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第六十七話 冬の恵み
───不可思議な取り合わせの一行が姿を現したのは、冷たく凍った湖。
雪の積もった道をニコの案内の下。魚が釣れそうだと言う湖を目指し歩き
進めば、辿り着いたのは円形に近い形の大きな湖。それまで歩いて来た場
所とは違い低く積もる雪。私は湖と林の堺付近でしゃがみ込み、雪を手で
退けて見れば。
「おお。」
暗い青色をした氷が広がっていた。不思議な事に氷は透き通り、眼下には
閉ざされた水底。見渡せば魚の影のような物が動き、雪を退けた事で一筋の
光が差し込む。閉じた世界のその美しさたるや。自然に近い今のこの生活には
こう言った喜びや驚きが多々あり、私に見も知らぬ感動を与えてくれる。
「うわぁ……。本当に凍ってるじゃない。」
退けた雪の下。湖を覆っているであろう氷を私の背越しに覗き見たリベルテが
“ブルッ”と体を一つ震わせ。肩を抱いては覗く姿勢から身を引く。彼女は寒
いのが苦手との事だったので、その反応も理解出来る。しかしそれなら何故こ
の氷釣りに付いて来たのだろうか?
「それで? 此処でどうやって釣りを?」
尋ねる彼女の口元には少しの笑みが浮かぶ。
成る程、寒いのは嫌だが釣りがしてみたいと。納得しながら立ち上がり。
「そうですねまずは……。」
私は側に降ろした、村から持って来た道具の内。氷に穴を空ける道具を
持っては凍る湖の上へ一歩。
「……。(緊張するなぁ。)」
それから暫く氷の上を歩き踏みしめ。氷が薄くない事を確認しては手に
持った道具、螺旋状の錐を回し穴を開ける。
この道具はゴブリン達の物ではなく廃村に元々合った物。つまりあの村の
元住人たちは氷釣りをしていたのだろう、が。生憎狩猟小屋に置いてあった
技術書には釣りに関する事は書かれていなかった。村にある本は全て私の
下に集めたはずなので、釣りは口伝か何かだったのだろう。惜しいなぁ。
本に残してくれればと思いながら作業を進め。氷に開けた穴の深さを考える
に……大丈夫そうだな。私は穴から道具を引き上げ。
「氷の厚み的に割れる事は無さそうだ。」
林の方で待たせていた皆に合図を送る。するとヴィクトルがそれまで抱えて
いたゴブリンと少年少女を降ろし、イリサとリベルテが此方に近付いてくる。
二人に遅れヴィクトル達も氷の上へ。そして。
「んじゃ釣るゴブよ!」
元気良く意気込むニコが一声上げては辺りを暫し見渡し。
「……あっこ! あっこが良いゴブよー! オディ、コスタス! 行くゴブ!」
「うん!」
「オマエの勘はあんまり信用出来ないゴブ……。あ、置いてくなゴブッ。」
そう言っては駆け出すゴブリン二人と少年一人。風の子だなぁ。彼らの後ろ
姿を見送っていればその後を追おうとするヴィクトル。私は彼を呼び止め。
「これを持ってくと良い。」
片手で四人分の釣り道具を担ぐヴィクトルへ、薄赤色のクリスタルを一つ
手渡す。
「良いのか?」
「構わない。此方にも一つ在るからな。それが切れる頃を引き上げ時の一つ
としよう。」
「了解だ。では行ってくる。」
「ああ。大漁を祈ってるよ。」
ヴィクトルが一つ頷いて見せてはそのままニコ達を追い。
私は振り返り。
「それじゃあ私達も釣りをしよう。」
「はい。」
クロドアを抱くイリサが側で返事を返し、リベルテと少女エファの二人が。
「彼処ら辺が良さそうじゃない? それとももっと奥とか?」
「どっちでも良いしどうでも良い。……でも多分あっちの方だと思う。」
等と会話を繰り広げ。少し遠くではヴィクトルがニコ達に応援されながら
氷に穴を開けている。これはかの有名なワカサギ釣りの様なものだろうな。
まさか自分がそんな事を出来る日が来ようとは……。
想像だに出来なかった今に感慨を感じつつ、何時までも決められる様子の
