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1.出会
僕と佳絵が初めて出会ったのは『ぐりーん』という名の小さな喫茶店だった。その頃、市立T高校の落ちこぼれ組の僕らは、ここのマスターがうるさくないのをいいことに授業をさぼっては集まってつまらないことをだらだらと喋り合っていた。
大抵の話題は女のコのこと。
あいつの彼女がどうだとか、後輩のなんとかがE校の女と付き合いだした、そいつがブスでよ~などと、そんなくだらないことを熱心に、いや、熱心なふりをして話していた。
けれど、僕はそんな話題やその空気に、その時、少々疲れていた。
話に熱中する仲間たちから目を逸らし、何気なく店の入り口の方を見た。それが彼女を見た最初だった。ごく普通に店に入ってきた彼女を、へえ、綺麗な子だなと、ただそう思っただけだった。セーラー服を着ているところを見ると、僕らと同じさぼりらしい。
なんとなくそのセーラー服を観察していると、彼女はいらっしゃいませ~と寄ってくるウェイトレスを無視してすたすたと店の奥に入り、辺りを悠然と見渡す。待ち合わせでもしているのかと思っていると、隣に座る赤井が僕の頭をつんと小突いた。
「何見てんの?」
からかう調子で言うと、こちらに体を寄せて、僕の視線の先を目で追う。
「へえ、美人だね。あれ、……あのコ、どこかで見たような」
「知ってんの?」
「いや……知ってるわけじゃないけど、でもあの制服は丘の上にあるU学園だよ。あそこはお嬢さま学校だからあんなのと付き合うとしんどいぞ」
「何だよ、付き合うって。目立つからなんとなく見てただけだよ」
「ふうん」
体を元に戻すと赤井は納得したように頷いたが、彼の口元には面白がっているような笑みが張り付いていた。なんだよお、と抗議しながらも、ついつい視線は彼女の方に向かってしまう。でもそれは僕だけじゃない。
狭い店だし、平日の昼過ぎの中途半端な時間帯だからそんなに客も入っていないのだけど、突然、店に入ってきた美少女にそこにいた男の客たちの目は釘付けになっていた。その露骨な視線に対し、彼女は勇敢だった。まっすぐにそれらの視線を受け止めたのだ。
彼女のまなざしは冷たく鋭かった。
その視線にまともにぶつかると、客たちは気まずそうに目を逸らした。中には彼女の姿を見回してにやつく客もいたが、それらの反応に彼女は終始、無表情だった。
本来なら雄弁にすべてを語りそうなその大きな黒い瞳はまるで何も映していないガラス玉のようで、僕は不意に悲しくなった。
「何やってんだ、あのコ?」
隣で赤井がぼそりと言った。
僕は曖昧に頷く。
確かに彼女の行動は不審ではあるけれど。
もう見るのはやめよう。
見ず知らずの彼女の行動の意味を僕が考えたところで判るわけがない。あきらめてまた仲間たちの話題に戻ろうとした時、ぱっとこちらを振り向いた彼女ともろに目が合った。
……あ。
僕は思わず息を呑む。こうして真正面から彼女の顔を見て、改めてその美しさに驚いたのだ。
印象的なのは目だ。あの儚げな目。
その大きな目は深い深い水の色をしていると思った。
漆黒のはずのその色は、しかし光の加減で姿を変える。青のような、緑のような、不思議な色合い。風と光に揺れる水面のそれだ。
肌の色は柔らかな白色で、長い髪は茶色がかっている。もしかしたら、外国の血がいくらか混じっているのかもしれない。
そんな魅力的な彼女の、神秘的な瞳にみつめられて、僕は思わず軽く会釈した。うまく言えないけれど、彼女の凛とした姿勢に敬意を表した、そんな感じで。
と、その途端、彼女はずんずんと迷いなく僕の方に近づいてきた。
え? え? え? 僕の方に来る?
おたおたしていると、彼女はどんっと僕の座っているテーブルに片手をつき、一言こう言った。
「君、馬鹿じゃない?」
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