第六十話 知識欲

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第六十話 知識欲

 ───何処かの一室。広すぎず狭すぎない室内にはベッドが置かれ、  その上に横たわるは暗めのブロンド女性。眠って居た彼女の意識が今、  覚醒する。 「───………。」  目が覚めた。驚きだ、もう二度と目は覚めない物と思っていたのに。  何故そう考える? 開けた瞳を閉じ意識を内側に向ければ、思い出され  るのは冷たい馬車と衝撃、それに精神病質者に魔物。どれも取り立てて  思う程の事も無い事柄ばかり。いえ、もう少し先に何か、何かを見た気が  する様な……。 「炎。」  思い出せない私に無意識の私が記憶の枝葉を揺らす。揺れたそれは脳裏に  映像を呼び起こし、閉じた視界に身に迫る白い魔物が現れ、それが不意に  獲物()から注意を逸らす。何故かと疑問に思う間にそれは起こった。  倒れる私の視界先、魔物の()()()()()()()()()()()()()。視線の先から  熱波を感じながらも、私は急いで体勢を変えては炎の出処へ視界を向ける。  見遣った遠くには誰かが立って居て、その人物は何かを此方に差し向け、  それからあの炎が生成されている、らしい。微かに見えた陣は超然とした  輝きを放ち、私の目と心を強く惹き付けて来る。もっと近くで見たい。  そう思った瞬間。私は上からの衝撃で意識を失い、同時に閉じていた瞼を  開く。 「……あれは。あれは一体何だった?」  魔法、である事は間違いない。しかしあんな強力な魔法はおいそれと  目に出来るものじゃないし、発動者も一人だけに見えた。いえそれよりも  あれが魔法だとして、何かしらの道具から生じていた様にも? その一点に  私の興味が惹かれる。 「魔法の記録された道具。魔道具。それにアレ程強力な魔法が?」  魔道具なら幾つか見た事もある。でもどれもが大した事の無い品ばかり。  太古の時代に制作された魔道具の中には禁制品もあるとは聞いた。でも  それがああも容易に、しかもあの程度の魔物を討伐するためだけに使用  される? いえ、使用に関してはどうでも良い。もしあれが前時代の遺物  なら、一体どの様な機構と構造の関係性であの様な物が? 気になる。気に  なる。一体どの様な古き叡智が、秘された神秘がアレには込められ。それを  (つまび)らかにしては秘法を技法として昇華出来ない物か。私は考える。  ……これは私と言う存在の性質。生まれ持った(さが)であり今日まで培っ  た個性。 「その所為でこの始末な訳だが……。お陰で少し面白そうな物が  見れた。」  居た場所にもう未練は無い。作り奪われたモノも、その知識は頭に残っ  ている。気になるヒトも気に掛けるヒトも居ない。戻ればまた自由を  奪われ、その先に待つのは死のみ。だと言うのなら。 「生き残れた、この以外な幸運を使わせてもらおう。」  詰まらないこの世界を生きて行こうとする意思は、相変わらず希薄で。  しかしそれも死んで終わらせたい程では無い。だからダラダラと刹那  を生きてる。等と、意味の無い自分の生死観を頭で考えていると“コン  コンッ”と言うドアを叩く音が聞こえ。 「もう起きてます?」  誰かの声が掛かる。声の質的に男性。私はベッドから上体を起しながら。 「はい。」 「失礼しますよ。ご気分の方はどうですかね?」 「……少し体に違和感がありますが、問題ありません。」 「さいですか。あ、一応飲み物を持って来ましたんで。」  私は予想通り現れた男性と少し話し、彼が持ってきたコップを受け取り  中身を飲み干す。 「……っ。ありがとうございます。」 「いえいえ。」  今の所友好的で、私が面倒だと思う側の人間にも思えない。以上の  事から私がまずすべき事は。 「あの。それで私は何故此処に?」  情報の収拾。思い出せる限りでは馬車を魔物に襲われ、私は助かった  らしい事だけ。まずはその後を知る必要がある。私が尋ねると男性は。 「えっと。あんたさんが乗ってた馬車がネズミに襲われて、通りすがり  の御仁がそれを助けましてね。んでこの村まで運んでくださったんです。」  御仁。と言うのは今私が一番気になる物を持つ人物。最後微かに見た  あの誰かだな。そっちも気に、いやそっちだけが今の私の興味、だが。 「そうですか。村と言う事でしたが、此処は何て名前の村何ですか?」 「ここぁメンヒって村でさあ。」  メンヒ、メンヒとはね。馬車での輸送にしては間に休みが多いと思って  いたけれど、まさかこんな辺境まで運ばれているとは。まさか()()()()? いや  態々此処まで運ばれたんだ、噂の存在ももしかすると……。これは馬車に  乗ったままでも楽しめたかも知れない。今の興味が尽きたのなら、行って  みるのも悪くないかも。とは言え今の私の興味はあの魔道具。私は男性に  興味の対象について探ってみる事に。 