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第五十七話 曇天
───曇り模様の空の下、冷たい風が吹く村。
見上げた空は快晴とは言えず。それは何かしらが降り出しそうな空模様。
「ふむ。」
私は見上げた空から視線を下ろし、村の中を歩く小人達を見遣る。
「「「……!」」」
普段彼等は人間物の衣服を身に纏うのだが、少し前から藁で作った防寒着を
頭から羽織る様になり、その姿は宛ら雪ん子と言った様子。ゴブリンとは
妖精にも分類される事があるので間違いでは無いのだろう。最も、それと知らず
藁の下を覗き込めば、待っているのはあの厳つい顔のどアップ。見たのが子供
ならばきっと大泣きだろうさ。
「(まあ重要なのはそこじゃない。)」
彼等がアレを着込んでいると言う事は、寒さが本格化して来たと言う事だろう。
私は再び空を見上げ。
「……果たして、今日降ってくるのはどっちなのだろうなぁ。」
どんよりとした天気を眺めながら一つ呟き。
「さて。天気の確認はこの位にして中に戻るか。」
自宅前で空を見上げるのをやめて私は家の中へと戻る。
朝食の準備中に私はふと、外が一向に明るくならない事に違和感を
抱き、調理に合間を作ってはエプロン姿で外に出て天気を確認しに
来た訳だ。
うーむ。あの天気だと予定を繰り上げた方が良いのかも知れない。
外で見えた農業組ゴブリン達も何処か急いでる様子だったしな。等と
考え事をしながら私は玄関からリビングへ。すると。
「あ、おはようございますお父さん。」
「おはようアンラさん。」
イリサとリベルテがリビングで食器を並べていた。二人は私が外を
確認している間に起きて来たらしい。
「二人共お早う。直ぐに朝食を持ってくるよ。」
「「はーい。」」
私は二人に告げては台所へ向かい、作りかけの朝食に再び取り掛かる。
今朝作っていたのは何時もの薄味の野菜スープにキノコを加え、付け
合せにサラダと言う実にシンプルな物。
寒さが本格化した所為で狩猟組が獲物を得る機会はめっきり減り、ちょっ
とした山菜を少量手に入れるのがやっとだった。キノコを得る為にだけに
狩猟組を出すのも無駄な労力消費だと考え、タニアと相談の結果。昨日を
最後に狩猟組は全員待機に移行。彼等は今日までよく頑張ってくれたので、
仕事の割り振り等は全て免除され、今は次に備え英気を養ってもらっている。
畑の今後も考えるとこれで冬に何かの食料を得る手段のない現状。いよいよ
備蓄食料で回す事になりそうだ。元々豪華とは言い難い食生活だったが、
此処に来て野菜だけ生活へ突入。
「まあ冬が来ても飢えないだけ大分助かる事ではある。」
魔法で生成した水のお陰で異常な収穫速度を誇る畑と、大変優秀な中間管理
ゴブリンの力で我が村の食料備蓄はかなりの物。内訳の九割が干し野菜で占め
られている物の、無いよりは遥かにマシ。それに大量に備蓄した食料は力とも
成ってくれたのだからな。
「ふふ。」
私は調理の終えた野菜スープの鍋にサラダ。そして、ガラス瓶に入った牛乳を
見ては満足感を覚えつつ。鍋を手にリビングへ向かう。
リビングでは食器を並び終えたイリサとリベルテが椅子に腰掛け待って居た。
二人は私が鍋を持って現れると同時に立ち上がり。
「他に持ってくる物は?」
「手伝える事はありますか?」
等と私へ尋ねる。二人へ台所にサラダと牛乳が置いてあると伝えると。
「了解。」
「分かりました。」
揃って台所へと向かう。彼女たちは何時も後片付けをしてくれる、だから
朝食の運び込みぐらい私が一人でやるのだがなぁ。二人の心優しい気遣いに
喜びを感じながら、私は二人が運んで来てくれた容器をテーブル中央へ並べ、
それが終わる頃。
“ガチャ”っと言う音と共にリビングと廊下を結ぶ扉が開かれ。そこから
二人の子供が姿を現す。
「おはようございます。」
