、あなたの態度は不謹慎に思えてなりません。故人や遺族に対する敬意が全く感じられないんですよ。しかも、貴方はお焼香の間、にやにやしながら参列しているご遺族の様子を眺めていたでしょう。私、見てましたよ。お焼香を終えて退出する時も、参列者全員にそのいやらしい笑顔を向けていた。はっきり言って、冒涜的だと思いました。因みにあの故人は私の親友だったんです。学生時代からの長いつきあいで、家族ぐるみのつきあいでした。奥さんのこともよく知ってます。だから私個人としても彼の葬儀で無礼な態度をとる人のことが許せないんです。そもそもなんで会ったこともない、無関係な人の葬式に急遽駆けつけたんですか?」 「人の不幸は蜜の味って言うでしょ。悲しんでいる人を見ていると、あたしは幸せな気分になるの」 「なんだって……」  淡々と言い放つ女の顔を見てると殆ど吐きそうになりました。 「だから面白そうなお葬式があると、私はそこに参列して遺族の人や関係者の悲しそうな顔を眺めるの。まあ、言ってみれば趣味みたいなもんね。それが楽しくっていつも笑っちゃうのよねえ。いいじゃない、ちゃんと千円もお香典払ってるんだし。ま、十分元は取れてるけどね」  あくまでも葬儀を小馬鹿にしたような発言に、私の心には真剣な怒りが芽生えました。 「そしてお葬式に出るときはいつもこの服なの。この服には、あたしのメッセージが込められてるのよ。この意味がみんなわかるかなあ、どうかなあ……とか考えてるうちに、それが自分でも面白くなってそっちの意味でも思わずにやにやしちゃうのよ」  服について得意げに語る女の言葉に、私はぴんと来ました。 「メッセージ……やっぱりそうか……血のイメージってわけだったんだな」 「えっ?血?……」 「そうだよ!あいつは、家族の目の前で通り魔に滅多刺しにされて殺されたんだぞ!奥さんと子供の前で全身真っ赤な血に染まって死んでいったんだ。あんたがにやにやしながらお焼香を終えた直後、奥さんは気分が悪くなったようで、親戚の人に抱えられながら途中で葬儀を退席していったよ。その真っ赤なワンピースが血に染まった彼の遺体を思い出させたんだろう。まったく、恐ろしい女だ!そこまでして人の心の傷をえぐりたいのか!」 「……血って……これが血の色だって意味?」 「他になんだというんだ。わざとやったんだろう!」 「アハハハハハ」  突然大口を開けて女が笑いだしました。 「全っ然気が付かなかった!言われてみればそうよね。これは血の色だもんね。盲点だったわ。教えてくれて有難う!これからもこれで通すことにするわ」 「ふざけるな!あんた、はなから血の色を表現するためにそれを着てたんだろうが!」 「違うのよ。全然そんな意味じゃなかったの。本当に気付いてなかったんだもの」 「じゃ、なんでそんな服を着て葬儀に参列したんだ?それも親しくもない、会ったことも無い人の葬式に」  問い詰めた私に、ごく当然といった表情で女は答えました。 「だって、赤の他人なんだから」  その後どうしたかって?勿論私はそのふざけた言葉に逆上し、その場で女の首を絞めて殺害し、死体を池の中に放り込んで立ち去りました。そう、あの池から発見された死体は私が殺して遺棄したもので間違いありません。ったく、何が赤の他人だよ、くっだらねえ……でも、ベタだけどなんか妙に可笑しいんですよねえ。「赤の他人」だからだって……ねえ、可笑しいですよねえ。ひひ、ひ……うひひひ、うひひひひひゃはははははははははは、ぎゃははははははは……。  以上が、一回目の接見の際に被疑者Aが私に語った話の全容である。お気づきのようにAの精神状態については少々調査の必要があると思われ、彼の弁護人である私としては、今後詳細な精神鑑定を要求していきたいと思っている。  実際、彼の供述内容については、事実に合致している部分とそうでない部分が混在している、というのが正確なところだと思う。例えば、Aが都内の公園で、突然初対面の女性に襲いかかって首を絞めて殺害し、死体を同公園内の池に遺棄したこと自体は事実である。そもそも本人もそう供述しているし、女性の遺体の爪からは抵抗時に付着したAの皮膚片も発見される等、複数の有力な物的証拠が提出されているのだから。  だが、一方で、発見された女性の死体は、黒色の“普通”の喪服に身を包んでおり、赤いワンピースを着ていたというAの供述とは食い違いを見せている。  そしてAが述べた、彼の親友の葬儀の情景についても若干不明な部分がある。喪主である故人の奥さんが葬儀の最中に気分が悪くなり、途中で退席を余儀なくされたという事実については、確かに複数の列席者の証言がとれた。退席する時彼女を支えたのは義理の妹であったという詳細な点についても本人を含めて裏付けが取れたので、そういう事実があったのは間違いないだろう。  しかしながら真っ赤なワンピースに身を包んだ女性の弔問客を見たと言う者は、一人もいないのである。 [了]
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