第六十四話 素晴らしき魔の道

1/1
前へ
/19ページ
次へ

第六十四話 素晴らしき魔の道

 ───吹雪く夜の村。明かりの灯る家屋の一つ、その書斎では黒の男が  困り顔を浮かべては立ち尽くす。  前にリベルテから聞いた話だが。この、魔法が存在すると言う異世界では  魔法に手を加えた者、魔法を違法に使用した者達を魔法犯罪者。魔女と呼び  それを罰するのだとか。  魔法がある世界になら魔法に関する法もあるのだろう。しかしそれも罰する  何者かの目が届かなければ何と言う事もない。バレなきゃ良いとはよく言っ  た物で、私はこの異世界で知った素晴らしき力、魔法。それに何の躊躇いも  無く手を加えていた。  此方は魔法の無い世界から来たのだ、バレる心配が無いとなればこんな面白い  モノを弄る機会、それを我慢などは出来まい。そして今。犯行現場であり違法  魔法の製造所とでも言うべき我が書斎。 「………。」  その部屋の書斎机横では何故かブロンド女性が卒倒している。  この女性は魔法犯罪者らしく、外来種な私とは違い本物の、この異世界産の  魔女だ。犯罪者と聞いて警戒を解く者など居はしないだろう。勿論私も同じだ。  なので、危険だと思えばこの女性には悪いが()()()()()()事も考えていた、いた  のだが。 「………。」 「ふむ。」  どうしたものかと見下ろすブロンド女性は、また随分と幸せそうな顔で  倒れている。はぁ。まだ聞くべき話も聞けていないのではな。 「……?」  ふと倒れる彼女の手を見れば。倒れる直前興奮して見ていたらしき短剣の欠片、  その刀身が握られており。力んだ所為か倒れた時の衝撃か、彼女の手からは血が  流れ出ていた。私は彼女の手から短剣の欠片を抜き取りポケットへ仕舞い。 「っ。」  倒れ伏す彼女を抱き上げては、ソファーへ運び寝かせ。 「マギア・エラトマ・エピ(眷族への慈悲)ディオル」  血を流すその手を治療する事に。流したままにすれば床が汚れるし、最終的には  行方不明に成ってもらうかも知れないとしても、今はまだその時では無い女性。  ならば怪我の一つぐらいは治してこそ紳士だろう。非人間と言えどまだまだ私は  人に気が使えるぞ。……後恩も売れるしな。  等と思いながら、聴取を滞りなく行うため。恩売り目的で治療を始めたは良いの  だが。 「……ん?」  短剣の欠片で斬ったらしい彼女の傷は徐々に塞がって行く。しかしその速度が  これまで見た中で一番遅いのだ。リベルテ、イリサの時の傷に比べればこの  程度一瞬で済みそうな物。それが何故? 元居たゲーム世界基準で考えれば、  対象物違いで治療速度に違いは生まれない。しかし私が持ち込んだスキルの  多くはこの異世界に置いて仕様変更が加えられており、そもそも今使っている  これも容易に他者を治癒出来ないはずの物。ううむ……。謎だな。 「んん……。」  スキルの仕様変更に疑問を感じながらも治療を続けていればその彼女が目を  覚ます。 「ん~……んんんんっ!?」  意識を取り戻した女性は“ガバッ”と起き上がり治療されている手をマジマジ  眺めたかと思えば。次の瞬間。 「識るべきモノ───」 「!」  何事かを呟き始め、同時に私が感じ取った感覚。それは自らが魔法を使う時、  或いは他者が魔力を籠めるなどした時に感じるモノ。私は彼女からその感覚  を感じ取り、瞬間的にその口を手で塞ぎ。そして───“コンコンッ” 「───」 「……はい。」  不意に書斎のドアを叩く音が聞こえ、意識を僅かばかりそちらへ傾ける。 「あの、お父さん。」 「? イリサ? 何かあったのか?」  書斎を訪ねて来たのはイリサだった。確かイリサはサキュバスな少女や  リベルテらと共に二階へ向かったはず。何かあったのだろうか? 私が気に  しているとドアの向こうから再び声が届く。 「いえっ! その、寝る前の挨拶を忘れてしまったと思いまして……。  それでその、お休みを言いに来ただけなんです。