無い二人を置いて。私はイリサに場所選んでもらい其処へと向かう───
───木製の小さな椅子を三人分氷の置いては、女性三人を座らせ。
氷に穴を開けては釣りをする私達。開けた穴は四つで二つは私とイリサ、
もう二つはリベルテとエファが使用している。因みにイリサと他二人の席は
近く、それが何故と言われればイリサに持たせたクリスタルが原因だろう。
ヴィクトルに預けた物同様此方にも私が魔力を籠め、イリサの周りは暖かな
空気に包まれている。とは言えそれも足元の雪や氷を解かす程ではないがな。
そんな強力な物を作れば、忽ちクリスタルが劣化してしまう。
そう、劣化するのだクリスタルが。風呂を沸かすために作ったクリスタル。
あれの製作経験を応用してこれを作ったのだが、どうも高い熱量を保って
広範囲をとすると、クリスタルが持たないのだ。一回二回の使用でクリスタ
ルが灰色化してはヒビまで入り。それでもと三回目の使用ではとうとう砕け
散ってしまった。
「(砕けたクリスタルの掃除が大変だったな。)」
百パーセント感覚に寄った魔道具、魔法制作で分かった事だが。魔法には
相性、容量等と言った物があるのだろう。それを加味して制作しなければ
複雑な魔法や、魔道具の制作は不可能。出来たとしてもそれは欠陥品。
この前の短剣式火炎放射モドキが良い例だ。しかしそれらの問題、そう問題を
問題と捉えるための魔法が遂に私に……ふふ。
これからの夜間活動。それへ思いを馳せれば笑みが浮かんでしまう。私は
笑みを浮かべながら、氷の穴へと垂らした糸を見遣るも。糸は揺れる様子も
無くただ其処にある。あの糸の先には針と共に、何かが塗り込まれた丈夫な
葉っぱを細長く丸めて作ったらしい、ゴブリン族お手製の疑似餌が付いている。
こんな物で釣れるのかと思えば。
「おっ。これ来たんじゃない!」
「えぇ……。またアン───リベルテお姉さまが? どうしてそんな釣れん
のよ? ……あ、来たた来た! どどどどうすればいいのっ!?」
「エファはどうして毎回そんな焦るのっ! 落ち着いてゆっくり───!」
私とイリサに背中を向けて座るリベルテが魚を釣り上げ、彼女の隣で少女
エファが釣られた魚にたじろいで居た。これが釣れるのだから意外で面白い。
しかも釣れる魚には大ぶりな物も。氷に開けた穴が大きすぎたかと思ったが、
大きめに開けて良かったな。
「ふふ。あ、此方にも来ましたね。」
隣で笑うイリサの釣り糸も揺れ、釣り上げた魚を私が針から外し。村を出る
前に狩猟組ゴブリンに教わった絞め方で絞め、血抜きを施してはイリサの側。
積もった雪へとその身を埋めてやる。そのイリサはこれで既に六匹目。
「此方二人合わせて四匹なのに、イリサは凄いわねー。」
後ろでエファの釣り針から魚を取っているリベルテが呟く。因みに彼女達の
内訳はリベルテが三でエファが一だ。
「何かコツとかあるの?」
「コツ、ですか? んー……自分の気配を消す、でしょうか。ヒトの気配が
したら獲物は掛かりませんからね。」
「……思った以上に玄人っぽいアドバイスが帰って来たわね。」
「そ、そうでしょうか?」
気配を消す、か。獲物に人の気配を気取らせないは大切だろう、勿論私も
その積り。なのだが。
「……。」
自分の側に釣り上げた魚は一匹も居ない。意味が正しいかは分からぬが、
このままでは私はボウズに成りそうだな。いや既に今がボウズか。私は
何も置かれて居ない雪の上から隣へ視線を移す。
「……!」
隣ではイリサがじっと釣り糸を見遣っていた、が。私の視線に気が付き
此方へ笑みを。私も笑みを返し、邪魔をしてはと思い視線を後ろへ動かす。
「気配を消す、気配を消す、気配を消す……ってなによ。」
「少なくとも口に出してたら気配は消え無いでしょうね。」
真剣な目で釣り糸を眺める少女エファと呆れ笑うリベルテ。最初あの少女は
