第五十九話 意外、失敗、飢え。

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第五十九話 意外、失敗、飢え。

 ───厚い雲が空を漂い、ぼんやりとした朝日に照らされたるは  メンヒと呼ばれる農村。村の家屋には昨夜降った雪が積り、屋根に  雪を乗せた家々の中の一軒。その玄関前では辺りを窺う黒の男と、  傍らには二人の女性の姿。  降り出す前にと思いメンヒへ荷物を届けに来たが、話し込んでいる  間に空から雪が降り出し。安全を考えメンヒの村で一晩を過ごす事に  した、その翌日。 「一晩でも結構積もる物だな。まあこれ位で済むなら───」 「何言ってんの───ってそうか、アンラさんは知らないのね。この辺り  じゃまだこれ、全然本降りじゃないわよ?」 「え゛、まだ降るんですか?」  隣に並ぶイリサとリベルテ。そのリベルテが聞き捨てならぬ事を私へ  教えてくれた。辺りを眺めれば足首が埋まる程度には積もっており、  それだけで既に元居た世界では大変珍しい部類に入るほど、雪は積もっ  ているのだが……。 「はい。冬の始まりは大体ちょっとだけ降ってから、その後に大きく、  長ーく。吹雪くんですよ。」 「へ、へぇー……。」  私の疑問に応えたのはイリサで、隣ではリベルテが何度も頷いている。  これがまだ序の口とは、いやはや。本当に冬は厳しい物になりそうだ。  四季の中で一番厳しいであろう冬の、その先行きに若干の不安を感じな  がら。積もった雪を眺めていると私達の背後から声が掛かる。 「魔女様、荷車はどうします?」  声を掛けて来たのは防寒着を来た男性で、彼は一晩の宿を貸してくれた  オットーさんだ。荷車、荷車か。私は一度積もった雪に足を沈め見てから。 「この程度なら大丈夫だとは思いますが、安全を考えて今回はやめて  置きます。ただ片手で持てる分は頂けますか?」 「そりゃあ勿論。んじゃあ搾りに行きましょう。」  私は男性に一つ頷いては。 「イリサとリベルテはどうする?」 「牛さんですよね? 是非見学してみたいです。」 「アタシも興味あるわね。」 「分かった。」  二人も私に同行する事に。私は改めて案内役の男性へ向き直り、  彼を含めて四人で村の牛舎へ向かう事に。  牛舎への道中。村の中に降り積もった雪をかき分ける村人に、雪玉を作っ  ては遊ぶ子供達の姿などが視界に入り。やはり異世界であろうとああ言っ  た光景は見られる物なのだなーっと思っていると。 「行くゴブよー!」 「「わー!」」 「にこ君すごーい!」  元気な村の子供達に混じり、雪玉を遠くに投げて遊んでいる見覚えのある  小人の姿を発見。朝に姿が見えないと思ってたら外で遊んでたのか。私同  様彼の存在に気が付いたらしいリベルテが此方に顔を寄せ。 「何か楽しそうに遊んでるけど、こっち呼んどく?」 「いえ。アレはアレで良いんです。」 「「?」」  リベルテとイリサが疑問気な表情を見せる。ニコ(ゴブリン)を連れて来た目的を考え  れば、彼のあの活躍は私が願った以上の物で、今回ニコを連れて来たのは  大成功だったと言える。彼はゴブリン特有の厳つい顔付きではあるが、背も  低く服も着ており、更にニコはゴブリンの中でもかなり親しい接し方行う  ゴブリンだ。だからこそ彼は子供とあれ程仲良く成れたのだろう。  最初彼等ゴブリンをこのメンヒに連れて来た時は村人に大層驚かれた物だが、  それが今や子供と一緒に遊ばせるまで警戒心を溶かす事が出来るとはな。  この短い期間で良くそこまで行けた物だ。  そんな事を考えながら歩き続けていると村の奥、広い牧場地区の様な場所に  立つ建物が見えて来た。