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第七十話 ユメ
───魚料理を振る舞ってから三日ほど経ち。書斎には瞳孔の開いた
ブロンド女性と何時も通りの黒の男に見詰められる、髪で目の隠れた
少女が一人。
魔法研究者を名乗った女性。悪魔な少女と共に書斎のソファーに
腰掛けたドロテアは、私が話す考えを聞いては。
「もしもそんな事が可能で、実際に実現したいと仰るなら。受け取り側と
送り側。その双方を区別する事が重要になるかと。」
「確かに。」
「……。」
意見を述べてくれる。いや魔法知識を持った者の意見を聞けるなんて、何と
新鮮で有意義な事だろうか。今までは魔術書を読み込んだり等をして独学で
魔法を勉強していたからなぁ。それに今のこの特殊な状況下でもなければ出来
ない魔法の会話でもある。今の話をもし町などの公で話せば捕まりかねない。
新たな魔法の創造。そんな話しなど、な。しかし私の考えを実現するには
やはり。
「送受信の技術が必要な訳か。いやそれ自体が私の生み出したい物か……。」
「送受信、送信と受信? あっはそれそれぇー!」
「………。」
時折異様なテンションへと変貌する彼女、ブロンド女性にも慣れた私は
彼女の隣に座る、目の隠れたサキュバスな少女へ視線を動かし。
「ではサキュバスさん。もう一度頼めますか?」
彼女に先ほどから頼んでいる魔法の行使を再び願う。
彼女から魔法を教えてもらい自ら試行錯誤する方が簡単だが、どうやら
魔法を教わると言うのは私が思ったほど簡単では無いらしい。
魔法の多くは理解度を深めれば自分で行使出来る物が大半だが、中でも
特別な魔法。種族独特の物や古代魔法等と呼ばれる物があるらしく、
それらは単純に理解を深めただけでは会得出来ない模様。私がブロンド
女性から教わったもアレも、彼女が師と仰ぐ存在から一人学んだ魔法だっ
たらしく。曰く古代的魔法の一つだそうな。
古代魔法、実に心震える単語だ。いやもうざっくりと言ってしまおう。
所謂レア魔法だな。そしてサキュバスな少女が持つ魔法も正にそれと
言える。
そう言ったレアな魔法を他者が会得する為には、本人からの魔力譲渡が
取分け重要かつ、教わる側も適正なる物が必要。種族に依る物か個人かは
分からぬが、必ず会得出来る訳では無いらしい。まあそれも試さねば分からん。
なので何れはサキュバスが持つ魔法も会得させて欲しい物だが、今は行使
される魔法への理解度が私にはまだ足りず。何よりも行き成り手と手を触れ
合わせての“魔力の譲渡”をしてもらうのは、流石に難度が高い。ブロンド
女性の時とは違い今は冷静なのがまた。
「(そう言った意味で、他者からのレア魔法習得には意外な難易が存在する
物だ……。)」
「そのサキュバスって呼び方やめ───てくれませんか?」
私が頭の片隅で考え倦ねているとサキュバスな少女。エファが何処か
どんよりとした雰囲気を醸し出しながら話す。
「?」
「サキュバスって呼び方だと偏ったイメージが先行するから、余り好きな
呼び方じゃない。夢魔って呼んでください。」
等と言い。それにブロンド女性が。
「いや夢魔でも十分性的イメージがありますけどね。」
「煩いぞ人間っ! お前らの勝手なイメージで語るな!」
「? 人間意外の種も大半同じ認識ですよ。」
「~~!」
歯を食いしばる様子の悪魔な少女。
サキュバスとは異世界でもそんなイメージなのだな。種族イメージが
テンプレートな事に少しの驚きを感じていると、少女が静かな調子で
語りだす。
「……アタシ達夢魔は他種族から精気を吸うけど、別に性的な行為は
勿論それに偏った夢だけを見せる必要も無いの。ただその方が楽だ
からってだけ。……ま、まあ。中には確かに楽しんじゃってる子も
確かに居るけどね。だけど全員じゃないの。そこが一番大事よ!」
「ふむ。それは確かに失礼だったかも知れないですね。申し訳ない、
以後気を付けます。」
「え゛っ?。あ、ああ。わわ、分かれば別に良い、のですわよ。」
動揺を見せる悪魔な少女。間違った事、失礼な事をしたと分かれば謝る
事も出来るのだが……。うーむ。私に持たれたイメージも大概では?