……もしかして、何か  話し合いのお邪魔でもしてしまいましたか?」  届くイリサの声は不安そうだ。私は片手で口を塞いだ女性に目配せを一つ送り。  女性が頷き瞳を閉じるの見てから、ゆっくりと塞いでいた口から手を離し、  彼女の側を離れ書斎のドアへ向かう。そうして扉を静かに開いては。 「邪魔なんてしていないさ。お休みイリサ、温かくして寝るんだよ?」 「はいっ! お休みなさいお父さん。」 「ああ。また明日。」  此方に手を小さく振りながら、何度も振り帰っては去って行く愛らしき娘の、  その姿が見えなくなるまで私は見送り続け。そっと書斎の扉を閉じた。  まさかお休みを言い忘れたと、それだけの理由で言いに戻るとはな。私は  すっかり挨拶を済ませた気になっていたが、ふ。繰り返された日常とは恐ろ  しい。イリサの行為に暖かな嬉しさがこみ上げ何とも良い気分だ。私は暫し  気分を噛み締め、顔に浮かんだそれを解し消すようにして、頬を数回擦る。  そうして気持ちを切り替えた私はソファー前へと戻る。 「……。」  ブロンド女性は私が側を離れる際の、瞳を閉じたままの姿勢で静かに座っ  ていた。……ふむ。イリサとの会話で直前までの気分が一気に冷めた私は、  そのまま彼女の前に立ちながら。 「さっきは何をしようと?」  尋ねる彼女は目を開け、ほぼ傷の塞がった片手を此方に見せ。 「貴方が使っていた治癒の魔法。あれは珍しい。癒やしに関わる魔法は全て  高度な物で、使用には祭壇や神官。または複数の僧侶が居なければとても扱え  ない。それがどうしてああも。」  女性は一度息を吸い込み。 「ああも易易使われているのかが! この上なく気になりましてっ。  その仕組みを是非覗こうと、つい魔法を使おうとしました。」  彼女が話す内容は非常に興味深い。私の知らぬ魔法の、その知識を話すの  だから。神官や僧侶と言った面白そうなキーワードもそうだが。 「ノゾク? 覗くとは、まさか魔法を見ると?」 「ええ。私には()()()()()()()()()()()。それがありますので。」  何と、何と素晴らしくも羨ましい魔法だ! そんな面白そうな魔法は  是非とも知りたい! 私が心内興奮を爆発させていると。 「私の事も私の魔法もどうでも良い。私は貴方の方が気になる。」  女性がソファーを立ち上がり、意外にも身長が私と近いと分かった彼女の、  その瞳が私を見詰め。 「何故神官が何人も必要な治癒魔法を一人で熟せる? いやそもそもあの  治癒の魔法は? ああ違う違うあの刀身に刻まれたエルフ文字に似た何か  の方がっ! いえいえいえいえ!クリスタルに記憶された魔法もですね!」  女性は瞳孔の開ききった瞳で此方を見詰め徐々に早くなる口調と共に、此方  との距離を詰めて来る。パーソナルスペースへの遠慮もなしに踏み込む彼女。  起きた時は感情の薄い人とかと思えば今はこれで、私は身と心を同時に少し  引いては迫る女性の肩に手を乗せ、その動きを押し止めつつ。 「ちょ、ちょっと落ち着いてください。此方の聞きたい事に答えてくれる  なら、此方もお話しますから。」 「分かりました話しましょう今、今直ぐ!」  肩に掛けた手に感じる圧はそのままで、女性はこの体勢のまま話す積り  らしい。仕方がないと諦め、私は彼女と言葉を交わす───  ───彼女の話を聞いて分かった事。それは彼女が魔女と言う事の他に、  魔法を研究する者だったと言う事だ。 「つまり魔法を研究していた、研究してしまったから魔女と?」  話すうちに落ち着いたのか疲れたのか、ソファーに腰を下ろした彼女。  そんな彼女が見下ろす私へ応えを返す。 「ええまあ表向きは。」 「? 表向きとは?」 「実際には国お抱えの教団に頼まれまして、暗黙の了承下で魔法の研究を  していたのですよ。まあそこで渡されたある魔法が面白そうな物で、 ちょっ  と改良して使ったらそれがバレちゃっては大層怒られてしまいまして。  