あれがこの村の牛舎だ。  牛舎へ近付き中に入ると、中には独特な匂いと共に牛と、何人かの村人の姿。  その中の一人が此方に気が付き。 「オットー。それに魔女様!」 「「!!」」  気が付いた村人達が此方に会釈を飛ばすので、此方も会釈を返す。彼等  の中で私の恩が育ってる様子を確認していると。 「それじゃあちょっと待っててください。」  オットーさんがバケツを片手に一頭の牛へ近付き、その脇に腰を下ろし  ては、見事な手付きで牛の乳を搾る。 「「わぁー……。」」  その様子にイリサとリベルテ、そして抱えられたクロドアも興味津々で  見詰めていた。私は乳搾りを見るのが初めてじゃ無いので“それ事態には”  驚かない。だが代わりに。 『………。』 「(デカくて毛深いなぁ……。)」  異世界の牛、その見た目に驚く。私が知っている牛は白に黒模様で、毛が  薄い牛。しかし此処に居るのは毛がふさっふさで大きな体、おまけに角ら  しきも生えている様子で、私が想像した牛とはかなり違った。私が未だ慣  れぬ牛の容姿に驚き、娘とリベルテが乳搾りに驚いて暫く。  オットーさんがバケツにそこそこの牛乳を搾るとそれを此方に持っては。 「コイツを一度沸かしたら瓶に詰めます。」  そう言って牛舎の奥、火の炊かれた竈に向かって歩いて行く。すると既に  竈を使って居た老齢の村人が。 「……それは魔女様のか? なら此方のを持ってけ。」 「おお悪いな。」 「良い良い。牛を守ってくれた魔女様になら構わん。」  牛乳の入った瓶を手にオットーさんへ差し出し、バケツと瓶を交換する。  そしてバケツを竈に乗せる老齢の村人から、瓶を受け取った彼が此方へ戻り。  牛舎の柱に吊るされていた一つの袋に瓶を詰めては。 「牛乳でさぁ。」 「ありがとうございます。」  オットーさんから袋を受け取る。この牛乳は食料の配達で得られる物ではなく、  純粋に彼等にお願いして得ている品物。食料や薪の配達での頼み事は別件なの  で、これは稼いだ恩の効力と言った所か。私が得られた牛乳に確かな喜びを感じ  ていると。 「いやぁ。お陰でさんで、この牛乳を町で売ってバターが買えます。」 「それは良かっ───ん? いや、この牛乳でバターを作れば良いんじゃ  ないんですか?」  言いながら私は受け取った袋から牛乳の詰められた瓶を一つ取り出し、蓋を  押さえながら振り動かす。牛乳を振りっていると遠い日の記憶が呼び起こさ  れる。小さい頃“牛乳を振るとバターが出来る。”と学校か何処かで知り、知っ  た幼い私は家の牛乳を何かに取り憑かれんばかりにひたすら振り続け。朝が  夕方に変わる頃、優しい笑顔を浮かべた両親から“スーパーで買った牛乳じゃ  バターは出来ない。”っと言われるまで振り続けたものだ。  私は畜産業に明るい訳では無いが、搾りたての生乳ならばバターが出来る  事を、幼い日の経験から大人に成って調べ物をしたので知っている。  とは言えそれは私の浅く薄い知識。もしかしたら此処(異世界)ではそう簡単  にバターが出来ないのかも……お? 暫くの間振っていた瓶の中には小さな塊が  出来始めていた。 「ああ良かった、一応出来るのだな。」 「ええこんな簡単にバターが!? 魔法ですかいこれも!」 「え?いや、普通に振ってただけですよ。」 「へあ! おい皆、此方に来てくれ!」 「……。(そんなに驚く事か? 後へあって何だへあって。)」  呼ばれ集まった村人達は、私が振って作った小さなバターに驚いて関心  する様を見せている。不思議に思った私は彼等からバターについての話を  聞き、そして分かった事がある。  