第六十六話 不思議な一団

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第六十六話 不思議な一団

 ───美味しそうな香りが漂うリビング。薪ストーブの温かさに満ちた  その室内で。  行き倒れ女性との魔法話に夢中になり、危うくイリサの朝食を蔑ろにす  る所だった私は、既の所をそのイリサに救われる事に。落ち込む気分を  何とか振り払い朝食を準備しては、無事に皆で朝食を取る事が出来た。  焦る気持ちも落ち着いてきた頃。私はその席で行き倒れ女性、名をドロ  テアと名乗った魔法研究者からの話を皆に伝え。彼女の魔法知識を借り  る為、この村に置く事を相談してみれば。 「お父さんのお決めになった事なら、私は構いませんよ。」  にこやなか笑顔を浮かべ応えるイリサ。その向こうのリベルテも“別に  構わない。”と目で此方に応えた。少年少女には特に何も権利が無いの  で伺いを立てず。後は……。 「タニアとヴィクトルか。」  ゴブリン族代表のタニアへ話を通す必要があるな。それと村唯一のオーク、  ヴィクトルにも。彼らが私の頼みを断る事はまず無い事だろうが、例え  事後報告と言う形に成ってしまっても話はして置くべきだ。余計な軋轢や  緊張を生まないためにも、な。  そんな事を考え朝食を取って居る私へ。 「それって私いります?」 「うん?」  何故か今日も少年少女の間に座り、半目で野菜を食す女性。魔法研究者の  ドロテアが此方に問い掛けて来ては。 「いえね。出来ればまだ体を冷やしたく無いのと、まだまだ書斎の本を  読ませて欲しい、欲しいんですよ。ああでも望まれるなら勿論行きます。」 「ふむ……。」  行き倒れて居たのだから体が不調なのも仕方なし。本当は本人を連れて  行くのが好ましいが、理由が理由か。 「分かりました。書斎で体を休めて置いてください。」 「……これでゆっくり本が読め、読めめ。ふひ。」  不器用と言うか不気味と言うか。そんな笑顔浮かべ、間違いなく不気  味な笑い声を零す彼女。その両隣で少年少女が“ギョッ”とした表情を  浮かべている。彼らだけではなくリベルテとイリサもだ。そう言えば  此処に居る皆はコレを()らな(なん)だか。とは言え私から何か言及する事が  あるとすれば。 「但し昨日話した場所の書物。あれだけは駄目です。」  話を聞いた瞬間切なげで悲しい表情を浮かべ。 「え……。一番好奇心唆る物なのに……。」 「あれは私の私物と大事な借り物ですから。」  魔法について私自身が書いた本と、イリサが持っていた魔導書など。  あれらは私にとって特別貴重な品々。おいそれとは見せられんさ。  一応保管場所には鍵がかかっているが、この女性の言動だと開けて  読み出しそうなので先に釘を打って置いた。何故なら私はこの女性  を信用していない。  ゴブリン達程親交も無く、リベルテの様に共に過ごして居ないのだ  から。それは少年少女も同じだが、少年は無力に等しく。また悪魔  な少女も私に恐怖(トラウマ)を持ち、ある意味無力だ。なのでこの女性は他ほど  信用、油断が出来ない。少なくともメンヒを訪ね、あの村が無事か  どうかを確かめるまではな。だから彼女が一人で部屋に籠もってく  れると言うのならば、それを止める必要も無く。もしも打った釘を  抜けばそれに見合った扱いに変更するだけだ。  そうして私が頭で考えを巡らせていれば、女性が表情を消し。 「言い付けを守れるか泳がせてます? まだ信用の出来ない相手にはっ  て事ですか。でもそれはつまり、信頼を得られるよう此処で振る舞え  ば、そうすれば……くひひっ。」  昨日ほど無表情が続かない女性。しかしまた随分ハッキリ言うものだ。  自分に信用が無いなどと。不気味な笑みのままスープを飲む彼女に、私が  苦笑を浮かべていると、イリサを挟んだ隣向こう。 「……大丈夫な訳、あのヒト。何て言うか……ちょっと危なくない?」  小声で話すのはリベルテ。私も全くの同意見だ。しかし。 「今の所は怪しいだけですから。それに、私は彼女の知識や知恵を活用  したい。大丈夫、何かあれば“私が”対処します。」  自分でリスクを抱えるのだ。勿論私が対処するさ。イリサやリベルテ、  村の住人に何かしようとした瞬間即、な。私が決意を込めて応えると  リベルテは一瞬真顔を見せ。一つ頷いては朝食へと戻る。  そうして、皆で少々ぎこちない朝食の一時を過ごす中。