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第七十一話 悪の考え
───メンヒを目指し村を出発した黒の男の一団。彼らが森を
抜けると其処には、何処までも続きそうな真っ白な雪原が姿を現す。
森を抜け雪原へと出た私は遠目に見えるメンヒを確認。
「……。(此処から見える限りは平穏そうだな。)」
半壊にも焼け野原にも成っていないメンヒの姿に一安心だ。
とは言えあの行き倒れ女性がメンヒで何をしたか分かった物では無い。
今回の配達はそれを確かめる意味合いも含めての物。ファーストコン
タクトは慎重に言葉を選ぶとするか。メンヒとは良い関係でいたいからな。
「皆。もう少しだ。」
私は後ろへ振り返り。荷車を引くオークや手伝いのゴブリンへ合図を
送り、隣に並ぶイリサを連れもう一息なメンヒへと向かう。
森の中よりも進みやすい雪原を歩きメンヒ村の入り口に到着。
村の入り口には篝火が焚かれ見張りの村人が二人。見張りの彼らは近付く
私達に気が付くと。
「魔女様だ。」
「おお魔女様。」
等と呼ぶ。
「こんにちは。吹雪も静かになってきたので物資を届けに来ました。」
「それはありがてぇ。」
「おーい! 誰か手伝いに来てくれー!」
見張りの一人が叫ぶと奥から手伝いの村人が此方に。私は彼らが着くと
同時に。
「ヴィクトル。運び込みを手伝ってくれるか?」
「「!」」
私の言葉を聞き村人の何人かが驚く。
「ああ。」
「「!?」」
二つ返事で承諾するヴィクトルに一層の驚きを見せた村人。しかし驚き
つつもヴィクトルに荷車を押してもらい、彼に村の倉庫を案内する村人達。
オークの姿は配達で既に何度も見ているだろう。だが今までは村の入り口
で荷車を渡すだけだったと、そう聞いている。私にとっては良き村人のヴィ
クトルも、彼らには恐ろしいオークと映るだろうに。
「(なのにあの抵抗感。ふ、順調順調。)」
このメンヒ村の私、いや私達への好感度は素晴らしい成長を遂げているな。
育った恩に満足感を感じながら、去り往くヴィクトル達を見送る。すると。
「魔女様! お出でになってたんですかい!」
「ええ。こんにちはオットーさん。」
この村で私との橋渡し役をしてくれる存在。メンヒ村の住人、オットーさん
が遠くから此方に駆け寄ろうとする、も。
「!」
「……?」
彼の側に他の村人が駆け寄り、少し話をしている。何事かあったのだろ
うか? 少しするとオットーさんは此方に。私はあの魔法研究者の事も
あり、早速事情を探ってみる。
「……お忙しそうですね。何かあったんですか?」
「ああいや。そんな大した事は無いんですがね、その。」
「?」
「いえね、魔女様の手伝いをしてたら何時の間にか頼られる様になっちまい
まして。この村は元々村長なんてモンが居ませんで。出来る奴がやる、分かる
奴が教える。何て事をしてましたから……。ま~良いように使われてるん
でさっ。」
「そう言った訳でしたか。」
笑う彼に相槌を打ちつつ思う。村長と言う立場では無いらしいが、指示を与え
請われる存在か。頼れる隣人とでも言った所か? 何にせよ、彼の地盤や信頼が
固まるのは良い事だ。それは親交のある私にも恩恵がある事なのだから。ふふ。
まあそれを今後使えるかは彼女、魔法研究者次第だろう。
「それで今日は何か特別な用事が?」
「ええまあ。実は尋ねたい事───」
「あのっ!」
慎重に彼女の事を聞き出そうとした所。それまで私の後ろでイリサと行儀