一人は行儀正しく礼をして見せた銀灰色髪の少年。初めて会う人は彼が
少年なのか少女なのか迷う事になるだろう。彼はそれ程には中性的な顔立ち
なのだから。そんな華奢な少年の隣には。
「……。」
礼をする少年とは対照的に、そっぽ向いては興味の無い様子を見せる少女。
髪で目を隠している彼女はそのまま朝の挨拶もせずに“どかっ”と椅子に
腰掛ける。そんな彼女の後を少年が慌てて追い駆け隣に座り。
「ちょ、ちょっとエファ。挨拶ぐらいしようよ。」
「煩い黙れ黙れ煩い。」
少女からの言葉に“しゅん”としてしまう少年。この二人の名は少年が
オディ、少女はエファと言い。捨て子の姉弟、だと思っていた。
実際には二人は姉弟でも何でも無く、少年の方はただの家出人で。少女に
至っては人間ですら無くサキュバスとの事。本来の姿ももっと違ったモノ
なのだが、あの後直ぐから彼女は最初に会った時と同じ姿に戻っている。
しかし、その口調は正体がバレる前と後では雲泥の差だ。
さて、これで全員が揃ったか。
「……ん?」
『───』
ふと自分の足に何かが当たる感触を感じ下を見遣れば、そこには足に頭を
擦り付けるペットの黒いドラゴンの姿。共に生活した事でこのクロドアも
私にようやく馴れてくれた様子で、最近では向こうから此方にアクションを
起してくれる事も多く大変喜ばしい。
私はすくすく育てと思いながらクロドアを拾い上げては、椅子に腰掛ける
イリサへ手渡し。手渡されたクロドアはイリサの膝上で行儀良くしている。
私は席に座った各々の食器に朝食をよそい分けては配り。
「それじゃあ朝食にしよう。いただきます。」
「「「いただきます。」」」
「……ま~す。」
何時も通りの穏やかな朝食の始まり、とは行かない。私は上座に座っては。
「朝食を取りながら、そろそろ二人の事を教えて貰おうか。」
「「「!」」」
言葉を飛ばす。少女に少年、それとリベルテが反応を示し。イリサは穏や
かな表情で小皿に分けられた野菜をクロドアにあげている。
今この話題を切り出したのは、ここで先日起きた出来事の続きをする為だ。
先日、故あって娘と村を少し離れ帰って来ると、拾った少女が本性を現し村を
乗っ取らんとし。結果未遂で終わった、あの出来事。その後私にもやる事があり
ちょっと間が空き過ぎてしまった物の、無かった事には出来ない出来事の、
その落とし所を探さねばなるまい。お互いに落ち着くには十分過ぎる時間も
稼げた今日、それを見付ける事にした。
「……聞かれた事に答えます。」
「……。」
素直な少年と無言の悪魔少女。会ったばかりとは随分と違う様相だ、等と
思いながら。
「勿論嘘偽り無く答えて欲しいのだが、まず二人に聞きたいのは行く宛。
頼るべき相手は居るのか?」
「「……。(二人揃って首を横へ振る。)」」
態度とは裏腹に少年同様素直に答えてみせる少女。ここでまであの態度を
貫いたりはしないのは良い判断だ。しかし、答えが本当か嘘か分からんな。
だが私が居る此処に留まっている事を思えば嘘とは思えず、もし嘘なら
それでも尚。と言った所か? ふむふむ。であれば次に聞くべきは、そうだな。
「二人はこの村に身を置いて居たいのかどうかだな。」
「「……。」」
少年少女は互いの顔を一度確認しては。
「ボク達を此処に置いていただけるなら、置いて欲しい、です。」
「そうか。」
私は腕を組んで考える。この二人の存在について。
少年の方だけなら簡単だ。家出だか捨て子だか知らぬが、行き場のない人間の
少年。だが問題は少女。彼女は人間にあらず、ゴブリンやオーク同様非人間族
のサキュバス。しかも素晴らしく厄介な事に魔法の類を扱え、それは夢に入っ
たり他人を操ったりと。流石サキュバスと言った所。元の世界にあったゲーム
や創作の世界での者より誘惑的では無いが、その力は本物で、力にこそ強く誘
惑されるな。うーん……。これを手放すのは惜しい。
ゴブリン達を操る芸当や夢への侵入などは非常に危険で脅威だ。しかしこのサ