彼等にバターの精製方法は何ら共有されておらず、バターは町で牛乳を  大量に売って買うしか方法が無いとの事。私は彼等の話を聞いて思う。 「(バターの作り方ぐらい誰でも……。いや、そうか。)」  私がこの異世界の常識を知らないのと同じく、彼等も私の世界の常識を  知りえない。その事に気が付けた、これは大きな事ではないだろうか。  過去の私はバターの作り方を学校かネットで知ったのだろうが、此処には  その両方が無い。学校は大きな町や都市部などに行けばあるらしいが、  そこへ毎日通う方法はこのメンヒ村には存在せず。農村にも拘らずバター  の精製方法を知らぬのは、それ事態が此処では貴重だからではないだろ  うか? ふむ、ふむふむ。 「オットーさん。それと皆さん。」 「「「?」」」 「今から皆さんに私が知るバターの製法を教えます。なので、それを  今後実践してみてはくれませんか?」 「「「!」」」  驚く彼等の輪の中から、あの老齢な村人が一歩出て来ては。 「儂らにバターの作り方を教えるって、そいつは本当ですかい魔女様。」 「ええ。と言ってもそれが正しい物かは生憎確証出来ません。ですので、  是非貴方の様に長い畜産経験のある方に、私が教えた方法から試行錯誤を  してもらいたいのです。お願い出来ますか?」  老齢な村人は何故か活力に満ちた瞳でもって。 「是非教えてください。」 「お、俺も。」 「おれもおれも!」  彼の返事を皮切りに老齢な村人の隣に人が並び。皆話を聞く体勢をとる。  そんな彼らに私は元の世界。大人に成ってからふと幼い日の出来事を思い出し、  気まぐれで調べたその知識を、彼に余す事無く伝える。  真剣に話を聞く彼等に説明する傍ら、私は自分が持っている知識の重要性を  思う。私にとってバターの作り方など誰もが知ってる常識で知識、だが。この  異世界に住む彼等にはそうでは無い。彼等にはその情報、常識や知識を広く共  有する術がなく、また知っているであろう者も敢えて共有を拒んでいる事もある  のだろう。それもそうだ。この知識と技術で儲けているのだろうからな。  その事に考えが思い至り、だからこそ彼等に私はこの知識の全てを話す事に  した。それが何故かと聞かれば。 「(悔しいからだ。)」  折角救ったこの農村の、大変貴重な資源(牛乳)をボッたくられるのは気分がよろし  くない。彼等の持つ資源。その活用方法を教える事は彼等を、引いては所有  する資源を守る事にも繋がるからな。そうして守られた資源を売った恩で私も、  等と思惑塗れの考えから彼等にバターの作り方を説明し、それが終わる頃。 「───以上です。」 「「「………。」」」  彼等は何時の間にか取ってきた大きな手帳の様な物に必死に書き込んでいる。  きっとあれは私の村にあったような手引書の類だろう。彼等が書き込む間、  私はつい話し込んでしまったなと思いながら、イリサを目で探す。  イリサはリベルテと一緒に牛の囲われた柵の近くに居り。 「牛さんって大きいですね。」 「ねぇ。こんなに大きいなら二人で乗れたり出来るかもよ。」 「ふふ。でも乗ってみても、きっとこの牛さんは動かないと思います。」 「あー確かに。それに乗るならやっぱ足の早い馬が良いわねー。」  等と。柵越しに見遣る牛について二人は話していた。その様子を見ている  と、イリサの抱いたクロドアが長いその首を柵近くまで伸ばし。また牛の  方も伸ばされたクロドアの顔に自らの鼻先を近付け、そして。 『───ッ!』 『!?』  大きな鼻息を一つ。クロドアの顔に吹きかけ、怯んだクロドアにイリサと  リベルテが笑う。何とも微笑ましい光景だ。 『………グァ!』 