「メンヒですか、成る程。それで私を助けた御仁は?」  尋ねると男は一瞬間を置き。 「あ、ああ。それが旅の途中らしくて、もう村を出て行かれましたよ。」 「行き先などは? 」 「さあ。特に何も言わずだったもんで。」 「そうですか。」  男性の目が頻りに動く。挙動から察するに彼が何かを隠している事が─── 「あのーですね。それで此方からも聞きたいんですが。」 「? 何でしょう。」  彼はベッドの隣、サイドテーブルから割れた手枷を手に取り。 「あんたさんが何者か教えてもらえんか? 俺には大切な家族が  いるんでねぇ。」  緊張した様子の男性。ああ、挙動の正体は此方かも知れない。 「そうですね。奴隷なら安心出来たでしょうが、あれは犯罪者の  輸送馬車。ですので御者二人以外は全員犯罪者ですよ。」 「……。」 「他の連中の事は興味も無いので覚えていませんが、私の罪で  言えば“神秘への冒涜”に当たります。」 「神秘の冒涜?」 「端的に言えば国が守れと行った法を破って、魔法を使用したんです。」  より正確にはもう少し違う。でも魔法知識の乏しい者にはこれが一番理解を  得られる話しだ。さて犯罪者と、魔法を扱える者と分かってこの人物はどう  反応する? 出方を伺おうと情報を与えたが、警戒していた男性は以外な反  応を見せる。 「ああ。あんたさん魔女か。」 「? そう言う呼び方もされましたね。」 「んで。俺が一番聞きたいのはあんたは他人を傷つけるのか?」 「……いいえ。そんな積りは無いですよ。」  応えを聞くと男性は一息吐き。緊張を幾らか和らげたのが伝わる。犯罪者に  変わりは無く、魔法知識に拘らずよく知らないモノをヒトは恐れる傾向にある、  だと言うのに。 「それが聞ければ満足でさぁ。いやぁ魔女だったんですねぇ。」 「(彼は何故こうも安堵を漏らす?)」  よく知りもしない犯罪者で、この辺境では魔法も珍しいはず。いや逆に  辺境過ぎて危機意識が乏しい? 彼との会話から拾った疑問を頭で調べて  いると開いたドアの方から。 「魔女様がどうしたの?」  年頃が十一~ニ歳の少女が顔を覗かせる。声に反応した男性はドアへ  振り返り。 「ん。いや、このヒトも魔女だってだけの話───フィッ!  また盗み聞きか! それに家には入るなと言っただろう!」 「! ち、違うよ! また降り出しそうだよって教えに来ただけだもんっ!」 「なに!?」  少女の言葉を聞くと男性が大慌てで部屋を飛び出して行く。その様子は  かなり切羽詰まっている様子だった。犯罪者である私を一人残す程の大事、  それも気になる。だけど。 「「……。」」  私は少女。彼の娘らしい人物と見詰め合う。この意味の無い睨み合いは  何時まで続くのだろうと考えていると、少女が不意に。 「お姉さんも魔女様何ですか?」 「ええまあ。(様付け? 魔女をよく知らない?)」  応えを聞いた少女は目を輝かせてはベッドの側へ近付き。 「すごい! 良いなぁ良いなぁ! 私も魔女に成りたいなぁー!」  羨望の眼差しを私へ向けて来る。 「貴方が成りたいのは魔法使いでは?」 「ううん。私は魔女になりたいの。」  少女の言動は理解不能。知識乏しさ故であろうと、魔女と言う単語を  知っているならそれが良い意味では無い事も知っているはず。なのに  この言動と言うのは。 「誰か憧れる魔女でも居るの?」 「うんっ!」  思った通り。彼女が思い描く想像にはモデルが存在して居た。こんな  辺鄙(へんぴ)な村に魔女がいる? 拾い集めた疑問を頭で整理していると。 「そうだ。魔女さん寒くないですか?」  問い掛けてきた少女の顔は心配ではなく、どちらかと言えば期待の  眼差しに満ちていた。つまり。 「ええ。少しだけ寒いです。」 「それじゃあ!」  少女の求める解を渡して見れば、大層嬉しそうにし。手に吊り  下げていた袋から一つのクリスタルを取り出し。 「………。」 「!(これ、は……。)」  少女が両手でクリスタルを握り瞳を閉じる。すると直ぐに彼女が手にした  クリスタルがオレンジ色の光を放ち、それと同時に周りに温かさを感じる。  魔法の知識も無さそうな村で、警戒心の薄い村人が、こんなにも幼い少女が  目の前で魔法を、魔道具を使用して、みせた? 私は眼の前で繰り広げられた  驚くべき事実に言葉を失う。 「フィ!」 「あ! はーいっ!」  遠くから男性の呼び声が聞こえ。 「これでちょっとの間は温かいですよ。それじゃあお父さんが呼んでるから!  またね魔女さん!」  少女は光と温かさを放つクリスタルを私の膝上に置いては部屋を出て行く。  膝上に置かれたクリスタルに手を伸ばそうとして、上手く掴めない。 「……っ。」  左手で震える右手を押さえながら、何とかクリスタルを手に取る。手にした  クリスタルからは未だ淡い光が放たれ、そして温かさで周囲を満たしている。 「これは、これは何?」  