「今の話で気になったんですけど。そもそも夢魔はどうやってヒトの夢に?
先程から夢を操る魔法を見せてもらってましたが、どうヒトの夢に入り込む
のかがいまいち分かりません。良ければその過程が聞きたいです。」
悩む私にも構わずブロンド女性が質問を飛ばす。
「過程って。別にそんなに特別な事は無いわ。」
「興味があるので是非是非。」
「ま、話してあげる。……と言うか、そもそもアンタ夢魔をどう思ってる
訳?」
「勝手にヒトの夢に入り込んでは性交渉等をして精気を吸う吸血種。
また肉体的交渉でも可。」
言葉を聞いた悪魔な少女からは呆れと嘲笑の気配を感じる。私も
多少似た思いを夢魔族に抱いていたが、ここは口を挟まずに静観だ。
「アンタタイプの人間が言いそうな事ね。いい? そもそも夢に勝手に
入る何て認識が間違いなの。厳密には誰の夢も勝手には入れない、相手に
招いてもらわないと駄目なの。」
なんだかヴァンパイアじみているな。いや家に招かれなければ云々は
ドラキュラの方だったか? これも吸血種と言う括りならではだろうか。
「招く、招くとは一体?」
「簡単な話よ。夜寝る時に思い出してもらうの。」
「意味不明。詳細希望。」
「例えば昼間に魅力的な異性を見たとして、その日寝る一時。或いは
眠っている時にそれを思い出す、胸に浮かべるとするじゃない? その
異性ってのが私達が魅せたモノだったのなら、それが標と成って私達は
招かれる。そうして上手く夢に入れたら、夢主が拒絶をしない様な
夢を魅せてあげて。夢を視て溢れる感情に寄ったエネルギーを頂くの。」
「へぇー……。簡単そうに言いますが、入るためにはより強くイメージして
もらわないと駄目、とかあるので?」
「アンタ鋭いわね。そうよ。夢主に強く思ってもらえばもらうほど、私達は
その夢に入り易くなるの。……まあ。だから呼ばれる為の強い印象付けには、
扇情な格好が実際楽なのよね。」
だろうな。しかしその様なプロセスがあったとは。いや中々面白い話を
聞けたなものだ。そう思いながら見詰める先。悪魔な少女が突然。
「も、もう限界───」
等と言っては腰掛けて居たソファーへしなだれ、そのままずるずると横へ
倒れ伏す。何事かと息を確かめに近付けば。
「……zz」
「眠っ……てる?」
少女エファは“すやすや”寝息を立てていた。急に眠りだすとは一体?