釣りに全くの無関心だったのだが。
「……!」
「!」
「!? ……!」
「………。」
少し離れた場所で魚を釣り上げたらしい少年を見ては“ッチ”等と見事な
舌打ちを一つ。どうやら少年に対抗意識がある模様。
私は後ろから前、自らが釣り糸を垂らす穴へ視線を向ける。其処には穴の
中をじっと睨むクロドアの姿。最近やっと私に懐いてきてくれた、ペット
の黒いドラゴン。きっと魚が楽しみなのだろうが……。
「(私が釣れないのはひょっとして───)」
その先は考えない。何だかみっともない言い訳に成りそうだったからな。
しかしそれにしても全く釣れないな……。まあそれでも構わない。
「……。」
今度は気が付かれないよう気を付け、再び隣のイリサを見遣るも。
「! ふふ。」
何故か必ずバレてしまい。その都度此方に愛らしい笑みを浮かべるイリサ。
気配を殺すのが不得意らしい私は、ただただ笑みを浮かべるばかり。魚が
釣れずとも、それでも。
「(可愛いイリサとこんなにも穏やかな時間を共に過ごせるのなら、ボウズも
悪くは無い───)」
「? あの、お父さん? 糸が引いてますよ?」
「なぬ!?」
見詰めすぎて照れ気味なイリサに言われ、自分の糸を見れば───確かに
揺れていた。それと同時に何かが引っ張る感覚! これか、これなのか!?
私は父の威厳を見せられると思い、本日初当たりに胸を踊ろせながら竿を
軽く引き、その抵抗感を確かめ。
「よっ!」
伝わる抵抗感が弱まった一瞬。竿を引き氷の穴から獲物を釣り上げた。
「………うーん。」
「可愛らしいですね。」
釣り上げたのは小魚。隣のイリサが笑顔でフォロー、いや見たままの
事を言っては。
「ぷっ。ザッコ。」
背後からサキュバスな少女がストレートな感想を零す。私は後ろに視線を
チラリと向け。
「……。」
「ヒュッ!?」
彼女、では無く。彼女が釣り上げた足元の魚を見遣る。確かに釣り上げら
れた一匹。それと自分の獲物を比べる前でもない、私が釣り上げた獲物は
四人の中で一番小物だ。……ううーむ。再び前を向く私の背後。
「っはぁ! はぁはぁはぁ!」
「……アンタも懲りないわねぇ。」
何故か呼吸を荒くするサキュバスと呆れ声のリベルテ。まさか私に睨まれたと
でも思ったのだろうか? あんな事で目くじらを立てる程私は癇癪持ちでは無い
のだが……。恐怖が先行すると関係が難しいな。そう思いながら私は釣った魚を
手元に寄せ、針から取り外し。
「クロドア。」
『?』
「ほら。」
『!』
氷の穴から此方に来た黒いドラゴンに釣り上げた小魚を放る。
本来なら湖に返すべきなのだろうが、今回最初の獲物だ。一匹ぐらいは
良いだろうと思い。辺りに釣り上げられた魚へ手を出さなかった行儀の
良いペットにあげる事にしたのだ。名を呼ばれ近場に放られた小魚へ
黒いドラゴンは飛び付くも。
『!!!』
『っ! っ!』
絞めずに放った小魚はピチピチと跳ね。噛み付けずに苦戦している。
何とも可愛らしき姿だろうと癒やされ気分で見遣っていれば。
『……。』
噛み付くために下ろしていた首を引き上げ、暫しじっと見遣っては。
『!』
『!?』
クロドアは素早く前足で小魚を押さえ付け、暴れる小魚へ牙の生えた口を
近付けては。
『っ!』
『! ……───』
小魚の頭が可動限界を超えた。静かに成った小魚へ満足気に齧り付き
“ガリッ!ガリリッ!”等と音を響かせ美味しそうに食すクロドア。
お、おおう。ペットの勇まし過ぎる絞め方にちょっと驚きつつ。私は
次に小魚を釣った時は湖に返そうと思い、再び氷の穴へと釣り糸を
垂らす───
───湖に張られた氷の上。
イリサ達とまったり釣りを楽しんで居たが。
「……。そろそろ切り上げとしようか。」
イリサに持たせたクリスタル、光の弱まったそれへ魔力を注ぎ直しながら
