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第六十五話 知っている事、識っていた事。
───厚い雲の隙間から朝日が村へ降り注ぐ頃。
拾った行き倒れ女性。名をドロテアと名乗った魔女から魔法を学ぶ。
それは私にとって生まれて初めての体験で、とても有意義な物。
まず魔法を他者から教わるには学ぶ魔法を実際に行使しては、その事象
を目で確認し無ければならい。今回彼女から学ぶ魔法に派手さはなく、
実に地味な物だった。だがその効果を考えれば興奮を押さえるのは中々
難しく。加えてあの詠唱。
「(魔法の行使を見るのはイリサ以外初めてで、イリサの時はごたついて
いたからな。)」
観察する余裕をもって魔法の行使を見たのは今回がそうと言えるだろう。
その姿はまさに魔法使い。傍から見れば私もこうなのだろうか? そう考え
ながら私は彼女の詠唱を聞き事象を眺めた。それは彼女がクリスタルをただ
見ているだけのものだったが、この工程では理解等の必要はなく。見る事、
それ事態が大事なのだとか。興奮しながら魔法の行使を眺める私。……最も、
魔法の行使の為に使ったクリスタル。それを覗いては私以上に大興奮して
見せたのは彼女の方だったがな。
そうして次の段階。学ぶべき魔法を見た後は魔法についての基礎、法則性や
仕組みなどと言った物への理解。ここで理解や知識が必要になるのだが、
幸いにも私は躊躇なく魔法に手を加え遊んでいたお陰で、その辺の理解は
かなりの物。
本来ならここの段階でまず多くの時間を割かれるらしい。まあ魔法に手を
加えては成らないと神聖視が常と成れば、おいそれと造詣を深めるなども
出来ないのだろう。理解を得る為の物があるにはあるが彼女曰く『最低効率の
学び方。』らしい。この異世界で魔法使いを目指す者たちは大変だな……。
その様に魔法を覚える為の段階を順調に進み。魔法を他者から学ぶために
必要な物。学ぶべき魔法行使の詠唱にその魔法の事象確認。そして魔法への
理解度。これらをクリアした私はいよいよ最後の一つ。魔法使用者からの
魔力譲渡を行う事に。しかしこれが一番難しいのだとか。何せ。
「魔力を籠めると言う作業事態が高度な技術です。こればかりは素養に依る
部分も大きく、誰もがそう上手くは行かないんです。」
との事。成る程。そう言えばリベルテやメンヒの村人達も、クリスタルへ
魔力を籠めるのに苦労していたな。ふむ……。
「それがもっとスムーズに出来れば、クリスタルは勿論魔道具の汎用性も高まり
そうなものだ。」
「あぁ~……良い。その発想凄く良いぃ~。」
ちょっと、いやかなり不気味な笑みを浮かべる彼女。話す内にどんどん様子を
変えてきた彼女だが、私は魔法技術に集中する事でそれには触れず気にせずを
貫く事に。
「さて。では魔力の譲渡とやらをお願いします。」
「了解了解。」
えらく砕けた様子だなぁ。思いながら彼女が差し出した手に自らの───?