辺境の地ではクリスタルを当たり前に持っているの? いや装飾として  の価値もあるとは聞いた。しかしそれは中身の無い、ただの結晶石の話し。  これは違う。これには魔法が入っている。それだけで一体どれだけの価値が  ある事だろう。金銭的価値は知らないが、技術的価値で言えば幾らふっか  けられようとも欲しい一品に違いない。ただ魔法が入っているだけなら  私は見向きもしない。でもこれ、これには。 「あんな少女ですら扱える程の、安定した魔法。これだけ安定したクリス  タルならば誰しもが扱えるのでは? いやそれより詠唱は一体何処に  消えたの?」  これは所謂天然物のクリスタルと言う物? 極稀に魔法を記憶して生成  されるクリスタルが存在する何て話を聞いた事あるけど、これ程の物だった  なんて。やはりアナグラに籠もらず外に出てみるべきだった。こんな物に  出会えるなんて……。中を知りたい、見たい。 「識るべきモノ、識りたいモノが此処に在る。私は知るべきを識り、知らぬ  を識る為。自らの瞳を開きそれを視よう───マギア。」  好奇心が押さえられない、押さえる気の無い私は自らが持つ最高位の魔法を  持ってして、クリスタルの中身。そこに記憶された魔法を覗き視る事に。 「……───」  言葉が消える、思考が溶ける。呼吸をするのも忘れ、私はただただ視えた  景色を瞳に焼き付けるばかり。 「っ! はぁ!はぁ!はぁっ!」  やがて危機を感じて体が呼吸を強制。それと同時に集中が途切れ唱えた  魔法も効力を消す。私はクリスタルを胸に抱いて、起した身をそっと横  たえる。身を委ねたベッドの上で、今まで感じた事も無い高揚と興奮を  同時に感じていた。 「綺麗。」  呟いた言葉を私は今まで使った事があったか? 何を見て私は綺麗と感じた事が  あった? もし今まで綺麗だと思っていた物があったとして、その全ては今この  瞬間色褪せてしまったのだろう。それ程までにこの、クリスタルの中に収めら  れたモノは美しく、比類する美しいモノがあるとは思えない。ああ、学び知り  試そうとする者が感情に任せ、無い事を無いと確かめずに無い等と! 「……っはぁ~……。」  私は片手で両目を覆う。触れた顔が熱に熟れているのがよく分かる。これ  程感情を感じられた事が今まで……? あそこに誘われた時の感動も、今  見れた物の謎に比べれば取るに足らない。このクリスタルに記憶されていた  魔法の陣は、記号は、描かれた全てが調和の中に置いて、これ以上の詰所の  無い程整然としていた。……だからこそ気が付く。 「これは決して天然のクリスタルじゃない。」  中に記憶された人工の、それも見覚えのある火の魔法。初級中の  初級で、学んだ者も一生に一度使うかどうか怪しい程の物。だと言うのに  何故あそこまで美しく、そして此処まで効力が強い? この魔法がこれ程  優秀であったのならもっと多くの者がこの魔法を使ったに違いない。  私は自らが持つ魔法で多くの魔法を視て来た。しかしどれもがどれも似た  物ばかりで、新鮮さへの驚き等と言う物は消え失せて久しい。楽しみと言えば  古い魔導書をこっそり覗き見る事だけ。  そんな私に既存魔法の、それも既に識っていると思っていた物で、新鮮さへの  驚きを感じられるなんて! これが何処から来た物なのか是非知りたい。  私は身を起し、何か知ってるかも知れない少女。或いはあの男性を探そうと  部屋を出て、思わず身を潜めた。 「ありゃ本格的に降る感じだ。」 「本当? それなら色々準備しないとね。」  話しているのは一方があの男性と。もう一人は女性の誰か。 「ああ。だけど魔女様のお陰で食料と薪は村中で共有出来るだけは  あるから、必要なのは雪避けだけだ。」 「魔女様には感謝しても仕切れないよ私は。息子とダンナの命を  救っていただいて、村まで……。町のひょろっこい騎士共何かとは  大違いだよ。」 「全くだ。しかし本格的に降るってなると、暫くは魔女様も森から  村にはこれんだろうなぁ。いやぁ食料を昨日届けてもらって助かった!  しかし、何であれだけバラバラなモンを───」  私はそこまで話を聞いて、玄関から反対へと動き。近くにあった  防寒着用の衣服を拝借。裏口をそっと開けては誰にも見られぬよう  村を抜け出す。  抜け出した先は広い雪原。そしてもう一方は───深い森。 「森の中に魔女……。森の中の魔女……。」  当てもなく森に入るなど危険過ぎる。そもそもこの森か分からない。  だと言うに、私の理性を圧倒する好奇心。生まれて初めて感情が理  性を殺し体を動かす。私は手にしたクリスタルに魔力を込め。発動する  魔法に震えながら。 「………。」  森へとその一歩を踏み出した。  女性はクリスタルを握りしめ、雪の降り出した中を森へ向けて歩き出す───
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