キュバスはどうにも此方に敵対的とは思えず、それが何故と考えれば。
「(この少年の存在が大きいか?)」
「……っ? ……??」
私に見詰められた少年が目を泳がし“もじもじ”と体を揺らす。どう言う訳
かは知らぬがサキュバスはこの少年を気にかけている。少年曰く『悪夢が
好み。』との事らしいが、それだけでだろうか? 或いはそれこそが種族的に
重要なのか……。どちらでも良い事だな。重要なのは彼女が常々攻撃的では
無い事だけだ。だとするなら。
「えと、あの。他に聞きたい事は……?」
「ん? ああ、もう聞きたい事は全て聞いた。」
「えっ?」
考えていると少年が声を掛けて来たので、応えると少年は驚いた様子を見せる。
実の所聞きたい事と言うのは尽きる物じゃない、かと言って全てを把握するのは
それはそれで負担が大きい物だ。知れば知った事を考えねば成らず、知らなけれ
ば知らないで通せる。だからこう言った場面では余計な事を知らぬよう知ってお
くべき事だけを選んで聞かねばならない。イリサの安全さえ守れる様に、な。
なので現状聞くべきは今の二つに留まる。そして、聞いた事の応えを考え。この
サキュバスが私に敵わない事も考慮に入れると、危険度で言えば低く。また抵抗
する気配も今の所見えない。これなら落とし所も見えてきたな。
私は一度目を瞑り。
「村を乗っ取ろうなどとは考えない事。二人が村の活動に協力する事。この二つを
守れるなら、この村に居ても構わない。」
「……え? それだけですか?」
「それだけだ。」
「あの、本当にそんな事だけで? それにもう聞きたい事も?」
「それだけで、聞きたい事も無い。ただ───」
一呼吸の間を取り。閉じた瞼をゆっくりと開いては。
「───二度目は許さない。それと当然の事だが、私の娘や村の誰かに
危害を加えよう物なら。分かるね?」
「……はい。」
「……。」
確固とした意思を言の葉に込めて送り出せば、それを受け取った二人が
震えながらも返事を返す。一名は頷きだけだったがね。この二人の事は
予めゴブリン達とオークのヴィクトルには話を通してあり、彼等は私の
判断に従うとの事。なのでこれでこの二人が村に残ろう事は決まった。
「あ、あの。村への協力って何をすれば良いんでしょうか?」
「そうだな。前に一緒に薪拾いに出掛けたように、君にはゴブリン達の
手伝いを頼む事に成るだろう。そっちのサキュバスには私の個人的な手
伝いを頼むかな。」
少年からの問い掛けに応える。彼は見たまま少年で子供。だから労働力
としては数えられない。とは言え手伝い程度は出来るだろう。そして
悪魔少女には私の個人的興味の手伝いを頼む。それはイリサを守る事に
も繋がる事だ。
私の応えを聞いた少年が納得顔で一つ頷くも。
「ハッ。なに?夜のお世話でも手伝えって? わーイケナイパパ。」
「ダメだよエファ!」
「は~い。冗───」
少年が声を上げるも、私は少年に構う余裕も意思も無く。
「食事時にそう言う発言は好ましくない。」
「「!」」
食事中で、ましてイリサの前での発言としては、とても許容出来ない発言
である。今のは家族で食事中にテレビで唐突にラブシーンが始まって
しまう、あの空気に成りかねない物だった。私はあの空気の、親側の空気を
味わいとは思わない。だから咄嗟に語気を強めて言葉を発してしまう。
「あ、ご、ごご、ごめ、なさいっ。」
その結果怯えきった少女なサキュバスが一人。リビングに来てからずっと
斜に構えていたサキュバスの、あの怯え様。余程あの出来事が彼女に恐怖
を植え付けたのだろう。ボスキャラの威厳を遺憾なく発揮出来たので、それ
も当然だろうと思いつつ。とは言え見た目少女で性別が女性っぽいアレを
怯え切らして居ては、何とも後味が悪い。かと言って彼女の失言を流して
許すのも……そうだ。
「確か。」
「「!」」
私が言葉を発するとサキュバスと少年が“ピクリ”と反応を示し。
