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――――え?
わっちの上で寝ると本当に床上手になれるのか、と?
うふふ、うふ。―――――どう思いんす?
まあ、わっちは布団でありんす。布団の上での男女の駆け引きに関してなら・・・それは、もう。良く知る事でありんす。
ただ、噂の縁起物としての効果はあくまでわっちの上だけでのお話。
お座敷での語らいや、それこそ見請けされた後の事までは、とんと。
各々次第と言ったところでありんすなぁ。
―――ああ、そう。
最初にわっちを使ってくださった、あの散茶さん。結局店を追い出されたんでありんすか。
調べられたんで?―――そう。
ぬし様、ぬし様。どうしなさった?
ああ、またその質問に戻るのでありんすか。――「わっちは何者か」、と。
――・・・・・・・・。
うふふ。・・・わっちが、和泉屋の遊女、“淡雪”ではないのか、と。
ぬし様、ならば先にちょっとだけわっちの質問に答えてくれんせんか?初いぬし様は、恋とはどんな色だと思うのでありんす?
ふむ、「恋の色など解らぬ。」・・・「恋に色など存在するのか。」、と。
―――ほんに、初い。
『色恋』という言葉がありんす。わっちは恋とは赤色だと思っていんす。
少なくとも、“赤”とはわっちにとっての恋の色でありんした。
―――わっちの事、調べなさったんでありんしょう?
わっちの布団の事。この布団の上で死んだ、わっちの事。
はい、わっちは布団でありんす。
そして、この布団の上で死んだ遊女、和泉屋の花魁“淡雪”でありんす。“淡雪”の亡霊でありんす。
何でそんなに驚きなんし?――ぬし様の方が聞きなさったのに。
淡雪・・・“淡雪”。久しくその名を聞いていなかった気がしんす。
もうとっくに、わっち自身が布団そのものになった気でいんした。ちなみに、どの程度まで調べなんした?
わっちは、燃えるような恋をしんした。
愛しい愛しい、と恋に溺れて・・・挙句想い人に去られた。―――ちょっと、境遇が散茶さんと似ていんすな。まあ、吉原で珍しい話ではありんせん。
わっちは、あの愛しいお人の訪いも絶えて久しいあの日・・・この布団の上で剃刀を首に当て、命を絶ちんした。
そうして気が付いた時には、わっちはこの布団となっておりんした。実際のところ、布団に憑りついたのか、本当に布団そのものになったのかは、わっちにも解りんせん。
ただ、わっちはこの布団でありんした。
当然、和泉屋さんでは自害して果てた女の血が染みついた布団など、置いてはおきんせん。わっちはそのまま捨てられる筈だったところを、白木屋さんに買い取られたのでありんす。
ええ?死穢の染みついた布団を何も言わずに和泉屋さんは白木屋さんに売ったのか、と。
言いんせん。血で真っ赤に染まった布団を、――その色を「美しい」「美しい」と褒めそやし、大金を払う白木屋さんに・・・和泉屋さんは何も言いんせんでした。
そんな顔をしないでくんなまし。
では、わっちは何がしたかったのか、と?
確かに途中までは縁起物の布団であったのに、と?
ああ、ねえ・・・この質問を、もう一度。
――ぬし様には、わっちの色はどう見えていんすか?
わっちは・・・わっちは“恋”になりたかったのでありんす。
先程も言いんした、わっちにとって“恋”とは“赤”い色。
あのお人と乱れた褥の色。お互いの染まる肌、触れて分け合う唇の紅。
別れを惜しむ朝日の色、また会いに来てくれる黄昏の色。
あのお人を・・・恋うて、恋うて流した血の色すら・・・“赤”。
鮮やかな・・・“赤”。
ぬし様はもう、わっちがただ客あしらいが上手くなるだけの・・・縁起物の布団などではないと、知っているのでありんしょう?
――だってわっちはいつだって、わっちの“恋”の為だけにありんした。
ねえ、ぬし様。だからわっちをここに運んで来たのでしょう?
話にしか聞いた事がありんせんが・・・ここは浄閑寺では?死んだ遊女の行きつく先。遊女の投げ込み寺。
ぬし様。ねえ、ぬし様。
あのお人はあの後どうなりんした?
―――ねえ?
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