よくしていた少年。オディが突如声を上げ前に出て来る。これは予想外の
行動だ。
「ボボ、ボクこの村で前にお世話になってたんです。」
「んん?」
「(そんな話は聞いてないぞ。いや文字通り私が聞かなかったのか。)」
こんな事なら深入りを恐れず聞くべきだったか? 付いて来たいと言われた
時に……。違う。今はそっちに思考を割かずこれからに意識を集中しよう。
とは言えこれだけ衆目がある中言葉を遮るのもな。まずは静観か。
「あ! お前食料泥棒じゃねーか!」
見張りの一人。酒癖が絡みの、確か名をクンツと言ったな。彼が少年を
指差し泥棒と叫ぶ。
「ごめんなさいっ! あの時は本当にごめんなさい!」
「ぅ。 あー……。」
ひたすら頭を下げる少年の姿に困った様子の村人。子供にこれ程必死に
謝られたら大人は困るだろうな。出来れば無関心他人を演じたい所だが、
連れて来た手前そうは行かない。
「実はこの少年。今は私の村で保護してまして。」
「へぇ。そうだったんですかい。」
「ええ。とは言えこの村でそんな事情があったとは、私も知りませんで
したね。」
さり気なく少年切り離しの下準備を挟む。少年には悪いが最悪の場合を
考えさせてもらわないとな。私の打算混じりの言葉を聞いたクンツ氏は。
「まあ……。魔女様ん所のモンなら───」
恩人の連れならば仕方がないと。そう言った雰囲気を出して来た。だが
それは頂けない、それでは頂けない。
「いえそれは駄目でしょう。盗みは盗み、何かしらの罰は在って然るべき
です。私の村の住人なら尚更。」
私は、こんな所で積み重ねた恩と信頼。そして好感度を無駄使いする積り
は無い。なので、ヴィクトルに運び込みを任せ。控えて居たゴブリン達を
近くへ手招きし。俯く少年の隣に並ばせては。
「このゴブリン達と一緒に村の手伝いをさせましょう。」
「!」
「手伝い……って言うと?」
疑問を口にしたのはオットーさん。私は彼へ顔を向け。
「前にゴブリン達を村に置いてもらう話はしましたよね?」
「ええ。あ、他の連中も特に問題はないそうでさあ。」
「! ……それは良かった。とは言え今日連れてきたのは別の
用事でもあるんです。」
言いながら私は村を見渡す。見渡した村には倒壊寸前の物や黒焦げた
家屋などが、そのままの状態で置かれている。自分の視線を村人が追っ
たの確認した私は。
「崩れると危ない建物や改修で使えそうな建物等。それら作業を彼らに
も手伝って貰おうと今日は連れて来たんです。彼ら、建築技術を持ち
合わせていますからね。」
「「「ゴブッ。」」」
誇らしげに胸を張るゴブリン六人。彼らは我が村の建築組の者達だ。
実は一名違うのだが、この場でそれは良いとしよう。
「本当ですかい! いや、確かにヒト手が足らなくて困ってましたが……。
良いんですか?」
「勿論。」
今回ゴブリンを多めに連れて来た理由はこれだ。メンヒの村人にゴブリン
達の好印象を与えつつ、同時に更に恩と好感度を稼ぐ。これもゴブリンを、
全てはこの村にゴブリン迎えてもらう為の下準備。まあ序にそれを利用し。
「オディ君。」
「……はい。」
「君も彼らゴブリンと一緒に作業を手伝いなさい。子供の君にはキツイ作業
だろうが……構わないね?」
「はい。」
私は少年から見張りの男、泥棒被害者のクンツ氏へと視線を動かし。
「クンツさんも、ここはそれで一度様子を見ては貰えませんか?」
「あ? ああ。まあ。村の小さい奴の為にも危ねー建物はどうにかしねえ
とって、オットーと一緒に考えてたからな。それを手伝ってくれるなら?
