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第六十八話 幻想的な食卓
───自宅。黒の男が台所に一人立つ。
自宅へ帰って来た私はまずイリサ達に夕食まで休むよう伝え、リベ
ルテにはこっそりと個人的にイリサの側に居るよう頼み。早速本日釣
り上げた獲物を手に台所へ向かう。
台所にてまず魚の入った網を流し台に置いては、包丁などの調理器具を
用意。
「さて。何にするにしてもまずは下処理か。」
魚を一匹網から取り出し。既に湖で血抜きを済ませている魚の鱗を剥が
し腹を割いては、内蔵を取り出し水で中を一度濯ぎ。
「ゴブリン族自家製の酒を振り掛けて、と。」
トレイへ乗せる。本当は塩も振り掛けたい所、しかし塩は砂糖と同じ
ぐらいに貴重も貴重。まあ私の考えでは近い将来解決出来る問題なの
だが……。とは言えそれも確実な物ではない以上今は温存の一手以外に
なし。なので塩は温存し、同様の下処理を釣った獲物全てに施しては。
「次は……そうだな、野菜で良いか。」
食料棚から人参玉ねぎ大根を取り出しては洗い、皮をむいては煮え易い
大きさに切り。大鍋に水を張り酒を加え火にかけ、野菜達を煮込む。
味付けにはゴブリン達が持つ豊富な調味料を使用。彼らが持つ調味料は
辛味に寄った物が大半だが、それでも既に切れ気味の調味料の代わりと
成ってくれている。お陰で味を似せる事は出来るはず。具の種類の少なさ
は如何ともし難いが、それは量で誤魔化すとしてだ。
「野菜を煮ている間に。」
私は下処理を施した魚の中から身が大ぶりな物を選び、一度水で濯いでは
二枚に分け。取れそうな骨を地道に手早く取り除いては、ぶつ切りにして
いき。それを野菜が煮られている鍋へと放り込んで行く。
んー……。恐怖心が調味料の追加を私に促すが、此処は我慢。自分を律し
た私は手を加えるのではなく、予備を作る事に。
鍋の様子を見つつ、下処理を施した魚。中くらいの物を手に取り。
「貴重な調味料。その使い道は此処だろう。」
私は魚の身に塩を塗り込み。魚を貫くように真っ直ぐに木の棒で串刺しに
してはトレイへ。同様の処理を五匹に施した所で。
「ふふん。これはそうそう失敗などしないだろう。」
魚の串焼き。鉄板でありシンプルな調理法のこれならば、例え鍋が失敗
したとしてもメインを飾れる。さて此方は後で焼く事にして、後は。
「トマト、自家製トマトソース……の出番は今回はな……な……。」
暇な時間。魔法を研究する傍ら味の開拓にも着手し、村の畑で収穫した
トマトを水煮にしては調味料を加え。自作してみたトマトソース。試作
品も試作品だが、仮に鍋と串焼きが失敗した場合を考えると……。
魚の残りは小ぶりが二匹。
「……イリサとリベルテの分だけでも確保しようかな。」
私は最後の二匹を二枚ずつに開き。塩と胡椒を振り掛けては、オリーブ
オイルを引いて熱したフライパンに乗せ。焼き色を付けていく。此方なら
トマトソースで誤魔化しも効くだろうと思いながら、魚と言う難度の高い
物の調理を進める。
開きに焼き色も付いた所で裏返し、その隙に鍋を確認。鍋のアクを取っ
ては出汁をスプーンで掬い上げ。
「……。」
一つ味見。……良かった。
「この魚は臭みが出るタイプでも強い訳でも無かった。」
啜った出汁に魚の臭みは無く、薄い味付けも生きている。これなら調味料の
大量追加も必要ないな。ふぅ。
私が“ホッ”と胸を撫で下ろしていると。
「お父さんタニア達が来ましたよ。」
「取り敢えずリビングに通しといたけど、それで良かったかしら?」
イリサとリベルテが台所に姿を現した。ふむふむ。
「ええ大丈夫ですよ。序で申し訳ないのですが、二人に食器の方を頼ん
でも良いかな?」
「はい勿論です。」
「了ー解。」
知らせに来てくれた二人に食器を頼み。私はフライパンで焼いている
魚の焼き加減を確かめ。貴重なバターを少量加え、言い焼き色が付いた
頃。レトロ故に火加減が難しい竈からフライパンを上げて。
「次はサブに変わった串焼きだな。」
下処理の済んだ串焼きへと取り掛かる。と言ってもコレ、今から焼いた
のでは時間が掛かり過ぎるだろう。なのでここいらで特別で便利な力を
使う事としよう。私は串焼き五本を手に持ち台所の裏口から外へ。
出た外には雪が降り下り。空を見上げては今日も吹雪くのかと一瞬思う。
直ぐに上げた頭を下ろし、外に出た目的を果たすため地面に串を刺しては
側にしゃがみ込み。身の内で魔力、そして火力調整をイメージ。そして。
「マギア・フロガ・アマナ」
握った手を、手首を撚る様に振っては開き。飛び出た魔法の炎が串刺し
魚を通過。通過した炎は直ぐ様消え去り。はてさて効果のほどは如何かな?