差し出された手を見れば赤黒く、何故かと思えば未だ血が少し滲んでいたか
らだ。
「! ほいほい。」
それに気が付いたらしい彼女が差し出す手を変える。そう言えば治療の途中
だったか。時間も経ったので傷は塞がってはいるが。
「?」
私は彼女が引っ込めた方の手を掴み。
「マギア・エラトマ・エピディオル」
回復を試みる。すると既に塞がっていた傷口の、その跡が見る見る癒えて行く。
魔法について語り続けた所為で探究心を擽られ試して見たが。これは予想外だ。
傷が治るか変化の無い物と思えば、傷跡が治り、更にはその速度が上がっている
ではないか。これは一体どう言う事だろうか? 謎が深まるばかりと思って
いれば。
「ふひっ! ふ、ふひ、ふふひ。」
疑問を頭で考える私の耳に異音が響く。治療する掌から頭を上げれば、自分の
手に視線を落とし。歪んだ唇に瞳孔の開いた目の女性が。
「ひふっ。ひひふ、ふ。ふふふひっ!」
等と。現実では一度も聞いた事が無い、独特で強烈な笑い声。多分笑い声ら
しきを垂れ流していた。私は頭を一度振り。治療の済んだ手から自らの手を
引く。
「はぁー! はぁー! ははぁー!」
彼女は治療の済んだ掌を見渡しては興奮した様子で息を吐いている。彼女はある
種、テンションが上がると様子が変わる類の人種なのだろう。その起伏が尋常
では無いが。
「素晴ら! これ程強力な治癒魔法は見た事ないっ。何よりも貴方は魔法を使う時、
全くと言って言いほど詠唱しない。それは何で? 何故貴方は詠唱を必要としない
ので? いえ勿論中には詠唱の至極短いものもありますよ、けど貴方のそれは異常
も異常です。ああその秘密を知りたいな、知りたいな是非の是非ぜひぜひ!」
早口で捲し立てられるのも慣れて来たかと思ったが、これは慣れそうにない。
しかし彼女に指摘されて気が付いたのだが、どうやら私が魔法を使う時には
詠唱を全くしていないらしい。何故その事に今まで気が付かなかったと言えば、
私は魔法を行使する時には詠唱している積りだったからだ。そしてこの異世界
に持ち込んだスキル。それを使う時には詠唱とは別、もっと違う事を喋っていた
らしい。つまり頭では魔法やスキルを使う為の言葉を発しているつもりで、
その実違う言葉を発し魔法やスキルを行使していたのだ。これらは今後解明
すべき謎。そしてその為には。
「貴方の魔力を譲渡してください。」
「おっとそう、そうでしたね。これでまた楽しい魔法が、ふひっ!」
大丈夫かなこの人……。今更ながらこの人物の人間性、それを見誤ったのでは
ないかと思い始めるも。もうそれを含め魔法適性のある人物の運用試験と割り切
る事にし。またこうして知識を有する誰かと魔法について語り合うことは新た
な発想、疑問、転換へと繋がると分かり、それは有意義だ。これだけでも彼女の
存在には価値が出て来たと言えるだろう。
等と思いながら私は彼女へ手を差し出し、彼女が差し出した手に触れる。
「……。ふふっ! 失礼。……ひっ! ……。」
「(本当に大丈夫───!?)」
私が心底不安を感じた瞬間。触れた彼女の手から何かの流れを感じ取る。
それは私が何時もやっている事、魔力を籠める時に感じるあの感覚に似て
いて。それが何時もとは逆、此方からではなく相手から此方へと感じる。
これは、これは何とも不思議で興味深い感覚だ。
触れた手から冷たい何かが腕の中を通り抜けて行く、ひんやりとした異物感。
おお、おおお。魔力が流れて来るとはこう言う感覚なのか。不思議に過ぎるぞ。
とても口で説明出来るような物ではない超感覚に興奮を覚えつつ、ふと魔力の
流れに違和感を感じた。それは一定の距離で魔力が止まる、いやこれは体が
抵抗しているとでも言うべきか。これが正しい物なのかと顔を上げるも。
「………。」
魔力を私に送る女性は真剣な表情その物。ふむ? 試しに私は抵抗の感覚が
ある場所に意識を集中し、受け入れるよう念じてみる事に。すると抵抗感は
薄れ、塞き止められていた魔力が再び順調に流れ出すのを感じる。……成る程、
今のは自分の体が外から来たモノ、異物へ抵抗していたと言った所か?