俺も別に文句はねぇな。」
見た限りは納得している様子。ふむ、恩や信頼をそこまで損なわずに済んだ、
と言えるだろう。尤も削れた事実は事実。そこは少年の働きで幾分か取り戻
させるとしようか。
「ありがとうございます。では早速。何処をどうって指示はオットーさん、
お任せしても良いですか?」
「へい勿論。クンツ、お前も頼むよ。」
「おお。」
私は控えるゴブリンと少年をオットーさんへと促し。彼らは村の奥へと去っ
て行く。その後ろ姿を見送りながら思い出す。
「あ……彼女の事を聞くのを忘れたな。仕方ない、後で聞くか。
なら先にドワーフへの用事を済ませてしまうかな。……イリサは
家で休んでるかい?」
此処まで行儀よく控えて居た娘に一声掛ける。私の用事にばかり突き合わ
せてはと思うも。
「いいえ。お父さんと一緒が良いです。」
「そうか。じゃあ一緒に行こう。」
「はいっ。」
何故かイリサの機嫌は良さそうだ。私は柔らかく笑うイリサを連れ。
他の目的を果たすため、この村にいるはずのドワーフを探し歩く───
───村の鍛冶屋らしき建物の前。ドワーフを見付けたのは其処だった。
暫く使われた様子も無いその建物前で、木の椅子に腰掛け寛ぐは。髭を
蓄え筋肉質な小人。その彼へ近付くと。
「ん? お前さん達か。」
「こんにちは。」
「こんにちはドワーフさん。」
彼は何故か一度頭を横へと傾け。
「ゴッヘルフ。」
「「?」」
「ドワーフさんじゃなくて、俺の名はゴッヘルフだよ。」
「成る程。」
「ゴッヘルフさん。」
名で呼ばれたかったのか。まあそれは兎も角。
「それで? 態々俺を探した要件はなんなんだ?」
「ええその。少し頼み事がありまして。」
「どんな?」
私は彼の後ろ。人気のない鍛冶屋を一度見遣っては。
「ドワ、んん。ゴッヘルフさんは石材加工などの技術はお持ちですか?」
「……あるよ。」
おお。やはりドワーフはそう言った存在だったか。
「俺達穴蔵育ちは石や土弄りをして育つからな。」
「ほほう。ではコレの加工とかってのも出来たりします?」
私は袋からクリスタル一つを取り出しドワーフへ手渡す。
「結晶石か。難しいが、出来ない事はねーな。」
「難しい?」
「単純にここのじゃ火力が足りねぇんだわ。まあ形を整える、削る位なら
出来るだろうが。大きさ変えたり何かは溶かせねーと無理だな。」
ふむふむ。溶解温度が此処じゃ出せないと。まあ今の所溶かすとかは
必要無いかな。
「んで? 頼み事ってのはそれか?」
「まあそうですね。ゴッヘルフさんには石材加工の依頼と、出来れば
その技術をうちのゴブリンにも教えて頂けないかと。」
「おいおい。コレでも俺は逃げてる最中の職人だ。そいつに仕事の依頼
を頼みやがるだけじゃなく、職人として磨いた技まで寄越せってか?」
やはり技術共有は厳しいか。なら加工依頼だけでも───
「良いぞ。弟子なら構わねえ。」
「?」
「だから技を教えてやるって言ってんだ。」
「聞いといてアレですが、本当に良いんですか? 貴重な技術を教えて
もらって。」
「本当に聞いといてだな。
技術って奴はただ持ってるだけじゃ意味がねえ。俺がそうだったように、
誰かに受け継いでもらわなきゃなんねーんだよ。だから学びたいって
奴が居るなら俺は断らねえ事にしてる。その分付いてこれ無い奴は置い
てくし、受け継がせたモンはとことん磨くよう厳しく仕込むがよ。」
少しの熱を込めて語るドワーフ。
「まあ……。何だか素敵な考え方ですね。」
「あ? す、すてき? 俺の考えが?」
「はい。継いだ物を誰かへ手渡して行こうだなんて、とっても素敵です。」
「へ、へえ。いや、すてき何て言われたの、俺初めてだよ。」
そんな彼にイリサが言葉を送り。受け取った彼はニッカリと照れ笑い。
「んまあ正直此処で頼まれ事もと思ってたが、嬢ちゃんにすてき何て言われ
ちゃあよ。それにあんた等は俺に良くしてくれたこの村の、その救い主様達だ。
嬢ちゃんとあんたの依頼なら受けてやるよ。弟子を取るなら作業も必要になる