まあ魔法行使は思いの外疲れる物だからなぁ。こうなってはこの少女が
持つ魔法の研究も難しいか。まあこれからどうするかの前に。
「取りえずこの子を部屋に寝せてきます。」
言いながら私は、悪魔とは思えぬ寝顔の少女を担ぎ上げ。書斎の扉を
開けるて廊下へ出る。
「お父さん?」
出た先の廊下にはクロドアを連れたイリサの姿。何か用事があったのだろう
イリサは、私が担ぐ悪魔な少女を見ては。
「あの、どうかされたのですか?」
「ああ。何故か急に眠ってしまって。仕方がないから今から部屋へ運んで
やろうとね。」
事情を説明するとイリサは少し困ったような表情を浮かべては。
「三日ですよ。」
「うん?」
「お父さんが食事時意外、書斎で過ごすように成ってもう三日です。その間
ずっとお二人も同様で、きっと疲れてしまったのでしょう。」
「そんなに経ったのか……。」
カレンダーも無い此処じゃ日付の感覚零だな。いや、これもうそれ以前の
問題か。
「もう。お父さんは平気でも夢魔と人間では限界があるんですよ? 皆が
お父さんの様に丈夫とは限らないんですからね。」
おお、娘に叱られてしまった。これは実に情けない。
「! あの。言い過ぎてしまいました。娘が父を叱るような、責める様な物言い
何て……。」
言いながら落ち込む様子を見せるイリサ。私はイリサへ首を横に一度振って
見せ。
「いいや。今のは凄く良かったよ。」
「え?」
「父が間違えたらそれを叱れる娘。良い事じゃないか。だからイリサ、そん
なに落ち込まず。私がまた間違いや行き過ぎた事をした時は、遠慮なく言っ
て欲しいな。」
娘に叱られる。それは親としては恥ずべき事だろう、だろうが。とても新鮮
で心地の良い物だった。うーむ世の父親達も皆娘に叱られるとこうも喜ばしい
と思うのだろうか? 或いは私だけか……。まあ直すべき所は今後直すとして。
「注意してくれてありがとうイリサ。」
「いえ、そんな……。」
父を叱れる賢しき娘に礼を送る。すると照れた様に頬染め、頭を左右に
揺らしだす。うむ。怒っている時もご機嫌な時も愛らしいイリサだ。
「……どうでも良いけど。下ろすかベッドに運ぶか何方かにしてくれない?」
何時の間に意識を取り戻したのか、肩に担いだ少女が気怠げに呟く。
おっとそうだった。私は彼女を運ぼうとして、一度書斎へ振り向き。
「ドロテアさん。」
「はい。」
「今日明日はお休みです。」
「まだまだ私は行けますよ? 徹夜も可。」
夢魔よりも体力のある人間とは……。等と思いつつ。
「いえ。命を燃やしてまで今研究する必要は無いでしょう。」
「研究とは命を燃やすべきでは?」
「……考え方は自由なのでそれでも構いませんが。」
私は少しだけ語気を意識し。
「貴方は魔を探る旅を道半ばで終える事になりそうですね。残念だ、
永らえてこそ研究や実験に立ち会えると言うのに。」
「お休みなさい。」
そう言って彼女は書斎のソファーで身を横たえる。こう言った扱い方で
問題ないのか。ふむふむ。しかし……んんー此処で寝て欲しくは無いの
だがなぁ。かと言って今は他も無し。暫くは致し方ないとするか。
諦め混じりに書斎の扉を締め、私は担ぐ少女の部屋へと移動する。
「! ありがとうイリサ。」
「いえ。」
移動先には既にイリサが居り、扉を開け待ってくれて居た。私は気配りの
出来る娘にお礼言い。笑みを返すイリサの横を通り部屋の中へ。そして置か
れたベッドの上に少女を寝かせ。
「……。(三日か。)」
行き倒れ女性から得た魔法は素晴らしく。魔法研究の技術力が此処に来て
大きく上がり、その高揚からエファとドロテアの二人を長く付き合わせてし
まった。この悪魔な少女には非人間族としての魔法知識、魔法研究者には
人間としての、そして私の独学魔法知識を照らしわせる等の検証に付き合っ
て貰っていた。お陰で詳細化すべき物や問題点なども分かり、それらを詰め
ようと思ったが……。今日明日は止そう。
私は寝かせた少女に布団をかぶせ部屋を後に。
「お疲れさまです。」
「大した事ないよ。それよりイリサ、何か用があったんじゃないか?」