「お、おお。それっぽい、か?」
炎が通り過ぎた後にはこんがり焼けた串焼き魚の姿。魚の目は白く、身には
薄くきつね色を覗かせている。この見た目だけで言えば大変美味しそうにも
見える、が。問題は中身だ。一回で外側がこれだけ焼けてしまったのだ、二回
目では黒焦げに成るだろうな。私はそう考えながら一つを手に取り確かめよう
とした所。
「もう皆食べてるゴブ?」
「!」
不意に声を掛けられる。掛けられた方へ顔を向ければ、其処に居たのはニコ。
タニア達とリビングに居ると思っていたが、何故此処に? 疑問に思いながら
ニコを見遣れば、その手には大きな魚を両手で一匹抱え立ち尽くして居ると
分かり。私が手に持つそれへ視線を送ると。
「これは今日一番の獲物ゴブ。だから皆が親方にって持たされたゴブ。」
「ああー……。」
狩猟組や農業組は食料を我が家に届けてくれるのだが、時折獲った獲物丸々
とか、籠一杯に野菜を詰めた物などが届いたりしており。それは所謂神への
お供え物に近い。そんな物は受け取りたくないが、物には神へ捧ぐ気持ちの
他に、彼らからの純粋な気持ち。感謝も籠められているのだろう。そう思えば
突き返すのもと考え今までは黙認してきた、が。
「今日は此方も大量だしなぁ。」
「?」
ただ突き返しては彼らに悪いし、それで此方の機嫌を損ねられてると思われ
るのも困り物。……ならちょっと手を加えるとするか。考えを纏めた私は疑
問げに此方を見詰めるニコへ、手にしていた串を差し出しながら。
「ニコ。これをやるから一つ頼まれてくれるか?」
「何か分からないけど、それを食べていいなら何でもするゴブ。」
「よし。じゃあコレを。」
私はニコから魚を片手に受け取り、代わりに串焼き魚を渡す。渡された
串焼き魚に早速齧りつくニコを見た私は。
「骨には気をつけ───」
「……ッ!(バリバリと齧るゴブリン。)」
ゴブリンに骨の心配は無さそうだ。そして齧られる魚の身が白く、
湯気を零す様を見るに中も火が通っているな。私は確認すべき事を
確認してたので、残りの串を手に持ち台所へ戻り。出来がった料理の
火を止め、食器を此方に持ってきたくれたイリサに大皿と中皿を一つ
追加で頼んでは。
「───ま、これで良いだろう。」
贈り物だからだろうか、下処理の済んでいたらしい貰った大物を手早く
解体しては刺し身へ。刺し身の上に調味料開発で作り出した、自家製
ポン酢モドキを振り掛け。一部を別皿に、大部分を大皿へ乗せては。
大皿を手に持ち裏口から外へ。
「ニコ。これを彼らに何時もの礼と言って渡してきてくれ。」
「分かったゴブ。」
「受け取りを渋ったら置いて逃げて来い。」
「了解ゴブ!」
言いながらニコから魚の消えた串を受け取り、入れ替えで大皿を渡す。
皿を受け取ったニコは頭上に抱えながら足早にその場を去って行く。
礼と言われれば彼らも受け取り拒否は出来まい。遠慮してもニコのあの
様子なら置いてとっと帰ってくるだろうしな。
私が去るニコの後ろ姿を、転ばぬかとやや心配げに見詰めるその背中へ。
「お父さん次はどうしますかー?」
裏口からイリサの声が掛かる。
「ああ次は───」
私は裏口から再び台所へ戻り。手伝いに現れたイリサとリベルテらと共に、
料理の盛り付けを行う事に。手際の良い二人のお陰で盛り付けも順調で、
串焼きに振り絞る用のレモンや飲み物を等を用意している。そんな台所へ。
「親方。」
以外な人物が現れた。それは赤銅色の肌持つオーク、ヴィクトルだ。
彼はゴブリンよりも数段厳つい顔に僅かな遠慮を見せつつ。
「何か手伝うか?」
身長が大きく筋骨逞しいオークが。台所とリビングの境で、身長故に首を