改良した魔法は勿論その魔法の成果、それど頃か他の研究成果の一切を取り  上げられた挙げ句。勝ち目の無い裁判に放り込まれてそのまま~って  具合です。」 「成る程。」  魔法とは手を加えては成らないのが此処(異世界)での常識で法。とは言えこんな  便利な物、可能性を秘めた物をまさか本当に放っておく訳は無い。なので  権力者が魔法に無関心とは思っていなかったが、まさ本当に裏で魔法を研究  していたとはな。ふ、私の勘も中々鋭いじゃないか。  しかし真に驚くべきは今対峙しているこの女性が、その陰謀めいた物の一員だっ  たと言う事だろう。しかも裏で魔法を研究していた事実を隠すため、或いは  勝手をした罰か。それで証拠隠滅的扱いを受けたらしい。陰謀論的な物語には  良くある話だが、実際にそれを体験した人物とはな。これはまた、えらい拾い物  だなぁ……。まさか超人的戦闘技能でもあるのか? 等と思いながら見下ろす  先で彼女が話を続ける。 「何処で聞いたのか、魔法への素質があると私の事を知った教団の人間に誘わ  れて。こっそり一人で研究するよりもリスクや研究材料に困らないと、好きに  魔法が研究が出来ると思い誘いを受けてみたら。結局魔法を好きに研究する  事も手を加える事も許されず、許されたのは与えられた指示を熟す事だけ。  それじゃあ研究も何も無い。誘いを断って一人研究すれば良かったと思っても、  入ったら中々抜け出せないのが組織と言う物で……。」  目を虚ろなモノへと変え。何処か、(もし)しくは何処でも無い場所を見詰め。 「……私はただ神秘を識りたかった。私はただ魔法を技術にしたかった。  なのに胸躍った場所には発見も驚きも無く、居たのも探究心好奇心を無く  した人形ばかり。好奇心を抑え損ねたら社会的に殺されて。結局異端は  異端だったと嗤われただけ。」  彼女から吐かれる言葉からはどんどんと熱が消えて行き、瞳は虚ろ極まる。  ふむ、この女性はただの魔女では無く魔法を研究していた、言わば学者研究者と  言った所で。しかも探究心旺盛らしい。一般人よりも魔法に詳しく、そして罪人  として人世から捨てられた個人。王族でも貴族でもない人間。それに彼女が言っ  た“魔法を技術に”の考え。……ふむふむ。 「そう言えば名前をまだ聞いてませんでしたね。名は何と?」  光の消えた目で彼女は短く名乗る。 「ドロテア。」  私は彼女を見下ろしながら。 「ドロテアさん。どうでしょう、此処で私と一緒に魔法を研究してみま  せんか?」 「……。」  何処とも言えない場所を見詰めてたい彼女の目が此方を捉えた。  私は自らのポケットから先程拾った、赤黒い物の付いた欠片を彼女へ差し  出す。するとそれへ手を伸ばす彼女。私はその、伸ばされた(てのひら)に欠片を乗せ。 「これを作ったのは私なんです。」 「!」 「しかしこれはまだまだ未完成品。私はもっと上の物を作りたいんですよ。  思い描く理想は高く、望むは新たなるモノ。それには魔法と言う技術をもっ  と深く知り、試行錯誤しなければなりません。」 「………。」 「貴方を異端視する目も此処には無い。貴方にその意欲と興味があると言う  のなら───」  何だか興が乗ってきたぞ。私は言葉の抑揚を強く意識し、彼女に欠片を手渡  した手をそっと裏返しては。 「共に果て無い魔道探求の道を歩き、魔の真髄を探ろう。」  元の声では到底出来ない声質で言葉を吐く。お、おおおー。夜に一人台詞の  練習等をしただけあり、演技の質もまあまあじゃないか? 長く耳で親しんだ  キャラ声だけに上手く出来たと思う。私が私自身の演技力に小さな感動を覚え  ている中。 「………よろこんじぇ。」  口をぽっかり開けた彼女が、若干口からキラリと光る何かを垂らし。動向の  開いた目で此方をしっかりと見詰め。彼女は確かに応えた───  ───その後。私は早速彼女と共に魔法について語り合う事にし、彼女の持つ  魔法知識を共有してもらう。 「成る程。私が知らぬ個別の魔法については興味深い。