意にも介してい  ない者が一人。 「オディ。今日早速行くゴブ? 行っちゃうゴブか?」 「え、あっと……。あの、アンラさん。」  この状況で全く微塵も動揺を見せないニコがオディ少年に話しかけ、その  オディ少年が此方に困り顔を向けて来ては。 「どうした?」 「今日ってボクにも何か手伝いはありますか?」  尋ねられ少し考える。除雪はとリビングの窓から外を見遣れば、既に多く  のゴブリンが作業をしている様子。彼らは朝食が早い、いや。今日は家が  遅かっただけか。  うーん、あの様子なら少年一人位抜けても平気だろう。何より子供を労働  漬けにするのはよろしく無い事だ。 「……。」  心なしか少年も手伝いから離れたそうに見える。ならば。 「いや。今日は手伝わなくとも良い。」  言葉を聞いた瞬間少年が笑顔を見せ。 「ありがとうございます!」 「良かったゴブなオディ。これで魚釣りに行けるゴブよ。」 「うん!」  二人が笑い合う。その様子から一瞬遅れ。 「魚釣り?」  私は聞き捨て成らぬ言葉を繰り返す。 「そうゴブ。こう言う冬の始まりにはン~マイッ魚が捕れるゴブョ。」 「昨日ニコさんにその話を教えてもらって、楽しそうだねって言ったら  連れて行ってくれる事になりまして。」 「この前探検してたら釣りが出来そうな場所があったゴブ。昨日の吹雪  ならきっと凍ってるから、氷釣りが出来るゴブよ。だから今日そこに  オディを釣れて行くゴブ。」  経緯を説明してくれる二人。サカナ、魚かぁー……。その存在をすっかり  失念していた。思えば元の世界、魚が美味しく食べれる国に居ながら魚を  余り食べれていなかったからなぁ。  この森には川や湖があったのだ、魚を得られる機会もあったはず。雪に  閉ざされる前に気が付ければ……。いや、今からでも遅くは無さそうだぞ。  で、あるならば決まっている。 「その釣り。良ければ私も一緒でも良いか?」 「? 親方も釣りに興味あるゴブ?」 「ああ。コレ以上無い程にな。」 「良いゴブよー。」 「助かる。」  よし。今日すべき事は決まったな。また村に見知らぬ者を残すのは少々  不安だが、今回は人間の女性。それに何かあればそれまでの事。彼女が  行動を起こせば起したで対処すれば良い。油断や隙を利用するかどうかを  見るのにも良いだろう。  (もっと)も、泳がされている自覚があるらしいので意味は薄いかも知れんがな。  頭の良い彼女からは素晴らしき魔法を教わった恩もあるが、それは命を救っ  た恩で帳消しだろう。うむ。  まあそんな事よりも今は魚、新たな食材で動物性蛋白質の方が大事だ。 「(くく、魚か。)」  私は此処に来て新たな食材、魚類に胸を。それを調理して作った料理の、  その先で見られるであろう笑顔に。独り心を踊らせる───  ───意図せずまた賑やかに成ってしまった朝食も終わり、私は出掛ける  為の準備、と言っても寒さに強いらしい便利なこの体。村人然とした服の  上に黒のロングコートを羽織るだけだ。それも済ませ玄関で待つ私の側。 「釣りに行く前に家に寄るゴブ。道具が居るゴブからね。」 「昨日行った所だね?」 「そうゴブそうゴブ。」  ゴブリンのニコとオディ少年が会話を楽しんでいる。既に準備を終えたこの  三人だけで釣りに行く訳では無い。 「お待たせしました。」 「何で……。何で私まで行くのよ、クソ寒い中に……。」 「良いじゃない。きっと楽しいわよ。」 「……ッチ。」 「おー露骨な舌打ちねー。」  二階からイリサ、少女エファ、リベルテの三人が姿を現し。それぞれが  靴を履き始める。した事がした事だけに孤立しがちで、自らも一人に成り  たがるサキュバスな少女。それに何故かリベルテは良く構う。悪魔の姿を  見たのにああも接する事が出来るとは、彼女の気質やコミュニケーション  能力の高さには甚く驚かされる。しかしそのお陰で私としても助かってい  る思いだ。リベルテは悪魔な少女のみ成らず私の本当の姿も見ている。  同じく姿を見たサキュバスに私が何かアクションを起こしても、大概は恐怖  や力に依る所の反応が大きい。時間が経てば馴れる、或いは馴れずとも良い  とは思っている、いるが。やはり見た目が少女では思う所も出てくるさ。  しかしそれをリベルテには感じずに済む事、それを私は嬉しく思う。今まで  同じ家で生活してきた彼女に怯えられるのは少し───ああ、それはリベル  テも同じなのか? 彼女の場合は見た目からだろうが、だから彼女は悪魔少女  に構うのかも知れない。