『『『!!?』』』  怯んでいたクロドアが動きを止めたかと思えば、小さいながらも中々迫力の  ある鳴き声を一つ発し。それを聞いた牛たちが一様に取り乱し始め。 「おわ!?」 「ど、どどどうした落ち着け!」 「おい! 後ろに回るなよぉ!」  手帳をほっぽり村人達が牛を落ち着かせる為に大慌てで動く。危険は小さいだ  ろうが、私もイリサとリベルテを側に引き寄せ。彼等が牛を落ち着かせる  のを待つ。やがて牛たちも落ち着かせた後、オットーさんが此方に近付いては。 「騒がしくてすいません魔女様。」 「いえ、多分その、原因は此方なので……。此方こそ申し訳ない。」 「ああそんなっ!」  頭を下げる私に慌てるオットーさん。恩の売り過ぎで少し持ち上げられ気味  だな。しかし村の害獣危機を救い、今現在も食料で助けているとも成れば、  此処までの扱いにも成ってしまうか。  私は頭を上げては隣に居たイリサ、その腕に抱かれるクロドアを見遣り。 「もうあんな事はしちゃダメだぞ。」 「クロ。めっ、ですよめっ。」 『! ………。』 「わーすっごい落ち込んでるわね。」  私に続きイリサにも叱られ。長い首をだらりと下げては“しゅん”とするペッ  トの黒いドラゴン。そう、これは小さくともドラゴンなのだ。であればライオ  ンにも、いやそれ以上の位置に属する食物連鎖の上位種。その片鱗であろうと  見せれば牛も驚き慌てるだろうさ。この小さいのが自分達を捕食する側とも  成れば。……まあ。本物のドラゴンが牛を食べるのかは知らないが、今の所こ  の小さな捕食者の一番の好物は果物と、蒸したジャガイモなのだがな。  私はクロドアから視線をオットーさんに戻し。 「こう言う訳なので、いや本当に申し訳───」 「「お父さんっ!」」  ペットの躾の無さを詫びようとしていると、牛舎にオットーの娘と息子。  それと。 「親方ぁ!」  オットーの娘フィリッパに手を握られた、見覚えのあるゴブリンが一人。  計三人が駆け込んで来た。その彼等にオットーさんが言う。 「ああ。大丈夫今のは牛がちょっと騒いだだけだ。」  騒ぎを聞きつけ駆け込んで来た彼等に説明。だが。 「え? それと違うよっ! ネズミが走ってるの!」 「違う! 見た事も無い馬車が!」 「親方ぁ!ネズミが馬車でゴブよ!」  フィリッパとその兄。更にうちのニコが意味不明な事を口走る。  全然意味が分からんぞ。なので私は彼等に。 「三人一緒に喋らず一人ずつ話してください。」 「村の向こうを馬車が走ってるの!」 「その馬車をネズミが追い駆けてるんだ!」 「ゴブ!」  兄妹が駆け込んで来た理由を簡潔に話す。馬車がネズミに追い駆けら  れてる? それに最後のゴブは必要だったか? 等と考えていると。 「っ!? クンツ、お前は直ぐ他にも知らせに行けっ! フィはお母さんを  探して家に居なさい!」 「「!」」  父親に指示を受けた兄妹が走り去り。牛舎に居た村人達も慌ただしく  動き出す。状況の把握出来ない私は隣に立つイリサ───もよく分かっ  て無い様子だったので。 「(ねずみ)がそんなに大事なんですか?」 「そうね。普段は温厚で大人しいし、明るい場所になんて出て来ないけど。」  リベルテが話を区切るとその間にオットーさんが話を差し込む。 「この時期に出てくる奴は貯えがないんでさぁ。」 「やっぱり。此方に来たら大変、よね?」 「ええ。貯えの無い奴は食えるもんは何でも食いやがる、野菜も牛も。」  一呼吸置いては。 「それと人間も。」  成る程。飢えた雑食獣らしいな。波のように押し寄せて食い荒らされたら  たまった物では無いのだろう。