しかし魔法それ事態  について言えば、どれも私が知っている以上では無いですね……。」  彼女から聞けた話しの中には私の知らぬ種類の魔法があり、種類について  聞けたのは良かった。幅がまだあると言う事だからな。だが生憎私が知り  たかった魔法事態の仕組みないし、その基礎知識を底上げ出来る物は、  残念ながら無かった。 「その言葉はアナグラで研究していた私の月日、そして現在の私に深く  刺さる言葉ですね。いえ良いんですけどね、別に。だってそれだけ私が  此処で知れる物があると言う事ですから。ああ嬉しい嬉しい。」  早口言葉は此方に、視線は魔術書へ落とす彼女。あれは彼女が読みたいと  懇願した物で、少し考える暇が欲しかった私が読む事を許した物。  ……頼み方にまた身を引く思いをしたがな。さて、彼女から私が聞きたかっ  た話はもう聞けたかな? 此処らで一度この人間への処遇に付いて考えるか。  先程はつい興が乗ってしまいああも言ったが、真にどうすべきかな。私は  この村を訪ねた誰それを無闇やたらに消したい訳では無い。イリサの安全な  暮らしさえ守れればそれで良く、その安全性を考えれば彼女の存在は今の所  何ら脅威ではない。例え国の陰謀らしきに関わっていたとしても、一回の  失態で簡単に切られる程度の価値。そして魔法が使えると言っても人間の女性。  今この場で言えばリベルテの方が強そうまであるだろう。  この女性をイリサや村の脅威と考えないとすればまた違った価値が出てくる。  それは魔法への適性を持つ人材。それの試験的運用を試すにはうってつけでは  無いだろうか? それにアレも気になるしな。うむうむ。 「私の処遇は決まりましたか?」 「! ええ、まあ。」  私の考えを鋭く言い当てた彼女が本から顔を此方へ向ける。その彼女へ。 「貴方がこの村に居たいと言うのなら、私の娘やリベルテら村人に危害を加え  ないのが絶対条件です。それが守れると言うのなら居ても良いですよ。  後は……! そうだ、メンヒを去る時。向こうで何かやっかいな事はしまし  たか?」  これは聞いて置かねば。メンヒと彼女、大事なのは今の所メンヒだ。 「居たいし誓います。メンヒではこの上着を借りたのと、黙ってクリスタル  持って村を出たぐらいです。それで? 魔法について研究は?」 「大概は好きにして構いませんよ。但し上がった技術は此方に回す、それで  良いのならですけどね。」  素人の私よりも彼女の方が多くを生み出しそうだ。であればその産物成果物を  共有してもらわねばな。とは言え、これでは元居た場所と変わらんか? 私が  ブラックな条件を提示したと思っていれば。 「もちもち勿論。ああそれなら研究を共同でやれば早い。なので早速アンラ  さんが持つ知識を、話を早く!はやーく!」  行き成りの興奮状態。研究者や学者が変な人ばかり、等と言う謂れなき偏見は  持ち合わせていない。なので多分この魔法研究者だけが可笑しいのだろう。  私はそう納得する事にして、彼女が聞きたがる魔法知識の一部を共有する事に  しては、言葉を重ね。魔法と言う心躍る存在について語る中。 「この素晴らしい技術をもっと上手く活用したい物だ。」 「同意。良いですね、技術。良い言葉です。」  彼女が同意しては薄く笑う。そんな彼女へ私は。 「そこでなのですが、貴方の持つ魔法を視る魔法とやら。それを私にも教え  てもらう事は出来ませんか?」  話を聞いた限りそれは彼女にとって一番大事な魔法らしい。なのだが。 「そうすれば魔法創作のお役に?」  この女性は頭が良い。 「ええそれはもう。」 「なら教えますます。それが私の為にもなりますから。」  女性は歪極まる笑みを浮かべながら、自らの魔法の秘密を話す。  私は異世界に来て初めて、人から魔法を学ぶ───
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!

17人が本棚に入れています
本棚に追加