……ふ。この考え方を人間的、っと言うのかな。 「……。」 「お父さん?」  感慨に耽っているとクロドアを抱くイリサが声を掛けて来た。私は一度  (かぶり)を振り。 「いや何でも無いよ。準備が出来たのなら行こうか。」  言いながら私はポケットからクリスタルを一つ取り出し、予め魔力を  籠めてあるそれを、イリサが着るコートのポケットに仕舞い込む。 「! ありがとうございます。お父さん。」  身が暖まる笑顔を浮かべたイリサ、その返事を聞き。私達は自宅に  行き倒れ女性を一人残し、自宅を後にしては一度ゴブリンの居住区  へと向かう───  ───ゴブリン居住区。そこでは多くのゴブリン達が暮らし。その  生活風景を覗かせて居た。雪遊びに興じる子供ゴブリンに、見覚えの  ある集団、狩猟組のゴブリン達が焚き火を囲い寛いでいる。  ただの生活風景も彼らがゴブリンとも成れば幻想的だ。尤も、今はもう  慣れ親しんだ隣人たちの寛ぐ姿にしか見えないがな。  そんな中を歩き進みながら私はふと思い出し。 「そうだ、私はタニアに用事があるんだった。オディ君とニコ、荷物を  取って来たらまた広場で合流でも良いか?」 「分かりました。」 「了解ゴブ~。」  オディ少年とニコの二人と分かれ、女子三人を連れてはタニアの下へ  向かう。  其処でタニアに行き倒れ女性の話を伝えては、他のゴブリンにもそれと  なく話してくれる事と成り。これであの行き倒れ女性が村に残る事の、  懸案事項の一つが片付いた。  その後。タニアとイリサ達が雑談を交わし、木の実で作る液体の話をし  ている間。私は近くに居た狩猟組ゴブリンと少し話をしては。彼らと別れ  を済ませ。再び移住区の広場へと戻る事に。 「(タニアの側に居たあのゴブリン。あれが頼み事の成果か?)」  道中私はタニアの側に居た一人の女性ゴブリンを思う。休みの間に  と言っては見たが、どうやら見付かったらしいな。後は上手く行く事を  願うだけ。そうして広場で待っていると。 「お待たせゴブー!」  向こうからニコが此方に歩いて来る。その隣には少年の姿、それと。 「ヴィクトル? それにコスタスも。」  何故かヴィクトルとコスタスの姿も。彼らは釣具を手に持ち此方へ歩き。 「親方。釣りに行くんだろう?」 「ああ。ヴィクトル達も一緒に?」 「構わないか?」 「此方は構わないよ。」  畑の使用率を縮小させたので、農業組にも休みを取らせている。なので  必然的にヴィクトルも休みの日が多くなり。彼らを護衛して居たコスタス達  武装組も然り。しかし意外だ、彼らも釣りに興味があるとは。 「魚。」 「?」 「魚は、嫌いじゃない。」 「オレもゴブ。」 「……成る程。」  興味深そうに見詰める私に二人が応える。その答えすら意外過ぎる物  だが、それまで悟らせるのは失礼だろう。なので私は彼が持つ釣具の  一部を引き取り。 「それじゃあ案内してくれるか? ニコ。」 「まっかせるゴブ。」  そうして私達はニコの案内の下、村を離れ釣り場へと向かう事に  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇  村を出て雪深い森を歩く。村の中に降り注いだ雪や、メンヒで見た雪原。  どれも新鮮で美しく映った物だが。この、森の中に降り積もった景色も  また素晴らしい。見上げれば木々は雪を被り、道らしきは全て厚い雪の  層が行く手を阻み。その高さは私の膝ほどと言った所。なので。 「いやぁ楽ちんゴブ。あ、あっちゴブ。」  前を歩くオーク。その両肩にはゴブリンが二人。彼らではこの積雪の  中を歩くのは厳しい。しかしそれは背の低い少年少女も同じで。 「上で燥ぐな。」 「わー凄い積もってますね。」  オークの両腕には少年少女が抱かれて居た。彼を抱き上げたオークに  代わり、私が釣具を全て持ち、リベルテや少年少女がその他を手に。  そうして皆で歩き進む事暫く。 「あ、見えて来ましたね。」 「おおーどれどれ。」  イリサとリベルテが同時に言葉を零す。そのまま進むと。 「これはまた……凄いな。」  広く、広く開けた場所には積もった雪が続き。しかし他よりも積雪量が  少ない。円状に広がるその場所。  ニコの案内の下辿り着いたのは大きく開けた場所。湖の様な場所だっ  た───
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