火でも焚いて追っ払いたくはなるが、それ  程慌てる事か? もしかしたら凄い量で動いてるのか? 私が波の如く迫る  鼠の海を頭で想像していると。 「昔一匹退治した事があるし、追い払えるか試してみるわ。」 「本当ですか!」 「(またこの人は……。)」  彼女の善性は素晴らしい。それこそ物語に出てきそうな善人その者だ。だが  それを誰にでも発揮する事だけは、如何ともし難く思う。まあだからこそ善人  なのだろう。それに今回の相手は鼠だ。必要とは到底思えない剣を引き抜く  リベルテに。 「ご一緒しますよ。」 「! それは、心強い。けど良いの? これって私の我儘よ。」 「成る程。分かっているなら尚更ご一緒します。」 「……ありがとう。」  彼女は自ら厄介事に首を突っ込んでいると、その自覚があるらしい。それが  分かっているのなら、分かった上での行動だと言うなら是非付いて行こう。  リベルテの善性は素晴らしく、そこから突き出る行動も同様。だが彼女は  良く居る物語の英雄思考で、自らの犠牲を顧みていないか、または勘定に数え  ていない節がある様に思う。それではいけない、誰かの為に戦うにはそれでは  駄目なのだ。なので犠牲の可能性を彼女にそれとなく伝える為、私は彼女に同  行する。誰かが付いてくれば、その誰かを失う可能性もあり、そしてその可能  性を他者も同様に考えていると言う事。それに彼女が気が付ければと思う。  そうなれば、より一層イリサを彼女に守らせる意義も増すと言う物。  さて、自分が倒れれば誰が誰を守るのか。それに少しでも気が付いてくれる  と良いのだがなぁ。 「お父さんが行くなら勿論私も行きます。」 「ダメよ。イリサは危ないからフィちゃんと家に隠れて───」 「……いえ、イリサも連れていきましょう。」 「ちょ、本気?」 「ええ。イリサ、付いて来るなら私の側を離れないようにね?」 「はいっ!」 「まあ。アンラさんがそう言うなら私は何も言えないわね。それにアンラさん  の側が一番安全だろうし。」 「絶対安全です。」  誇ってくれるイリサに『そうね。』と呟くリベルテ。彼女は私の秘密を知っ  ている。だがそれでも頼ろうとはせず、当てにせず。自ら行動を起した事、  それには彼女への高感度も上がるという物。とは言え、彼女に自らの行動を  顧みさせる為にイリサを連れて行く訳ではない。仮に鼠を逃し、村へ置いた  イリサが手でも噛まれたら一大事。それなら側に置いて守った方が何倍も安全  だろう。  そう思っている私にリベルテが言う。 「とろこで。連れて来たニコは何処行ったの?」 「「?」」  辺りを見渡すも姿が無い。見当たらない者を探す私達にオットーさんが。 「あの、連れのゴブリンさんなら娘が手を引いてそのまま……。」 「「「……。」」」  一瞬の間を置いてから私が発言する。 「それじゃあ行きましょう。」 「お願いします!」  オットーさんに見送られながら私達は牛舎を後にし。村を出ては少女から  聞いた方向へと進む───  ───村を出て直ぐに広がる平原は、昨夜降り注いだ雪に緑を覆われ  一面を白く染め上げていた。広大な土地が白に染めがられる様は正に  圧巻の一言。輝く雪原の、何とも美しく幻想的な光景だろうか。私は  暫しその冷たくも煌めく光景に心を奪われ。 「! 居た!あそこ!」  声を上げると同時に走り出したリベルテに、本来の目的を失念していた  私も少し遅れては後を追う。イリサに気を回しながらリベルテの行き  先を見遣れば、村から離れた場所。起伏を超えた先には横転した馬車が見え。  それへ走り近付くと。 「これは……。遅かったですね。」 「……みたいね。」  横転した馬車は扉を開け放ち。