しな。」
「ありがとうございます。」
「良いって良いって。それにしても俺をその気にさせるなんて、大した嬢ちゃ
んだ。」
「ええ。自慢の娘です。」
「? ……そうかい。」
私は彼にゴブリンの弟子と石材加工の依頼を取り付ける事に。
一回目の交渉で成功するとは思っていなかったが、イリサのお陰でまさかの
成功を収めた。早速もしもで連れて来たゴブリンの一人を彼の下へ置くとし
よう。その後ドワーフと今後の話を少し詰めては、彼と分かれ村の中心へ移動。
村の中心は広場と成っており、其処からは既に崩れている建物等の本格的解体
作業が始まっているのが見えた。その作業の大半を担当しているのはゴブリン
達だ。勿論村人の何人かも参加し、彼らと共同で作業を進めている。
その中にはあの少年の姿も。此方の用事は既に済んだも同然で、後は少年に
付きそうオットーさんと話すだけ。なので私は少年の作業を少し遠目から
見守る事に。
広場の一角には木材が置かれ、それは腰を落ち着かせるのに丁度良さそに
見える。
「イリサ、少し此処で休んで行こう。」
「分かりました。」
木材上の雪を退かしイリサを座らせ。その横に私も腰を下ろす。
「寒くないかい?」
「お父さんがくれたクリスタルと、この子を抱いてるので平気ですよ。」
「そうか。寒くなったらすぐに言うんだよ。」
「ふふ。はーい。」
嬉しげに返事をしたイリサは、それまで抱いていたクロドアを膝上に寝かせ。
畳まれたその羽を摩りだす。
『! ………。』
するとクロドアが気持ちの良さそうな表情を浮かべ、長い首を一度大きく
伸ばしては、だらんと力が抜けていく。おお……。私の知らぬスキンシップ
だな。何時か私もクロドアにしてやろうと思いながら、自分の村の事を考え
始める。
「(資源。資材。交易。技術。)」
資源で言えば食料が豊富と言えるだろう。綺麗な飲水もあるしな。
資材で言えば今の所木材か。森の中に住み、木々に囲まれているのだから
木材は潤沢だ。将来的には採掘も検討している。
交易はたまに来るエルフ───は正直それに含まれるか微妙。しかしこの
メンヒは間違いなく交易先としては申し分なく、またその先も見える。
技術。今の所それと呼べるのは魔法と建築か。このメンヒで石材と畜産の
技術をゴブリン達が習得出来れば、更に色々な事も出来るだろう。
そして魔法の方もあの行き倒れ女性のお陰で進展がありそうだ。ふむふむ。
「(二人だけの廃村からよくもまあ……。)」
最初は幅の広げようも無いと思っていた私達の廃村も、何時の間にやら
人が増え、その幅も広がった物だな。これならば何れは鉄材や、その他
資源資材の入手も夢では無いだろう。自分たちが暮らす村の力が上がるのは
楽しくて嬉しい。何故ならその先には、イリサの生活レベルの向上が待って
いるのだから。ふふ、いやSLGで内政だけして過ごしたいとはこの
事か。私が今後の村の発展を楽しく夢見ていると、視線の先。
「!」
「……。」
「? ……。」
ゴブリン達の解体作業が休憩に入ったらしく、ゴブリン達がその場で休み出し。
あの少年はと言えば、何時此方に気が付いたのか。千鳥足で此方に向かって来て
いた。彼は木材に腰掛ける私とイリサの前まで来ると。
「───っ。はぁ、はぁ、はぁっ!」
両手両膝を地面に着けては呼吸を荒く繰り返す。子の身で家屋の解体作業などは
さぞ辛かろう。罰とは言えここは労うべきか。
「頑張っているみたいだね。お陰でこの村の復興も進んでいるよ。」
この村には子供がそれなり居り、それは大人が必死に守ったからなのだろう。
だと言うのに何時崩れるとも分からぬ危ない建物の解体、それすらも出来て
いなかったこの村の、その余力は推し量る必要もなく分かる。
折角救ったメンヒ村にはまだまだ倒れてもらっては困る。私の、イリサの為
にもな。
「なぜ、なぜなんです。」
「うん?」
「なぜ貴方は助けるんですか?」
俯いた少年が静かに言葉を発する。『助けるんですか?』とは一体?