曲げている、あのオークが。台所に来ては手伝いが無いかと聞きに来た。
そんなシチュエーションに遭遇、ど頃か当事者として参加した事に思わず
吹き出しそうになる。だが既の所で自分の息を押し殺す事に。
何も馬鹿にした笑いでもないので零しても良かったのが、今の対応としては
失礼極まるだろう。
「……っ。それじゃあ鍋をリビングのテーブルに運んでも貰っても良いか?」
「鍋、これか?」
「ああ。」
「んじゃアタシは串焼きを持ってくわね。」
「お願いしますリベルテさん。」
ヴィクトルに鍋掴みを二つ渡し鍋を運んでもらう。しかしこれが不味かった。
鍋掴みを手に鍋を運ぶオークの後ろ姿。ああ何てファンタジーだ全く。貴重な
ファンタジー世界の住人に私は一体何をさせているのか。
「……。」
少し前まで乏しいと思ったファンタジー要素。しかしやっぱり異世界なのだな
と再認識出来た私は。不意に隣からの視線を感じ。視線の主、イリサへ。
「どうかしたかい?」
「あ、いえ。何だかお父さんが楽しそうで、ふふ。それを眺められるのが私も
嬉しくて。」
顔に出てたか。“危ない危ない”と思いながら私は頬を一度摩り。
「……此方も済ませてしまおうか。」
「はいっ!」
笑顔のイリサを隣に、私は最後の料理。魚のソテーを皿に乗せ、自家製
トマトソースをフライパンで一瞬煮立たせてはソテーに掛け。後は香り
付けに香る刻み葉を少量振り掛け完成だ。イリサとリベルテの分として
もう二つ余分に作った分は、タニアか誰かに食べさせるとするかな。よし。
「半分は私が持つからイリサは残りを頼むよ。」
「……凄く美味しそうです。」
「そうかい?」
「はい。とても、とっても美味しそうで、思わず顔がにやけてしまいます。
お父さんが作ってくれる料理は何時も笑顔が溢れる料理ですね。」
言いながら上品にも薄く笑みを浮かべるイリサ。その表情に、言葉に私も
笑顔を零さずには居られなかった。そうしてほんの一時互いに笑みを交わし
合い、私達は料理を手にリビングへと向かう───
───リビングには既に人々が集まり。大きなリビングテーブルには
サキュバスな少女と、何時の間にか来ていたあの女性。魔法研究者が
机に突っ伏し。対面にはリベルテとタニア。私は彼女たちの前に魚の
ソテーを並べ置き。
「うわ美味そう。」
「綺麗ですゴブねー。」
「ふふ。きっと美味しいですよ。」
前に置かれた料理にリベルテとタニアが嬉しい感想を零し、イリサが
期待を上げる。リビングデーブルは八人分の余裕があるが、今回座ってい
るのは五人。他はヴィクトルに二階から降ろして貰った丸テーブルを二つ、
リビングへと置き。それにコスタス、ニコ、オディ少年。もう一つには
ヴィクトルだ。ふむ、料理も人も揃ったな。
「それじゃあいただこうか。」
「「「「はーい!」」」」
過去最高人数での夕食の始まりだ。
私は鍋から料理を器によそい。まずイリサ達のグループへ渡し、次に
大きめな器にヴィクトルの分をよそってはニコ達の分を。そして自分の
分をよそってはヴィクトルが座る向かいに置き。次に串焼き魚をヴィク
トルとニコ達の分を取り分けては、ヴィクトルの対面席へ腰を下ろす。
ふう、これでもうすべき事も無いな。今日は既にクロドアにも焼いた
小魚を出してあるし。
「(やっと一息だ。)」
椅子に背を預けた私は気持ちを少し解し、イリサ達のテーブルをチラリ。
視線の先では煮魚を食べている所らしく。
「おいひ~。あぁ~あったまるぅ~。」
「あはは。リベルテ何ですかそれ?」
「ちょ、そんな綺麗に笑わないでよ。肌寒い中でこう言うの食べると、皆
こうなるのよ。ほら、イリサも食べてみなさいって。」
「……っ。はふ。!」
「ほらー!」