これは面白いな。ああ面白い驚きだらけだ。ふふ、後で出来事のメモを取っ
て置かねばな。
「……これで魔力の譲渡は終わりです。すんなり終わってビックリ。」
「……。」
言いながら彼女は空いている手で顔を覆い、掴んでいた私の手首を放す。
彼女に言われ身の内の感覚を探ってみれば確かに新たな魔法、それへの
パス。とでも言うべきモノを感じ取る。これは魔導書を読み、記された
魔法への仕組や詠唱と言った物を理解した時の、自分の物に出来た時の
感覚に似ている。
ふむ、魔法を他者から直接学ぶとはこう言った物なのか。中々楽な物だと思っ
たが、異物感と言い頭に漂う疲労感。魔力酔いとでも呼べる物が厄介だな。
それに今回は私が大変役立つ力を持っていたからすんなり進んだのだろうしな。
魔法を直接学ぶ、か。また考えるべき事が出来たな。
「さぁ!さぁさぁ! 魔法を使いましょう、使ってください!」
多分私と同じ魔力酔いらしきに煩わされていた彼女が、元気を取り戻し言葉を
此方に飛ばす。ま、今やるべきは此方だな。私は早速学んだ魔法を試す事にし
て、書斎机の上に転がっていた、最初期に制作したクリスタルを一つ手に取り
詠唱を開始───しようとして。
「どうせだ。此方の方が面白いだろう。」
「? ───!!?」
私は手にしたクリスタルとは別、何も入っていない空のクリスタルへ持ち替え。
中へたった今覚えた彼女の魔法を記憶。そしてクリスタルへ魔法を行使しては、
中に記された魔法。つまり彼女が私に教えた魔法の、その仕組みを視る。
「……。(これは、凄いな。)」
魔法の仕組みを視る等とそれは初めての体験で、また超常的現象。
私は魔術や魔導書から魔法を学び、感覚頼りに魔法に手を加えていた。
その工程は頭の中、言わば内側で処理していた物。
しかし今、私は初めて自分が手を加えた魔法の、その仕組みを視覚的に
捉えたのだ。
見えたモノは記号や不可思議な文字らしきの列が連なり、ある種の法則性の
下に調和が取られたナニカ。これは凄い、漫画等に出てくる魔法陣、それを
解き解したかのような、或いはもし魔法と言う現象を文字に起したのならばと。
そんな光景が広がっているのだから。
私が読む魔導書に書かれていた仕組みへの説明と言った物が、もっと
直接的な理解。思考への読み取りに優れたモノとして浮かんでいる。
「面白い。この魔法は実に面白い。魔術書を書く者は皆こんな面白い魔法を
使っているのか? はは、これでは探究心も押さえられまい!」
「はぁ、はぁ、はぁ。そ、そうです。」
「? しかしこれは。」
何故か息の荒い様子の彼女には構わず。私は魔法の行使を瞳を閉じる事で
止め、目頭を押さえる。
「……疲労感が凄まじい。やっぱり魔力効率が悪いな。」
大量の情報を読み取ったからか目が疲れたしまった。それに見ている間に
消費される魔力の量も酷い。これは一度で熟そうとせず段階を分けた方が
良さそうだ。
「うーん。それにインターフェースが……。うむむ。」
「魔力効率? インターフェス? え、それ、それの話し聞きたい。と言うか
その発想へ至る経緯も知りたい知りたい知りたい。」
「? ああ、実は───」
その時だった。“コンコン”っと部屋にノック音が響き。
「お父さん起きてますか?」
「起きてるに決まってるでしょ? アレって寝ないみたいだし。」
「こら。ヒトの事をアレって言わないの。」
「指図するな人間。アレはアレで、アンタもアレだし。」
「……アンラさんに言うわよ?」
「きたねぇ! リベルテお姉様きたねえ!」
等と話し声が聞こえ私は直ぐ様窓を見遣る。外は薄暗い、しかし日はもう
既に昇っている様子。ソファーから立ち上がって私はドアへ近付き。
「お早うイリサ。それとリベルテとサキュバス。」
扉を開けて挨拶を飛ばすとサキュバスな少女が驚き顔で、リベルテは困り
顔。そして。
「おはようございますお父さん。」
暖かな笑みを浮かべ此方を見上げるのはイリサ。その笑顔にもう少し
癒やされたい所だが。
「すまない、話し込んでいたら朝と気が付かなかった。直ぐに朝食の
準備をしよう。」
いかんいかん。まさか朝食を忘れてしまう程に話し込んでしまうとは。
魔法の事となれば嬉しくもなるが、それでイリサの大事な朝食が遅れて
は行けないだろう。娘を蔑ろにする父には成りたくないので私は直ぐに
部屋出て台所へ向かう事に。その隣にはイリサが寄り添い、後ろからは。
「空腹を感じる。私も同行しよう。あ、魔術書の持ち出しは?」
「食事時に読まなければ。」
「ひほほっ!」
嬉し……。嬉しそうに魔術書を抱える女性。
「「え、こんなヒトだったっけ?」」
独特な笑い声を聞いたリベルテとサキュバスな少女が、同時に言葉を
重ねた。疑問気な二人と行き倒れ女性。そしてイリサ共に。
彼らを引き連れリビングへと向かう───
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