イリサは書斎を訪ねて来たように見えたので聞いてみる。
「そうでした! 吹雪も落ち着いたので、今まで通りメンヒへ物資を運ぶか
どうするか。それを聞いて来て欲しいとゴブリンさんに頼まれたんです。」
「ふむ……。」
連日の吹雪も落ち着き。最近は緩く雪が降る程度。そろそろメンヒへ物資の
補給再開も考えねばか。私個人の用も丁度出来たし……。そうだな。
「分かった。それは私が直接伝えに行こう。」
「お願いします。」
「多分今日メンヒへ行く事になるけど、イリサはどうするかな?」
「お邪魔でなければ私もお父さんと一緒が良い、です。」
「邪魔など思わないさ。一緒に行こう。」
喜ぶイリサの頬に軽く指で触れ。
「なら準備を───ってもう出来てるのか。それなら早速行こうか。」
「はいっ。」
私は笑顔のイリサを連れては自宅を後にし。ゴブリン達の居住区へと
向かう───
───家を後にしてゴブリンの居住区を訪ねた私は、まず片眼鏡の
ゴブリンからメンヒまでの書き込みの終えた地図を受け取り。その後
メンヒ村への補給班が集まるのを待つ事に。待っている少しの間、私は
書き込みの済んだ地図を少し眺め。
「(これは面白いな。)」
村周辺の書き込みが済んだ地図には、何故か私が喚ばれたあの神殿らしき
は一切描かれていない。神殿らしきが在った場所にはただ木々が描かれる
ばかり。
「(地図製作のゴブリンに神殿が見付かった場合の言い訳を考えていたが、
これはイリサが居た森小屋同様何かしらの魔法が掛かっているのか?)」
これだけ見付からない、見付けられないのなら多分そうなのだろう。しかし
だとすれば誰が、或いは何故そんな魔法が? ……まあ見付からないのは私に
とっては都合が良い事か。アレを使われでもしてポンポン誰彼喚ばれては面
倒だからな。寧ろ今後の───
「集まったぞ親方。」
「! ありがとうヴィクトル。」
考え事をしていれば、荷車を引いて現れた赤銅色の肌をしたオーク。
ヴィクトルに声を掛けられる。彼には先程希望を伝え、メンヒへ同行し
てくれるゴブリン達を見繕って貰っていた。なので彼の側には集めら
れたゴブリンが六人居り。彼らは此方に一度頷いて見せ、ヴィクトルが
引いて来た荷車にメンヒへ届ける荷物を積み込み始める。
食料庫は村の中心と此方の居住区に分散して管理にしているので、此方
で準備を済ませられる訳だ。そうしてイリサと共に荷車への積み込みを
眺めていれば。
「あら? 彼処に居るのはリベルテですね。」
「……本当だ。」
隣のイリサが遠目にリベルテを見付けた。彼女は此方に気が付かず、傍らに
はコスタスと数人のゴブリンの姿。他は知らぬが彼女とコスタスは仲が余り
良くは無いと思っていたが……。良く分からんな。一先ず面倒事が置きそう
にないなら特に気にせずとも良いだろう。
「アンラさん!」
遠目にリベルテを見ているとオディ少年が駆け寄って来る。
「あの、これからメンヒに行かれるんですよね?」
「ああ。」
彼も此方に来ていたのか。私が聞かれた事に応えると、少年は少し
悩ましげな表情を見せたかと思えば。
「それにボクも付いて行っても良いですか?」
意外な頼み事を口にした。人手はあった方が良いのだろうが、子供一人の
手ではたかが知れている。……まあ良いか。
「構わないよ。」
「! ありがとうございますっ!」
頭を下げる少年。子供を連れているだけでも印象は良いからな。それに
この少年は行儀も良い。あの村への印象付けには最適だろう。ふふ。
「親方。積み込みが終わったぞ。」
「分かった。それじゃあ行こう。」
私はイリサへ一度目配せを送り。クロドアを抱いたイリサが微笑み混じり
頷いて見せる。メンヒへと荷物を届けるメンバーは私とイリサ、それにゴブ
リンが六人にオークが一人。それとオディ少年だ。このメンバーでメンヒを
目指し、物資を乗せた荷車を引いては村を後に。
雪をかき分け進み見目指すはメンヒ───
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