聞かれた言葉の意味が理解出来ず、私は俯く少年をただ見下ろす。
「貴方は悪の神様。それがなぜ村を救う何て事をしてるのか、ヒトを
救うのか。ボクには理解できません。」
神等とは所詮嘯きなので余り触れて欲しくない話題だ。しかし私の
思いとは裏腹に少年の言葉は続く。
「悪なのに、何の関わりも無いこのメンヒに救いの手を差し伸べてる。
アレだけの力を持ってる貴方なら、此処を簡単に踏み潰せる貴方が、
力で従わせるのでは無く協力を選んでいる事も。悪なのに見ず知ら
ずの行き倒れの女性を救った事も、ボクやエファを許した事もっ。
全部全部悪のする事とは、ボクには理解できないんです。悪なら力で
黙らせる、悪なら有無も言わせない。悪なら……そう悪なら……。」
少年はやがて呟くのをやめた。或いは、口に出すのをやめただけか。
ふむ。いや困った。何故なら少年の言う通りだからだ。
私の今までを顧みれば、脅威と感じたモノの殆どに手を差し伸べている
じゃないか。いやはやこの世知辛い異世界で何と甘い事か。しかし、
それは結果的な話しでそう見えているだけとも言える。
私が手を差し伸べた事柄には、差し伸べるだけの価値があったからで、
それはこの村とあの行き倒れ女性。そして悪魔な少女も然りだ。
私は究極的にはイリサに害を為さない物事。それとイリサが大事に
思うモノには甚く寛容なのだ。……いや流石に寛容が過ぎるか?
うーんしかし今でこそ人外ではあるが、それでも人間の心を失って
いないからなぁ。考え方に人間時代の価値観や倫理観が混ざるのは
防ぎようがない。……敢えて防ぐ理由もないしな。
「(防いでいたら今頃私はキリングマシーンだったろうさ。)」
娘の父親としてそれは……。ああそうか。私は良い父親であろうとして、
その考え思いが根底にあるからこその結果が、今までの行動だったのか。
私はイリサの父親“役”。何時の間にか役を忘れ自然と振る舞って居た
のだな。
おお何だこれは、随分と感慨深い事実じゃあないか。ふむ。これからももっ
とイリサの父親として───じゃない。今は私の行動が悪と矛盾している
とかって話だったな。
「悪と善の正しさは一つではない。ですよね?」
「! ……そうだね。」
困る私に、困っているとは知らずイリサが助け舟を出してくれた。
イリサのその表情は何処か期待に満ちた物で、私はその期待の正体を
知っている。だから良き父として、望まれた神として。
「悪が悪を為していないと君は言ったが、そうじゃない。悪だって人を
救うさ。私は正しき悪を為しているだけだよ。」
「正しき悪?」
「ああ。善と悪は互いに相容れないが、だからと言って両方とも滅ぼし合う
関係ではない。例えば……そうだな。警───は居ないから市民を守る正義の
騎士としよう。彼らは日夜何と戦っているかな?」
「えっと。蔓延る悪、でしょうか?」
「模範的な回答だがそれは違うな。彼らが戦っているのは法を犯した者、
つまり犯罪者だ。」
まあ悪と呼ばれうる者の大半は法を破っている者が殆どだろう。私も違法
魔法で遊んでいるしな。その辺りの事は今話さずとも良いだろう。
代わりに自身の、自分が演じ居たボスキャラクター。その設定を読み、
私が理解したあり方を語る事に。
「良いかい。私は正しい悪であろうとして居るんだ。」
「正しい悪、ですか。」
「そうだ。善が成せえぬ事を為し、勿論悪が成せえぬは善に為してもらう。
君は私を救ってばかりと言ったが───」
「……。」