リベルテの“ふにゃっ”とした言葉にイリサが笑みを零し、愛らしい様子を
見せている。微笑ましき二人のやり取りを冷めた表情、と言っても目は髪で
隠れ見えず、雰囲気でだが。それを向けて居た対面の少女が一言。
「やっぱ人間ってバカだわ。ゴブリンのアンタもそう思うでしょ?」
「ッ!?」
急に話を振られ驚くタニア。タニアは口に物を含んでいるらしく、リベルテ
と少女の間で視線を行ったり来たり。それに構わないサキュバスが鍋の具を
一口。
「……ほぁ。」
「「「……。」」」
「……違うから。お前ら、んんっ。お姉さま方とは違うから。ほんと、そう
言うんじゃないから。」
笑みを浮かべるイリサ、リベルテ、タニア。その様子に苦虫を噛み潰した
ような表情を浮かべる少女。四人とも楽しめている様子で何より何より。
さてあの席にはもう一人、あの魔法研究者が居るのだが。
「………。」
彼女は周りを気にせず具を観察しては一口。等とマイペースに食事をしている。
食が進んでいる所を見るに味は問題ないのだろう。おまけにサキュバスと分ける
よう言ったソテーを、こっそり自分の方へと寄せているのだからな。
私は納得しては満足気に反対の席。二階から降ろした丸テーブルを囲む三人へと
視線を動かす。
「あ、これオイラが釣った魚ゴブー。」
「? 何でそんな事がオマエに分かるんだゴブ?」
「模様に覚えがあるからに決まってるゴブよ。」
「……そんなモンいちいち覚えてる奴は───」
「あ!これボクが釣った魚だよ!」
「おお本当ゴブかっ!」
「……。」
少年の言葉に喋りを失うコスタス。彼は何となしに分けられた器の中を探し。
「いやぁ~流石オイラとオディゴブ。あれ?コスタスは無いゴブゥ~?」
「バカバカしい。こんな事で勝ち誇るなゴブ。」
「ご、ごめんなさい。」
「!? オ、オマエじゃないゴブっ。」
「言葉が乱暴ゴブねコスタスゥ~。」
煽られ表情を消したコスタスが、ニコの手元から魚の串焼きを奪い取り。
「あぁ!それはオイラのゴブよ!」
「ウルサイ! オマエはさっき親方様から貰ったと言ってたゴブ!」
奪った串焼き半分に齧り付いたコスタスが。
「……っ! ほひ!」
「え? ええ!?」
残りをオディ少年へと放り。それを『此方ゴブ!』とか『渡さなくて良い
ゴブ!』等と言葉が飛び、至極困った表情で固まる少年。
あちらはあちらで楽しそうだな。食べ物を投げたりするのは感心出来ないが、
今この一時は見逃そう。私は左右に飛ばした視線を元に戻す。
「……っ! ………。」
正面ではヴィクトルが魚の串焼き。それを頭から噛み千切り“バリバリ”と
豪快に食している。うーん本来頭は食べないと思うのだが、これは種族の違
いか。思えばゴブリンも頭から食ってたな。等と、見ていて気持ちの良い食いっ
ぷりを見詰め思っていれば。
「? どうかしたか?」
「いやすまない。自分の作った物を食べられていると思うと、つい視線がな。
気に触ったか?」
「そうか。俺は気にしてない。」
視線に気が付かれた私は彼に弁明を口にする。気分を害してはと思ったが、
どうやらそんな事も無かった様子。とは言え人の食事をジロジロ見るのは失礼
だったな。私は謝罪の意味も含め。
「魚が嫌いじゃないなら此方の刺し身も食べてみるか?」
私は貢ぎ物として送られた大物の、その一部を自分用にした刺し身。それの
乗った皿を彼の方へと押し寄せる。
「良いのか?」
「勿論。」
「なら頂く。……。」
しかし彼は皿に乗った私が作った木の箸に苦戦。彼が刺さずに使ったのは、
私が先に普通に使っていたのを見たからなのだろう。
「別に使い方を気にしなくて良い。素手でも食ってもそれで刺して構わない。