辺りには白を赤く染め動かくぬ人の姿。  それは幾つか散見しており、どれも生存しているとは思えない形で、だ。  私はイリサに見せまいと少し距離を取り娘を背に隠す。  リベルテはと言えば、動かぬ人形(ひとがた)に生死の有無を確認している。と。 「あら? あそこに居るのがネズミ、でしょうか?」  馬車の惨状とは違う、遠くを見ていたイリサの言葉に視線を追って見れば。 『───!』 「!!!?」  少し離れた位置で()()()()()()()()()が、鼠が二足で立ち上がっては、  誰かしらの息の根を止める場面が見えた。白い雪原が陽の光を反射して  良くは見えないが、鼠の前から赤い何かが見え。それは恐らく逃げた  生存者を、最後の一人を仕留めたのだろう。いやしかしデカイ。遠目から  横姿を見ただけだが、それであのデカさなら確かに脅威だ。もっと小さく  細々とした存在かと思えば、いやいや。 『! ……。』  不意に見遣った鼠が、その顔を横へ。此方に向けた気がし。 「不味ったっ。此方風上じゃない! アイツに匂いを覚えられたから、村に  引き返せないわよ!」 「(おー凄い。風上とか匂いを覚えられるとか、そんな台詞を現実で  聞ける日が来ようとは。しかし台詞姿が様になってるなぁ。)」  じゃない。これで村に引き返せなく成ってしまった訳か。仮に村に帰らずとも  あれが村を襲えば、折角この前厄介な害獣を追い払ったのにそれが無駄になる。  全く。害獣被害の絶えない村で、害獣の規模が大きい場所(異世界)だな。  仕方がない。最初の使用を獣払いに使うのは少し持った無いく思うが、試せる  機会と割り切り、場面に拘るのは止そう。  考えながら私は自分のロングコート裏から、一本の短剣を取り出す。それを  前方に見える鼠へ差し向けては、手にした短剣へ魔力を籠める。すると刀身に  刻まれた沢山の文字が淡い光を放ち始め。魔力が十分に満ちたであろう所で。 「マギア(起動)」  記録した魔法を起動。すると短剣の切っ先から少し離れた場所に  魔法陣の様な物が浮かび上がり。陣から勢いよく火炎が吹き出ては。 『───!!!』  それは前方に居た目標物の上半身を通過しては消え去る。火炎の過ぎ去った  後には下半身の白とは対象的に、真っ黒な上半身をした鼠が残され。 『……───』  ぐらりと倒れる。その刹那、鼠の足元で何かが動いた気が─── 「凄い! お父様それは何ですか!」  目をキラキラと輝かせたイリサの言葉が耳に届く。 「あ、ああ。これも自作の魔法道具だよ。」 「クリスタルだけではなくその様な物まで……。はぁー……。」  感嘆を口から溢れ出すイリサ。 「これはイリサかリベルテに持たせようと思っていた、護身用に  作った物なんだ。」 「え゛。そんな物騒な物を?」 「身を護るための力は大事ですよ。今回のこれはイリサに───」  そう言って短剣を見遣ると。“ビキキ”っと小さな音が最初に響き。  次の瞬間“バギンッ”と大きな音を立てて刀身が砕け散る。 「───っと思ったが。どうやら失敗作だった、らしい。」 「……それは残念です。」 「ごめんよイリサ。護身道具はもう少し待ってくれ。」 「いえ! 私はお父さんが側に居てくれればそれで!」 「まあそれが一番よね。後次の護身道具はもう少し威力抑えめでお願いね。」 「善処します。」  私はイリサの頬を軽く撫でてから、しゃがみ込んでは刀身の欠片達を拾い  集める。誰かが踏んでは事だし、失敗作から何か得られるかも知れないしな。  うーん。それにしても何故失敗したんだ? 魔法は問題なく発動した様に  見えたが、と言うか刀身が砕けるとはどう言う? ……分からん。  