少年がゆっくりと顔を上げ。隣ではイリサが瞳をキラキラと輝かせている。
一呼吸の間を置いては。
「───正しくない悪が居れば殺し。また善が善として間違ったのならそれも
殺す。正しき悪を貫きそれを為すが悪の神。だと私は思うよ。
まあ人は善に寄りたがり、大多数は善で少数は悪だろう。それで世界のバラ
ンスが取れているなら文句は無い。今はまだ出来ずとも、人は何れ善と悪の
両立が出来るだろうからな。
善は悪を憎し嫌い、悪も善を憎し嫌うだろうが。それでも何れ今以上の共存を
見付け出せるだろう。何故なら今だって人は善と悪を使い分けている。騎士が
罪人を捕まえる一方で、さもしき孤児の盗みを見てみぬをするが如く、な。」
いやぁ期待の眼差しに久し振りの設定語り。大変楽しく興に乗らせてもらった。
今語ったのは私が自分の演じるボスキャラクター。その設定を読み解釈した
考え方だ。とは言え今は私の考えと言っても良いだろう。私は人を進んで殺した
いとは思わぬが、イリサの為なら迷わない。父として、悪神として。その両方を
備えているのだから。……嘯きだったが、今後は少しだけらしく振る舞わねばな
らないかもな。
「……素晴らしいお話でした。」
「そうかい?」
「はいっ。お父様の話が聞けて光栄です。」
光栄とはまた大げさな。しかしキラキラと光る瞳で喜びを示すイリサ。神と嘯く
度に言い過ぎたなと思う。しかし、こうも嬉し気な様子が見れると成れば、私も
吝かではないのだ。
さて、少年は今の話で納得出来ただろうか? 私は隣のイリサから正面膝立ちの
少年へ視線を動かす。
「………。」
「(いかん。何と声を掛けていいやら。)」
少年は“ポカン”とした表情で此方を見詰めている。いや今の話は少し超然と
し過ぎていたか? 幾ら神と魔法がある異世界でも……いや神と魔法がある
異世界なら別に変では無いのでは? ……そんな異世界でも変なのか?
「信じるモノが見付かったのではないですか?」
「!」
「信じれば良いじゃないですか、信じたいモノ。信ずるべきを。ふふ。」
イリサが少年へ笑いかける。何時もと寸分違わぬ微笑み。しかし何処か
その笑みには、強烈に惹き付けられる何かが秘められている気がした。
私の話とは違う超然としたそれに、少年と共に暫し魅入られて居ると。
「魔女様ー!」
「「!」」
後ろから声が掛かる。体を捻り声の主を探せば。
「フィリッパさん。」
駆け寄って来たのはオットーさんの子供。娘のフィリッパさんだ。
彼女が此方に辿り着くまでの短い間。私は周りを少し見渡し他に
誰か居ないかを確認。どうやら近くには誰も居ない。今の話を誰か
に聞かれやして無いかと“ヒヤリ”としたが、大丈夫そうだ。
「こんにちは魔女様。それにイリサさんもっ。」
「こんにちは。」
「こんにちはフィリッパちゃん。」
「後……。あれ? あなたは前に村に居た子?」
「あ、はい。えと、オディです。」
「ふーん……。」
少女は不思議がるもそれ以上は聞かず。
「ねえねえ。魔女様達今日はどうしたの?」
「ああ。ちょっとドワーフさんに頼み事とかがあってね。」
そうだ。彼女はアレの世話係。近況を聞いておくか。
「そう言えば前に渡したクリスタル、それとアレの様子はどうかな?」
「使えてるよ! 使えるのがわたし一人で疲れちゃう事も多かったけど、今は
お兄ちゃんも使えるように成ったから平気。」
「へぇ……。」
最初魔力の籠められなかったあの青年も今ではクリスタルを使えるか。
めげずに続けた経験値のお陰か?