自分が食べやすい食べ方、美味いと感じられる食べ方で頼むよ。」
「分かった。」
返事をした彼は手にした箸で刺し身を突き刺し。それを口へと運ぶ。
彼は箸の使い方など知らぬのだから強制させる必要はなし。そもそも
種族が違うのだ、美味しく食べれる食べ方で食してもらう方が、作った
私も嬉しいと言うもの。勿論行儀は良い方に限るが、オークもゴブリンも
食べ方は汚くない。なので私は特に彼らと食を囲む際には何も言わないのだ。
「……美味い。」
「だろう? まだ欲しいなら半分だけやるぞ。」
「貰おう。」
即答な彼に少し笑みが溢れる。私は予備で持ってきた小皿に分けよそい彼の
側へ。すると彼は体を横へ捻り、テーブル横から何かを手に取り。
「礼だ。」
「これは……。酒か?」
「ああ。俺が作った酒だ。」
ヴィクトルが丸テーブルに乗せたのは、注ぎ口に布の巻かれたガラス瓶。
その丸みのある部分には液体が満たされており。中の液体は赤黒い。
オークの作った酒とは、中々凄い物を出されたな。
「ちょっとそれっ!?」
突然サキュバスな少女、エファが此方のテーブルに駆け寄り。テーブル
上に置かれた酒をマジマジ見詰めては、注ぎ口に鼻を少し近付け。
「間違いない。これは血酒……。幻のブラッドワインじゃない! 何で
こんな物を───!」
彼女は酒と、酒を取り出したヴィクトルを交互に見遣り。
「よく見たらアンタ……ブラッドオークだったの!?」
「? レッドオークじゃないのか?」
「ああ人間はそう呼ぶのね。えぇー……アンタブラッドオーク
だったの……。」
困惑した様子の少女。種族違いで呼び方も変わるのか。また興味深い。
私はテーブルに齧りつき、酒をキラキラ光る目で見詰める少女から
視線を正面へ向け。
「……因みにどうやってこれを?」
「それは一族の秘密なんだが……。」
ヴィクトルは渋る様子を見せるも、押せば話してくれそうだ。
一族の秘密とは胸踊るキーワードじゃないか。しかし彼はこの村の良き
隣人。であれば。
「なら製法は話さなくて良い。代わりに血が入ってるかどうかだけ
でも教えてくれないか?」
「入ってない。そう見えるだけだ。」
ヴィクトルがそう言葉を発した瞬間。
「うっそ入ってないのっ!?」
今日一番の大声で驚くサキュバスな少女。まあこの見た目なら入ってると
思うな。だから私も聞いたのだが、しかしそこまで驚くか? 等と思って
いれば。
「まあ良いわ。アタシにも頂戴。」
満面の笑みで等と言い出し。
「こら。子供がお酒何て駄目に決まってるでしょ。ほら此方に戻る、
アンラさん達の邪魔しないの。」
「はぁ!? いやアタシはオマエよりもずっと───!」
リベルテに引きずられて行くサキュバスな少女。私は一度被りを振っては。
「そうか。それが分かれば満足だ。」
血のように見えたが、そう見えるだけか。なら問題ないな。
「助かる。後これは一度に多く飲まない方が良い。」
「成る程? ……ちょっと待っててくれ。」
言いながら私は席を立ち。リビングに置かれた食器棚からショット
グラスを二つ手に取り席へと戻り。一つを自分へ、もう一つを彼の
前に置き。
「酒は誰かと飲むほうが美味い。それも食事時なら尚更。」
一瞬ヴィクトルが目を見開いては、深く一つ頷く。私は早速彼の
グラスに一杯を注ぎ、酒を置き。彼が私に一杯を注いだ所で。
「「……。」」
何も言わず。二人で同時にグラスを一度相手へ小さく傾けては、
中に注がれた赤黒い液体を飲み込む。
「(お。おおお。おおおおおー……。)」
見た目とは裏腹に喉越しは甚く爽やかで、口の中で香るそれは不思議その物。
後味を残さない代わりに胃にひんやりとした感覚を放ち存在感を示し。