私は彼女達に話す。帰りの移動時間も考えればここらが潮時だろう。それに
空が怪しくなる前に動きたいからな。私は魔力を注ぎ終えたクリスタルをイリ
サへ手渡しながら。
「はいイリサ。」
「ありがとうございますお父さん。」
「私はヴィクトル達にも帰り支度をするよう伝えてくる。」
「分かりました。」
自分の分を手早く片付けてはその場を離れ。少し遠くで釣りをしていた
ヴィクトル達の下へと近付く。側に近付くと彼らの周りには釣られた魚
が放られており。その量はイリサ達よりも多い。
「随分大漁だな。」
「親方。」
振り返ったヴィクトルが言う。
「ニコもコスタスも得意だからな。それにあの子供も飲み込みが早い。」
言われて見遣れば、オディ少年の側にはゴブリン二人にも負けない獲物の姿。
その少年はと言えば少し離れた場所でゴブリン二人と楽しげに話している様子。
「らしいな。そんな順調そうな所悪いが、そろそろ切り上げよう。」
「分かった。」
彼らに切り上げを伝えた私はイリサ達の下へ戻り、片付けた道具を抱え
ては釣った魚を手に。村へと戻る事に。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
凍る湖から村へと戻り、ゴブリン居住区へ道具の返却と。思いの外釣れた
魚を彼らゴブリンへと分け与える。厳しい冬に得たこの恵みを独り占めす
る積りは無い。まあサキュバスな少女が多少渋っては居たがな。しかしこ
れも村への貢献と話し、助け合うべき住人への譲渡を承諾させた。そうし
て居住区でゴブリン達に魚を分けて居ると。不意にニコが。
「親方ぁ。」
「ん? 何だニコ。」
「今夜この魚使って料理するゴブ?」
「まあその積もりだな。」
「じゃあオイラも食べたいゴブ。」
『じゃあ』って何だ『じゃあ』って。しかしまたストレートに言ってきたな。
もう少し前なら遠慮らしきも見えたと思うんだがなぁ。まあ釣り堀を案内して
くれたのも魚を釣れたのもニコの功績が大きい。ならば断る理由は無い。
「構わない。」
「ヒャッホーウゴッブ!」
大喜びするニコ。その様子を見ていて少し、本当に少しだけ羨ましげに見え
たヴィクトル。ふむ。
「ヴィクトル、良かったら今日夕食を家で過ごさないか?」
「……良いのか?」
「勿論。何時も畑組を任せてるんだ、労う事に躊躇いはないよ。」
「畑は俺が好きでやってる事だ。……だが邪魔じゃないなら。」
「なら決まりだな。」
私は次にイリサ達と話しながら、魚の配給を指示していたタニアへ。
「タニアも今日家に来ないか?」
「え? 良いんですゴブ?」
「今日は大漁だったからね。」
少し悩ましげな様子を見せる彼女に。
「是非一緒に夕食を取りましょう。タニア。」
イリサが笑顔で誘う。
「えっと。それじゃあお邪魔しますゴブ。」
「ああ。」
タニアはイリサの友達でもあるからな。日頃助かっている彼女も労おう。
等と思いタニアを誘えば。ニコが言う。
「親方、コスタスも誘って良いゴブ?」
「別にオレは……。」
「魚は嫌いか?」
驚くコスタス。まさか此処まできて一人を仲間外れにするほど、後味悪く
意地の悪い事もあるまい。それに彼は何時も畑の見回りから警護等など、
それらを統率している。思えば此処に居るのは村の住人の中でも重要な
事を任せている人物達ばかりか。
「好きゴブよなぁ!」
「! 親方様良いゴブ?」
皆良いか聞くとは、行儀や礼が良いのだな。厳つい顔に遠慮を見せる彼へ。
「構わないさ。」
「なら行くゴブ! へへ。」
嬉しそうに笑うコスタス。後から来ると言う彼らを残し、イリサ、リベルテ、
少年少女共に私は、一足先に自宅へと戻る。
ああ、今日の夕飯には力を入れねばな───
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