悩みつつ欠片を拾い集め立ち上がると。微妙な表情でイリサを見ていた  リベルテが私へ。 「あのネズミの息を確認してくるわ。」  言いながら彼女は一人剣を構えながら鼠へと歩いて行く。ふむ。  私はそれに付いて行かず、代わりに不測の事態に備え片手を鼠へ向け置く。  そうして眺める先ではリベルテが鼠の側へ立ち剣を構えるも、その剣を  腰に差しては鞘へと戻す。どうやら絶命している様子だ。確かに火力が  強すぎたなと冷静に考えながら、視界の先のリベルテがふと足元を見下ろす  のが見え、雪を払う仕草の後。“バッ”と立ち上がり鼠に両手を着けては。 「っ! アンラさん!」  私の名を叫ぶ。ただならぬ様子に私とイリサも急ぎ駆け付けると。 「ネズミの下!ヒト!」  それだけ叫ぶリベルテ。イリサが抱いたクロドアを下ろしては、鼠を退かす  のを手伝おうとし、私が肩を掴んではそれを止め。代わりにリベルテにも退く  よう手振りを示しては。 「っ!」  両手で鼠を押し上げ隙間を作る。一瞬驚くリベルテが直ぐ様隙間から人を引っ  張り出し、完全に退いたのを確認してから私は手を離す。鼠の体が再び雪原に  沈み。ふと辺りを見遣れば血の跡に、うつ伏せで倒れる誰かの死体。  それは先程見た最後の一人、だと思っていた誰かだろう。まさか此処に  もう一人居たとはな。私は死体から今助けた人物へと視線を動かす。 「! 手枷か。それに同じ服。」 「あっちのもそうだったわよ。多分奴隷、だと思う。」  成る程。イリサに見せまいと距離を取ったが、あちらも手枷をして  いたのか。つまり奴隷でもあるのだろうが……。私は一瞬言葉を詰ま  らせた彼女に代わり。 「それか犯罪者か、ですね。」  リベルテが真剣な表情で倒れる女性の首元に手を添える。女性、とは見た目が  そう見えるからだ。脈を確認していたらしきリベルテは“ホッ”と表情を一瞬  見せてから。 「大丈夫。このヒト息があるわ。」 「それは良かった。ではその人をメンヒへ運びましょうか。」 「了解。」  私はもう少しこの辺りを調べたいと思ったが、先程から空が怪しい。  これ以上時間を掛けるのは良くないと考え、私は倒れた女性を担いでは、  急ぎ村へと戻る。  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇  村に戻った私は村人に事情を話し。拾った命の処遇を彼等に任せ、また  降り出す前にと思い。自分たちの村、ステリオンへと帰る事に。 「あのヒト。良くなると良いですね。」 「そうね。」  帰りの道中イリサとリベルテが話す。その話題の内容は助けた彼女。  村人に彼女の事を任せ、私達の存在は伏せてもらうよう頼んで置いたが、  大丈夫だろうか。いやまあ大丈夫だろう。それとない話も渡して置いたし、  彼女がもし犯罪者でも女性一人にあの村が壊滅する何て事も無かろう。  奴隷かもしくは犯罪者と言う情報も共有したからな。 「はぁ~楽しかったゴブ。でもあれで良かったゴブか?」  考え事していると、抱えたニコが此方に質問を飛ばす。彼を抱えている  のは埋まって上手く歩けないからだ。私は抱えたニコへ。 「ああ。大助かりだったよ。」 「ギギッ。あんなに楽な事ならまた頼んで欲しいゴブ。  出来ればコスタスやヴィクトルに捕まる前に頼むゴブ。」  抱えたニコに私はやれやれと思いながら空を見上げ、まだ降って来ないで  くれと思いながら歩く。  四人と一匹が白い森を歩き。空にはどんよりとした雲が、その厚みを  増していた───
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