「でも効果が出るまでの時間や、効果の時間はわたしの方がずーっと早くて
長いよ!」
「まあ。それは凄いですね。」
「確かに。」
「えへへー。」
経験値では埋めれぬ差もあると。ふむふむ成る程。
「お世話してるタマゴも順調、だと思う。皆たまに動いてるし。
さっきお兄ちゃんと交代してきたんだけど、魔女様見に行く?」
あっちも順調か。まあ今の段階で何をするもあるまい。あるとすれば次の
段階だろう。そうなる前にアレも用意せねばな。
「いや。今順調ならそれでいい。引き続き世話をお願いするよ、フィリッ
パさん。」
「まっかせて! ……あのね、魔女様。」
元気の良い少女が息を飲む。害獣被害を解決してから笑顔を絶やさぬ少女の、
初めて見せる緊張した様子。
「もしお世話が上手く行って、これからも沢山沢山魔女様のお手伝いをしたら。
わたしにも魔法を教え、てくれますか?」
前からこの少女は魔法に甚く興味がある様子だったが、成る程な。いやしかし
魔法が存在する異世界の住人に、逆に魔法を教えてくれと頼まれるとはなぁ。
魔法の無いであろう世界出身の私には不可思議な心境だ。
「何故父に?」
聞いたのは優しい笑みを浮かべたイリサ。
「だって魔女様は凄いヒトだから。きっときっと凄い魔法を沢山知っていて、
魔法を教えてもらうなら絶対凄いヒト、魔女様が良いなって!」
「あらあら。お父さんどうしましょう? フィリッパちゃんはとっても賢く、
見る目もお持ちですよ。」
ころころとした笑みを浮かべ話すイリサが私を見遣り、少女は懇願を瞳に
乗せている。魔法を教える、か。
「そうだね。何れその機会があれば教えてあげよう。」
「本当!? やったー!」
「……。」
先程の話を引きずっているのか、複雑な表情を浮かべる少年が視界端に映る。
まあそれは良いとして。魔法を教える事は頼まれずとも何れはと考えていた。
この娘は才ある有望株なのだからな。そうは言っても魔法を扱う事と魔力を
籠める事は別の技術らしい。なのでこの少女が魔法を学べるかは別。しかし。
「良かったですねフィリッパちゃん。」
「うんっ!」
こうも二人が喜び合っているとすれば、笑顔を裏切る結果は避けたい。まあ
才能はありそうなので大丈夫だとは思うが、私も魔法への造詣を更に深めね
ばな。私は娘の笑顔を守る思いを胸に秘めつつ。
「さて。そろそろ自分たちの村へ帰ろうか。」
私は立ち上がり、イリサへ手を差し伸べ立つのを補佐しては。
「オディ君。ヴィクトルを村の入口まで一緒に連れてきてくれ
るかな?」
「はい、分かりました。」
複雑な表情を消して少年は立ち上がり。その場を後に。
私とイリサは見送ると言う少女を伴い村の入口へと向かう───
───村の入口に着いた私はフィリッパさんに頼み父親を呼んで来て
もらい、彼に話すべき事を話しながら暫く待っていると。オディ少年が
オークのヴィクトルを伴い現れる。私は空の荷車を引くヴィクトルへ。
「お疲れさまヴィクトル。」
「ああ。」
彼は、荷降ろしの手伝いを済ませた後。何故かゴブリン達に混ざって建物の
補修作業に参加して居た。何時の間にかと混ざっている彼に気が付いてはい
たが、敢えて呼び止める様な事はしなかった。彼へ好印象が稼げそうだった
のもだが、意外にも兄貴気質な彼はゴブリンを手伝いたいのだろうと思った
からだ。だがまあ最後まで作業に付き合っては我々が帰る暇を失う。建物の
補修作業は今日だけの物では無いのだからな。私は視線をオットーさんへ移し。
「では我々は今日はこれで。」
「気を付けて帰ってくだせい。」
「ええ。ゴブリン達は残しますが、さっき話した通りにお願いします。」
「へい。」
彼に頼んだ事は居残すゴブリン達の衣食住の確保、そして何よりもその
存在の秘匿だ。この村には町と繋がる行商人がたまに立ち寄るそうで、
それにゴブリン達の情報を渡したくはない。なので彼と居残すゴブリン
達には存在の秘匿を頼んである。序にそれと無く聞き出したが、あの
女性はこのメンヒ村で本当に何もしていなかったらしい。
私は一応彼女も保護していると伝え、同じく存在は内密にと頼んである。