なのに体が火照ると言うチグハグな感覚。だが、だが違和感や嫌悪感は全く
無い。不可思議極まる飲み物だ……。これが魅力と言う訳か、成る程成る程。
「オーク以外で。」
「?」
「オーク以外で初めてコイツを口にして。吹き出さなかったのを俺は初めて
見る。」
「へぇー……。」
彼の言わんとする事は分かる。これはアルコールの、その度数が高いのだろう。
だと言うのに胃にはひんやりとした感覚があるのだから面白い。私が吹き出さな
かったのは奇跡だな。或いは私自身酒に強かったか。まあ、そんな事はどうでも
良い。今はもう一杯を楽しむとしよう。
そうして、私は彼と酒を交わし。リビングでは笑い声などが響き。
賑やかで暖かい、夕食の一時が過ぎて行った───
───大変楽しい夕食後。見送りの玄関にて。
「「「「………。」」」」
扉を開けた先では猛烈な吹雪が姿を覗かせている。それに立ち尽くす四人。
ニコ、コスタス、タニア。そしてヴィクトルへ私は。
「今日はもう遅い。泊まっていきなさい。」
声を掛けた。まさかあの中を帰らせる訳にはいくまい。
私の申し出を聞くと。
「やったー! オディ、また一緒ゴブなぁ! よーし今夜もオイラの冒険譚を
聞かせてやるゴブよ!」
「あ、ちょちょ。待ってよニコさん!」
ニコが大喜びでオディ少年と共に部屋へと向かい。
「良いんですゴブ?」
「あんな中を帰れとは言わないさ。」
「ありがとうございますゴブ。」
ゴブリンたちの中でも礼儀正しさがずば抜けているタニアがお礼を口にし。
「ヴィクトルとコスタスも泊まっていきなさい。あの中でも帰れる
だろうが、万が一は怖い。」
帰ろうと考えていたらしい二人へ言葉を飛ばす。すると二人は一度互いの
顔を見合わせ。
「分かった。」
「分かりましたゴブ。」
こうして吹雪に寄り帰れなくなった彼らを泊める事となり。ゴブリンと
オークにはオディ少年の部屋へ。そしてタニアとエファにはリベルテの
部屋へと泊まってもらう事に。それぞれが部屋へと向かい。
「あ、私は書斎で寝ますね。」
最後までその場に残っていた魔法研究者の女性。ドロテアはそう言って
書斎へと向かう。いやまあ彼女には帰る家も割り当てた部屋も無いので
構わない、のだが。
「(何れ何処かの空き家を与える事も考えねばな。)」
去っていく彼女の背を見詰め思う。村には使える家屋が余っているから
な、何れ何処かを見繕おう。私は去った彼女から考えを切り替え、ヴィク
トル達の所に追加の掛け物をと考えながら。
「イリサ。」
「! はい?」
部屋に戻らず隣に居たイリサへ声を掛ける。
「あの様子じゃ書斎は今日使えないだろうから、イリサが望むなら寝る
前に自室で少し話そうか?」
前にイリサは私の話を聞きたいと望まれたので、暇がある時には
話すよう心がけている。そして今日は書斎が使えないと成れば、
魔法の研究も出来ない訳で。つまりは暇なのだ。
「良いんですか?!」
私の提案に大きく驚いたかと思えば。
「んんっ。……是非お話が聞きたい、です。」
「勿論いいよ。なら先に部屋行っててくれるかな? ヴィクトル達に
届け物をしたら私も向かうから。」
「はいっ!」
返事をして二階へと上がって行くイリサを見送る。と、イリサが此方へ一度
振り返り。
「待ってますね。お父さん。」
一言行っては二階へ。ふむ、余程話が楽しいか。まあ別世界の話しだからな、
まるでお伽話を聞かされているのと変わらぬのかも知れない。期待されるのは
嬉しく、今日は何を話そうかと考えながら。私は掛け物をヴィクトル達に届け。
待ち望んでいるイリサの下へと向かう───
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