「君は前にも私の娘に随分な物言いをしていたな。」
「「「「!」」」」
反応にイリサとリベルテが加わる。私は誰にも構わず。
「良くない事したのなら、罰を与えるべきだろう。」
「あ、あの───」
少年が庇いに出ようとするも、私が視線でそれを許さない。
そして。
「ここで罰を言い渡そう。君には───」
私は少女なサキュバスに罰を言い渡し、聞いた三人は絶句。
ただ一人、にこにこ笑顔のイリサに私も笑みを送り、朝食時を
過ごす事に───
───朝食後。
朝食の後片付けをする三人の様子をリビングの椅子に腰掛けながら
眺める。後片付けは何時もイリサとリベルテの二人の仕事。だが今
日はそれに少女なサキュバスが加わり。
「エファさん。これを台所にお願いします。」
「あーハイハイハイ。」
「……。」
サキュバスに頼み事をしたイリサ。しかし何故かサキュバスが差し出す
手に物を渡さず、代わりにじっと彼女を見詰めるばかり。
「何? 他に何か用?」
「………。」
とぼけていたサキュバスは“ちっ”と小さく舌打ちを漏らしては、苦虫を
噛み潰した様な表情を浮かべながら。
「ワカリマシタイリサお姉さま。」
「はい。」
笑みを浮かべては、持っていた食器を少し渡すイリサ。受け取っ
たサキュバスが台所へ向かおうとするも。
「エファちゃん此方もー。」
「……分かった分かりましたリベルテお姉さま。」
呼び止めたリベルテが抱えた鍋の蓋を、サキュバスの抱える
食器の上へ。その後イリサとリベルテは小さく笑い合い、二人に
挟まれる形のサキュバスは心底嫌そうな表情を浮かべて居た。
重く成りすぎない罰を与えられた様子を見遣りながら、私はそろそろ
だろうと思い。食器を片付けて戻って来た三人、正確には二人にだが。
「イリサ、リベルテ。今日予定を繰り上げてメンヒへ行こうと思う。」
「勿論ご一緒します。」
「暇だしアタシも手伝うわ。」
「分かった。なら二人共上で仕度をしておいで。」
「はい。」
「了解。」
イリサとリベルテが小走りで二階へと去って行く。天気を確認した私は何かが
降ってくる前に、次の訪問を予定を繰り上げる事にしたのだ。二人が去り、リ
ビングは少年と少女が残され。私は足元を彷徨くドラゴンを抱え上げながら。
「そう言う訳で私は村を空ける。二人共大人しくな。」
「はい。」
「は~い。」
怪しい返事のサキュバス。
「……。」
「わわ、分かってるから。しないってしないしません。」
「じゃあ夕食時には戻る。」
私はそう言い残し玄関へと向かう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
黒の男が去ったリビング。少年と少女が二人きり。
「その、あんな事をしたのに何だか許して貰えちゃって。しかも居ても
良いだなんて……。器の大きなヒトだよね。」
少年が去った男を思い言葉を零す。それを聞いた少女が大きく欠伸を
しては。
「バカかアホかのどっちかなだけでしょ。」
「もう。そんな事言っちゃダメだよ。」
少女は欠伸顔から真剣な顔に代わり。
「或いは、アレだけ強大だと周り全てが些事にでも思えるんでしょ。
ちょっと力があるからって簡単に周りを見下すなんて、品格が足りて
無いわ。」
「……エファも良く人間を見下すよね?」
隣からのツッコミに少女が目の隠れた顔を向け。
「アンタも色々聞かれずに良かったわね。オ・ウ・ジ・サ・マ。」
吐かれた言葉に少年が表情を消し。
「それは君だって同じだよ。」
二人は笑わず、互いの顔を見遣るばかり。暫くして少女が“ふっ”と
息を小さく吐いては。
「生意気な事を言うのね。気分が悪いから後はアンタがやって。」
「ちょ、ちょっと!」
食器を少年へ押し付ける少女。
リビングには少年と少女だけ───
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