犯罪者を匿ったり内緒を頼む事が多く。多少怪しまれると思ったが、大らか
なのか善良のか。特に不信感を抱かれた感じは無かったな。
さて、すべき事も終え。これで心置きなく帰れるな。おっとその前に。
「……。」
「見送っている所悪いが、オディ君。君も一緒に帰るんだよ。」
「え? でもまだ作業が残ってますよ?」
やれやれ。この少年も大概素直だな。
「まさかずっと危険な補修作業の手伝いをやらされると思ったのか? 子供に
そこまでの謝罪は求めてないさ。クンツさんともさっき話して、君が一生懸
命作業を手伝った事で、盗んだ事は許すそうだ。」
“ホッ”としたした様子を見せる少年へオットーさんが。
「クンツの奴は言ってませんでしたがね、盗みって言ってもリンゴ一個を盗ら
れただけなんでさぁ。勿論それでも貴重な食料に変わりゃねえ。だからアイ
ツも良い落とし所を探してたと思うんでさあ。」
成る程な。それでオディ少年を素直に許すと言う話になったのか。此方とし
ても少年にこれ以上の過重労働を強いて、倒れられてはまた面倒事になると
思っていたからな。此方としても助かった。
話を聞いた少年が見張りのクンツ氏に礼を送り、送られた彼が一つ頷くのを
見届けた、私とオットーさんは互いを見遣り。
「では皆さん。また何時でもメンヒに来てくだせい。」
「ええ。そちらも息災で。」
「魔女様、イリサさん。またねー!」
「フィリッパちゃんもまた会いましょう。」
私達は村人に見送られながら、メンヒを後に森へと向かう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
空の荷車を引きながら森を進む私へ、前を歩くヴィクトルが少し此方へ
振り返り。
「悪いな親方。」
「いいや。行きを任せたんだ、構わないよ。」
彼には行きに荷車を引いてもらったので、帰りはこうして私が引いている。
まあ行きと違って荷物は零───。
「その、すいません……。」
いや一つあったか。補修作業の手伝いが思った以上だったらしく、また
体力も無いらしい少年は歩くのが辛そうで。それでも歩かせるは罰とは違う
だろうと。私は荷の無い荷車へと彼を乗せる事に。
その時イリサにも荷車に乗るか聞いたが、私の隣を歩きたいとの事だった。
私は謝る彼が乗る荷車の方へ言葉を飛ばす。
「謝らなくとも良い。それほど必死に手伝ったのだからな。」
「……。」
とは言った物の。チラリと後ろを見れば落ち込む少年。これだけ素直な
子供が。
「まさか盗みとはな。」
「!」
「出来れば次からは何をするか事前に教えて欲しい。」
「……はぃ。」
予定外な行動をされるのは此方としても困るからな。子供と言えど釘は
打たせてもらおう。ますますと落ち込む少年に。
「それで? 何故正直に言おうと? 黙っていれば誰にもバレない事だっ
たろうに。」
釘だけ打って終わらせる積りは無い。彼がした行動についても話さねば。
「良くない事だと思ったからです。それと謝れる機会があると分かったら
つい……。」
大人として何か良い事でも言えるかと思ったが……。そんな必要が無い
程に彼は素直な子供だった。
「それは良い心持ちだ。これからもそうあって欲しい。しかしそれ程
善良な心持ちで良く盗めた物だな。いや、それだけ極限だったのか。」
あの村は害獣被害に悩ませていたからな。外から来た子供に食わせるも
住まわすも一苦労だったろう。そんな事を考え呟いた言葉に少年が応える。
「実はその、盗んだのは正確にはボクじゃなくて……。エファなんです。」
「……何?」
「エファがある日『ずっとおなじご飯とかもう嫌。あ、そう言えばあの男が
家に───』って事を言い出して……。それでリンゴ盗みに入って、その現場を
ボクだけあのヒトに見付かっちゃって……。」
何とまあ。それを、他人の罪を態々……。いやこの場合止められなかった
ので共犯とも言えるか? ……ふむ。私は微妙な心持ちで村への帰路を歩き
進む。
その夜。悪魔な少女は何故か夕飯の後片付けを一人でやらされる事に───
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